第21話 戦場の光明(短編賞応募作品3)


「ハッハッハ! 何だよ、それで結局逃がして帰って来たのかよ!」

「当たり前でしょう兄貴。貴方みたいに何でもかんでも撃ったりしませんし原住民です。首が飛びます」


 狭苦しい部屋はタバコの煙で充満し、その中で小さな木机を囲んで6人の男が所狭しと詰めていた。

 皆一様に軍服に身を包んで長らく洗っていないのか薄汚れたシミが目立つ。

 そのまま飲み込めそうな小さなグラスに注がれた酒を煽り、兄貴と呼ばれた者は隣の男のトランプを1枚引く。


「ゲッ、ババ引いちまったよ」

「兄貴そう言う事は口にしない方が良いですよ」


 不機嫌さを隠さず酒を煽る。


「正直も行き過ぎればただのバカだぜ」

「うるせぇタコ顔。手前は海に帰ってろ」

 

 タコ顔の男がカードを引くと嫌みたらしい笑みを浮かべ、引かれた者は「クソッ」と一言感情を吐き出し更に酒を進ませる。

 全員の小さな笑い声に合わせて部屋の扉が開いた。

 視線がそこに集まると外から同じ軍服の者がやってくる。

 違いがあるとすれば胸に輝く憲章。男達は直様席を立つ。


「楽にしていて良い。……少し外で話を聞いていたが、何故ババ抜きなんだ?」

「俺達がババ抜き以外のルールを理解出来ると思いますか? 隊長」

「卑下するなよ」


 隊長と呼ばれた男は余る一つの椅子を無理矢理捻じ込み、持って来た黒い酒瓶を机に置く。

 喜び勇んだ歓喜の声が上がる。


「どういった御用向きで?」

「仕事に片がついて暇になった。折角だから俺も混ぜろよババ抜き」


 そうして更に狭くなった机を7人は鮨詰めに取り囲んだ。

 兄貴と呼ばれる者はカモが来たと言わんばかりにニヤリと微笑んだが、その末路は想像に難くない。



⭐︎⭐︎⭐︎



 ————眩しい。

 瞼の裏側からも劈く光量に、次第と意識が確立されて行く。

 何だ? 寝ていたのか私は。


「隊長! 大丈夫ですか!? 隊長!!」


 部下の甲高い声が耳に入る。

 段々と記憶が鮮明になって行く。そうだ、あのババ抜きの後解散して部屋に……。

 私は息を吸い込むと、肺に向かう塵粉に大きな咳を吐いた。

 

「隊長! 良かった息がある!」


 ……体が思う様に動かせん。かなり強く打ったかこれは。

 辛うじて動く右腕を私は部下の肩へ向かわせる。


「何が……あった……」


 部下は私の体を起こし、背もたれに立て掛けた。

 どうにも感じる息の苦しさはそのおかげでマシになった。


「申し訳ありません。自分もまだ自体を把握出来ておらず……」

「そうか……。取り敢えずライトを切ってくれ。苦手なんだ」

「あ、申し訳ありません」


 昔から妙に電気由来の強い光が気に食わない。

 部下は慌てた様子にライトを消し、視界が一瞬の内に暗闇へ覆われた。

 暫くすれば慣れるだろう。


「設備は全て駄目か?」

「この様子だと望みは薄いです。それに……」


 部下の声色が何を指しているのか直ぐに理解出来た。

 慣れた瞳が映す瓦礫の山々。皆この下敷きか。


「……まともに動けるのは貴様だけか」

「はい。隊長以外にはまだ」

「ならば、急ぎ本部へ報せに向かってくれ。これは敵国の攻撃の可能性が高い」

「しかし……」

「2射目が来ないとも限らん。全滅したとなれば総統に顔向出来ん」


 再度大きな咳がやってくる。


「急げ! 早く向かうのだ」

「……了解致しました」


 部下は口惜しい感情を隠さず振り返り走って行く。

 頼んだぞ。私はそう心根に浮かべながら背に首を垂らし頭上を見上げた。

 息が苦しい。

 吸っているのに肺が空気を拒んでいる様な、そんな感覚に肩が上がる。

 

 聴き慣れた軍用車のエンジン音が微かに鳴り、砂利を蹴る様な回転も耳に入る。

 自動車は無事だったか。ならば辿り着くのも早い……。

 ——いや、待て。車両は武器庫と隣接していた筈。攻撃であるならば何故そこは無事なのだ。 

 奇跡的に無事な車両が残っていた? 貯蔵されている火薬量からしてそれはあり得ない。

 てっきり誘爆もしている物だと思っていたが……。


「確り全員潰れる様組んでいたんですが、案外上手くいかないもんですね」


 唐突に現れた声の主に私の瞳は向かう。

 見慣れたライフルを構え現れた姿と我々を同志としていたその軍服。

 合点がいった。

 

「そうか。内部の者による犯行だったか」

「……俺が何故裏切ったのか、教えましょうか?」

「金だろう。貴様は果てしなく俗物的な男だ」

「当たりです。前金で10万ドル頂きました」


 私は思わず一つの嘲笑が溢れる。


「何が可笑しい」

「いや、貴様ごときの男に10万ドルとはな。その仕事が出来る程目端は利かんだろう」

「……その男にあんたは殺されるのさ」


 銃口が私の眉間に伸びる。

 錆びた鉄の臭いが少し鼻に付いた。


「銃の手入れは甘く、靴紐が解けても気にせず、歯も磨かない。その都度指摘して来たが、貴様の性根を正す事は出来なかったか」

「鬱陶しいったらありゃしなかった」

「……お前を兄貴と慕う者すら裏切るのだぞ。見逃したのは情を捨てきれなかったからだろう」


 唐突に頬が歪む衝撃が私の顔を襲った。

 撃たれた訳ではない。浅慮に銃口を外した目の前の同志だった男が顔を蹴り上げたのだ。

 口内に滲む血の味が酷く虚しく思えた。ここまでかと諦念が浮かぶのだが、如何にも慣れ親しんだ感覚なので後悔はない。


「黙れ!!!」


 そう叫んだ次の瞬間鈍重な銃声が一つ鳴る。

 反射的に閉じた瞳。体に奔る弾の圧力を覚悟するが意識は鮮明に残る。

 目を開けると対峙していた者は地面に横になっている。


「バカ野郎……!」


 ……どうやら難を逃れたらしい。

 少し距離を空けて地面を這う同志が、煙の上がる銃口を震わせている。


「生きてますか隊長」

「ああ。貴様も生きていたか」


 私は続く言葉に詰まり、恐らく同志も何を口にすれば良いのか分からずお互いに噤んだ。


「隊長、彼奴には……敵国の攻撃による戦死としといてくれませんか……」


 数分、数十分。どれほどの時間が経ったのか、堰をきったかの様に震えた声でそう言った。


「分かっている。真実は私達で留めよう」


 私はそう返した。

 きっとこの声も同志と等しく悲しみに歪んだ物だろう。

 バカ野郎。言葉尻強く言った彼の一言が頭の中から離れなかった。

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ジャンルあべこべ短編集 杉花粉 @sugi-kahun

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