第2章 ある錬金術師(ケミスト)の異世界生活スタート
第9話 怪我を癒せ
僕は物理攻撃を受け付けないオークを地球にあるカエンタケと似た性質を持つアカキノコを使って毒殺し窮地を脱した。
その後、足の痛みを訴えたお爺さん…ミゲルさんの介抱する事にした。持っていた槍を地面に置き、ランツェランツァさんが彼の足の具合を確認する。どうやら彼女は槍をはじめ様々な武芸を修めているらしく怪我などにも詳しいようだ。
「ウム…。骨に異常は無いようだが足首をひどく捻っているな。これでは立てぬどころかこうしている間にも苦痛であろう。なんとかしてやりたいが私にも薬の手持ちが無い…。馬に乗せてやれれば良かったのだが…」
そう言ってチラリと彼女は倒れている愛馬の亡骸(なきがら)を見た。オークによって頭部から頚部にかけてを一撃で粉砕されてしまったのだ。
「そ、そんな!もったいない、姫様。ワシのような者を馬に乗せるだなんて…」
「何を言うか。それにそこまでかたくなる事はない。私は数多くいる領主の子の一人に過ぎぬ、ましてや庶子だ。母はそなたらと同じ市井に住んでいた者だ。そなたも市井に住む母から生まれ、私もまた同じ。そこにいかなる差があるか」
そう言ってランツェランツァは老人の手を両手で取った。
「ましてや自らの身を盾にしてでもその子と私を守ろうとしたではないか。その恩、今度は私が返す時だ。さあ、肩を貸すぞ。つかまるのだ、家まで送ろう。ユウキ殿、すまぬが手を貸してくれぬか?」
そう言ってランツェランツァさんは老人に肩を貸そうとする。
「あ、ちょっと待って下さい。僕の考えた方法で…、癒しの魔法を使ってみましょう」
□
「確か湿布は…、抗炎症成分や鎮痛成分を含ませた貼り薬だ。それを患部に貼って痛みを和らげる。僕の知ってる錬金術士(アルケミスト)は初歩から中級手前くらいまでの魔法なら回復でも攻撃でもこなせる存在…。それなら回復魔法、それと薬草とかを組み合わせれば…」
そう考えて異次元収納に取り込んだ様々な物を確認する。
「薬草に…、スゥーッとする爽快成分を混ぜれば…」
錬金術師(ケミスト)が使えるという薬草から傷薬を作れるという能力、それを試した。
「い、いやユウキ殿…、それは傷薬では…。残念ながら捻挫にはあまり効かぬのでは…」
「いえ、試してみたいのです」
懸念を口にするランツェランツァさんに僕は応じた。
「薬にも色々あります。傷薬、風邪薬、胃腸に効く物など様々あるかと思います。僕が作るのは熱を持ち腫れ上がった患部に効く薬。逆に切り傷には効果が無いですけどね…」
そう言って僕は液体ではなくペースト状になった数種類の薬草を混ぜた物をペタペタとお爺さんの足首に塗った。
「あひゃっ!冷たいっ!だ、だけど少し痛みが引いてきた…」
「良かった、そしたら…治癒(リカバリィ)!」
僕は魔法を唱えた。生命を司るという神々のしもべである聖職者が使う怪我を治す魔法ヒールよりも効果が薄いが、錬金術士(アルケミスト)もまた回復系の魔法が使える。もっとも聖職者でもなく信仰心が問われない錬金術士、その回復魔法に神は力を貸さない。ゆえに僧侶などが使う回復魔法に比べて効果は弱い。
しかし、僕は思ったんだ。ストーン・バレットの魔法の時と同じくあらかじめ石を用意し、自力で投げ付けた上で『時速135キロで対象に向けて石を飛ばす』という5ポイントの魔力消費をするはずのところを1ポイントで済むようにした。
それならば本来の本家と比べて弱いとはいえ回復効果のある治癒(リカバリィ)の魔法に捻挫などに効く薬をプラスすれば…。
「お、おお…!痛みが…痛みが引いて…。た、立てそうじゃ…、これなら…」
苦痛に満ちていたミゲル爺さんの顔が穏やかなものになっていく。
「大丈夫なの?お爺ちゃん」
お爺さんの孫娘、シェリーが尋ねた。
「おお、おお!もう、大丈夫じゃ。ユウキさんじゃったか、ありがとう!ありがとう!」
「良かった、上手くいって…」
僕はホッと息を吐いた。
「し、信じられぬ…。錬金術師(ケミスト)の傷薬がこれほどひどい捻挫を癒すなど…。あ、いや決して侮っている訳ではないのだ!」
ランツェランツァさんが慌てて言葉を足していく。
「少なくとも私が見聞きした限り傷薬は傷を治すのを早める効果がある。それだけでも有用だ。しかし、僧侶など聖職者などの回復魔法と比べればその効果の範囲も効き目も…。効きの度合いも早さも違いが大きい。いや、大き過ぎる…」
「…なるほど。だから錬金術師(ケミスト)は傷薬作りの下働きって言われるのか…。あれ?でも、傷薬?薬草を調合した物をポーションって言わないんだなあ」
「ポーションだと?そなた、ずいぶんと気軽に言うものだ。あれは飲むだけで瞬時に傷を癒す…、まさに霊薬と言うべきもの…。薬草を錬成しただけでは傷薬に過ぎぬであろう。治癒効果を高める薬草をより体に吸収しやすいように加工したのが傷薬。それでも薬草をそのまま傷口に貼り付けるよりは効果のある物だ。傷口が化膿するのを防ぎ、傷の治りを早めてくれる…言わば人体が持つ自然と傷が治っていく過程を手助けしてくれるのだ」
「ふええ…。なんだか複雑だなあ」
「ユウキ殿、とりあえずミゲルとシェリーを家に送ってやろう。このままでは日が暮れてしまう。暗くなってからは獣やモンスターが活発になるからな」
「あ、そうですね」
「口惜しいが我が愛馬メランネーロはここに残していく…。獣や魔物に食い荒らされなければ明日弔ってやろう…」
悔しそうにランツェランツァさんが呟く。そうだろうな、共に戦ってきた戦友でもあったんだろうから…。だから僕は申し出る事にした。
「もし良ければそちらのメランネーロの亡骸(なきがら)、お預かりしますよ」
「な、なんと?」
驚いた香りでランツェランツァさんがこちらを見た。
「えい、収納」
すると地面に横たわっていた彼女の愛馬が姿を消した。
「さあ、行きましょうか。日が暮れる前に」
僕はそう呼びかけた。
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