第5話 槍乙女


 道無き道の森の中。下っていく方に進む。どこかで川にでもぶち当たれば…そのぐらいの期待で…。すると日頃の行いが良かったのか移動を再開してすぐに森の中に明るさが増してきた。おや…と思って歩みを進めるとおそらく道のようなものにたどり着いた。


「舗装してある訳ではないし、コレぞ道って整備がされてる訳でもないけど木は生えてないし草も生い茂っていない。それが帯状に続いているんだから…うん、道だな。きっと」


 そうなるとこの道、どちらに行くか?しばし考えた後、僕はまた下っていると思われる方向に進む事にした。


「高い所よりは平地の方が人が住みやすいはずだ」


 そう考えて進んでいくと何やら激しい物音が聞こえてくる。


「悲鳴か?」


 詳しくは聞き取れなかったが何かそれらしきものが聞こえたので僕はそちらに向かった。一応、木立や茂みなどに身を隠しながら…。だって戦える訳ではないから…、もしかすると自分も巻き込まれるかも知れないんだし…。


 そんなこんなで進んでいくとそこには複数のゴブリンと切り結んでいる人がいた。馬に乗りなめらかな光沢を持つ白い鎧に身を固めている。手にするのはやや肉厚な刃先を持つ槍。その槍さばきは鋭くひとたび突いたり振るったりするとゴブリンを一匹、また一匹と屠(ほふ)っていく。また、乗っている馬もまたただの乗用馬ではないようだ。不用意に近づいてくるゴブリンを前脚で牽制するように蹴りつける。きっと騎兵が乗る戦闘用の馬…ウォーホースというやつだろう。


 凄惨なゴブリン殺害現場であるがその戦いははどこか華麗ですらある。長い黒髪を後ろでひとつに束ねるその姿には強者(つわもの)独特の雰囲気が、さらには何の汚れも感じさせない気品も漂う。だが、何より僕が驚いたのは…。


「あの人…、女の人だ…」


 ゴブリン達を相手に奮戦するその人は凛とした感じの槍使いの女性であった。



 槍を携えた女性とゴブリン達との戦いは危なげなく女性有利に展開している。そしてその女性の後ろには一組の男女がいた。馬上の女性とは異なり鎧などは着ておらず質素な服装だ。


 その二人のうち一人は年老いた男性、そしてもう一人は年端も行かない女の子。武器も何も持たない二人、男性の方は地べたにへたりこんでいる。その男性をなんとか立ち上がらせようと少女は叱咤しているが男性はひざまづいたままだ、おそらく足を捻るなどして立ち上がる事ができないのだろう。そして馬上の女性は騎馬を巧みに操りゴブリン達を背後の二人に近づけないように立ち回っている。そうしているうちにゴブリン達は数を減らしていった。


「ひ、ひいいいいっ!ホ、ホブゴブリンじゃ!」


 老人が悲鳴に似た声を上げた。見ればゴブリンより一回り以上大きい生き物が一匹、槍を構える女性の方にやってくる。その顔つきはゴブリンが醜悪ならホブゴブリンは凶悪といった感じだ。


 そのホブゴブリンと馬上の女性が切り結ぶ。ホブゴブリンは丸太をそのまま削り出して作ったような棍棒を持っている。例えるなら背の高さ程の長さがある電信柱ほどの木を振り回している感じだ。それに対して女性は槍をテクニカルに操って戦う。振り回される両手持ちの棍棒に対して突きを主として棍棒の間合いのわずかに外から攻撃を仕掛ける。


 ホブゴブリンは手や腕に傷が増えていった、次第にそれが肩の辺りに届き始める。そしてだんだんとホブゴブリンの動きが鈍ったところで狙い澄ました槍の一撃がホブゴブリンの喉を貫いた。ごぼっと声にならない音を出してホブゴブリンは倒れた。体をビクビクとさせ、その命の火が消えていく。


「わあっ!すごぉい!」


 少女が喜んでいる。それにつられて老人も安堵の息を吐いた。そんな時、道の脇の森の中から大きなモンスターが現れた。非常にたどたどしい言葉使いで話しかけてくる。


「弱イ手下ドモヲ倒シテ良イ気ニナッテイルンダナ?」


 ぬっと現れたのは口から牙がはみ出した毛むくじゃらなブタ顔のモンスター。ホブゴブリンも大きかったが新手のモンスターはさらに一回り大きい。手にはホブゴブリンと同じような棍棒、しかし体格に見合うだけの長さがある。女性が持つ槍にも匹敵する…いや、わずかに長いか?これでは武器のリーチの長さを利してのアドバンテージは少ないかも知れない。


「オーク…。いや、何かがおかしい。気配が違う…」


 馬上の女性が呟きながら槍を構え直すと次の瞬間には稲妻のような速さで突き掛かった。


 スッ…。


 オークはそれを棍棒を持ち上げ盾のようにした。そこに槍が当たる、するとカツンと音を立てなんなく槍の一撃を受け止められた。


「なんだと!?」


 意外だったのか女性は驚きの声を上げた。その間にもオークは一瞬で間合いを詰めた。


 間合いを詰めたものの女性の体までは間合いが届かなかったようでオークは馬を攻撃対象にして渾身の力をこめて拳を振るう。すると熟しきったトマトを踏んだかのように馬の頭が勢いよく弾け飛び、血やら肉やら様々なものが宙を舞った。


「くっ!?」


 一瞬にして愛馬を失った女性が崩れ落ちる馬体から慌てて飛び降りた。そして着地と同時に倒れ伏す愛馬の後ろからオークに向けて狙い澄ました突きを放つ。一撃死(サドンデス)を狙った喉元への突き…タイミング、角度、どれをとっても間違いなく殺せると思われる一撃だった。


「決まったァ!…ええっ!?」


 野次馬と化した僕が勝利を確信して思わず声が洩れた。しかし僕のそんな思いに反しオークは避けようともせずむしろ自分から当たりに来ているかのように見受けられた。そして槍がオークの喉へ…、しかし次の瞬間には槍がピタリと止まっていた。


「つ、突き刺さらぬだとッ!?」


 女性が焦った様子で声を上げた、一方でオークは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)。


「ボ、ボ、ボクハ変異種ナンダナ。ソシテ天カラすきるヲ与エラレタンダナ」


 そう言ってオークは女性に反撃しようとする。すでに棍棒は振り上げられており、もう振り下ろすだけ…。女性の回避は相当難しいのが予想できた。あ…、あの人が殺される。そう思った僕は収納から石を取り出し叫んでいた。


「ストーンバレット!!」




 次回、第6話『攻撃の効かない敵に挑め』


 お楽しみに。

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