第8話 お互い様


 フタの開いたペットボトルを掴んだ物理攻撃が一切通用しない変異種のオーク。先ほど僕が放ったペブル・スプラッシュ(小石の飛散)、日本の猛毒の毒キノコであるカエンタケに似た毒性を持つアカキノコの成分を塗布した物を口内で受け止めた。そのため触れただけで焼けただれるような痛みを口の中に受け散々悶え苦しんでいた。


「グ…、グヒュ、グヒュ!マヌケナンダナ!誰ガ反省…ッ、ハヒュッ…ナンテスルモンカ。邪魔サレナイヨウニ一気ニ飲ンデ、オ前達ヲ皆殺シニシテヤルンダナッ!!」


 命乞いをした際の心を入れ替えると言った舌の根も乾かぬうちにオークはその凶悪な性根を顕にした。


「だから言ったであろうにッ!」


 槍を持った女性が舌打ちをする。


「コ、コロ…ヒュッ!殺シテヤルッ、グビッ!!」


 そう言うとオークはペットボトルを天に向けて中身を一気に飲み干した。


「ア、甘〜イッ!!…ウ、ウググッ!!?」


 再びオークが呻き声を上げ身悶え始めた。ペットボトルを取り落とし、喉の辺りを…そして腹の辺りを掻きむしる。


「ア、熱イィィッ!!」


 ドタアッ!!


 オークが激しく大地に身を打ちつけるようにして倒れた。


「イ、痛イッ!痛イ痛イ痛イッ!!ハヒィッ!ア、暑イッ!ク、苦シイッ!!ア、アガガガッ!!」


 大嵐の中、荒波に好き勝手にされる小舟のようにオークは地面を転げ回る。時に身をのけぞらせ悲鳴を上げ続ける。


「どうだった?アカキノコの成分をたっぷり混ぜたジュースの毒は?天にも昇る味だったかい…、いやお前の場合は地獄に落ちるような味かな?」


「ロ、ロクッ…?ハヒュッ、ハヒュッ!」


 おそらく口もまともに動かなかくなってきたのかオークのたどたどしい発声がさらにあやしいものになっていく。


「そうさ、それにはアカキノコの毒が混ざってる。愚かにもお前は一気に飲み干してしまったんだ。だから言ったろう?ゆっくり少しずつ飲め…と」


「ア…、アガッ…。」


「そ、そうか。そなたの与えたそれはさらなる毒だったのか…」


 オークは地面に倒れてはいるが油断なく槍を構えている女性が呟いた。


「ラ、ラマシタナッ、ラマシタナッ!?オ前ッ!?」


「お互い様ッ!」


 僕はオークに吐き捨てるように言った。


「お前は心を入れ替えると言って命乞いをした。それなのに僕達を再び襲おうとした、騙しなんて人聞きが悪い。その罰としてそのまま死んでいくが良い…」


 僕は冷たく言い放った。



 二十分は経ったろうか。オークは散々苦しんだ挙句、そのまま生き絶えた。


 何度も命乞いをしてきたがそれを聞き入れるつもりはない。僕は両手を制服ズボンのポケットに入れて倒れたオークに言ってやった。


「そのまま死ね」


 うーん、勝利する事とはこんな気分になるものなのか…。次は前髪を掻き上げながら高笑いでもしたくなるのだろうか。


「驚いた、このようにして攻撃を受け付けぬ魔物を倒すとは…」


 オークの絶命を確認し、槍の刃先を鞘に納めた女性が呟いた。


「埋伏(まいふく)の毒という言葉がありましてね…」


「まいふくの…どく?」


 聞き慣れない単語だったのか女性が顔に疑問の色を浮かばせる。


「ええ。毒と分かっていて飲み込む奴はいない。しかし、甘い物にまぶして…まあ目くらましですね。それを施した上で目の前に置いておけば…」


「なるほど…。喜んで口にしたそれが腹の中で暴れるか…、いかにこのオークの表皮が堅かろうとも腹の中はそうではなかったという事か…」


「おまけにヤツは口の中が焼けただれるようになっていた訳で…。目の前に置かれた飲み物…、さぞや欲しいと思ったでしょう。たとえわずかにでも毒の入っている可能性が頭をよぎったとしても…」


「是非(ぜひ)もなく口にしてしまうか…。ストーン・バレット(石の礫)にペブル・スプラッシュ(小石の飛散)…、私は魔法にはあまり詳しくはないためよくは分からぬが共に初歩的な魔法と見受ける。しかし、アカキノコを併用しあのオークの弱点を見抜いて倒した腕前…。魔法や物の本質を知り尽くしていなければ出来る事ではない。そなた、さぞ名の知れた魔導士殿か?何卒(なにとぞ)、御尊名(ごそんめい)を…。あ、いや、これは失礼いたした…私はランツェランツァと申す者…」


「ご丁寧にどうも…。僕は水川優樹…、あ…こちらの言い方だとユウキ・ミズカワって事になるのかな」


「ユウキ・ミズカワ殿か…。すまぬ、寡聞にして私には魔導士殿にその名を思い至らぬ。もしや仕官する事を良しとせず隠棲している在野の大賢人であるのか?」


「い、いえ…」


 グイグイ来るランツェランツァと名乗った女性に僕は引き気味になりながら応じる。


「僕は魔導士でも賢人でもありません。僕を調べた人によると僕の天職は錬金術師(ケミスト)だそうです」


「ケ、錬金術師(ケミスト)…、信じられん。ケミストが魔法を用い、あまつさえ変異種のオークを倒してしまうとは…」


 驚いた様子のランツェランツァ、そして何か言葉を続けようと口を動かそうとしたが横合いからの声がそれを止めた。


「う、ううううっ!」

「お、お爺ちゃん!」


 見ればしゃがみ込んでいた老人が足首のあたりをおさえて呻き声を上げた。


「こりゃいけない!」


 僕は、そしてランツェランツァは老人の元に駆け寄った。




 今話で第一章は終了です。


 次章タイトル『ある錬金術師(ケミスト)の異世界生活スタート』


 お楽しみに。



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