土耳古石の指輪
紫鳥コウ
土耳古石の指輪
ぼくは
中折れ帽をちょいと取って挨拶をすると、西洋髪の彼女は
金時計を懐から出してみると、もうすぐ午になろうとしていた。編輯者の彼はなかなか現れなかった。が、彼の遅刻癖は親しい者の間では周知のことであったので、一、二時間の遅れは不愉快を感じさせるものの、もうあきらめて待つしかなかった。
曲木の椅子から立ちあがり、ひとつ伸びをすると、文科の学生の三人のうちの一人がこちらに目線を投げかけてきた。そしてまた、文壇の閉塞を憂いる手厳しい批評を
先ほどから目を伏せて待ち人をしているらしい、耳隠しに結った女性は、いよいよ彼らの
新聞も本も飽いてしまって、もういなくなった文科学生のせいで寂しくなった耳は、眠気を誘うのに充分な静けさを拾いはじめた。
それから、しばらく腕を組んでうとうととしているうちに、だれかが階段を上ってくる音が聞こえてきた。
が、それは彼ではなかった。のみならず、
金時計を見ると、もうすっかり午を過ぎていた。斜向かいの
ぼくは「おや」と思った。というのは、ぼくの眼が、彼女の右手にある
そしてこの彼女は、不幸にも、ぼくの或る短篇小説のなかの一幕に登場させられていた。
ぼくは、そのために、銀貨を何枚か彼女に渡したい気持ちになった。が、その気持ちに対しては、彼女を祝福する意味の方が多いように思われた。
編輯者の彼は、まだ省線電車のなかで居眠りをしているのであろう。晴れわたる深い秋の往来を見下ろしても、どこにも彼の姿は見あたらない。
土耳古石の指輪 紫鳥コウ @Smilitary
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