第2話 自分を見よう、物を見よう(ステータスと鑑定)


「だいぶ遠くまで吹っ飛ばされたよなあ…」


 見知らぬ森の中で立ちすくむ僕は思わずそんな事を呟いた。王宮と思しき所から吹っ飛ばされた僕は恐怖に怯えながらもその光景をずっと見ていた。遠ざかる王宮…城、そして街並み。いつしかそれは麦畑となり荒地や森林、川や沼地など様々に景色を変えながら遠ざかっていく。なんて言うか、電車の最後尾に乗って真後ろの風景をずっと見ていたようや感覚だ。東京…品川…新横浜、ずっと進んで新富士くらいまでは来たろうか…。とにかくだいぶ飛ばされた。


「確かに召喚相手を強制的に元の世界に送り返す『送還(バニッシュメント)』の魔法は定番だけどさ…、中途半端な魔力でかけるかね…フツー」


 思わず不満が口から洩れる、いきなり異世界に転移させといて思い通りにいかないと追放とか…。こちとら生活の基盤も無いんだぞ!それをこんな森の中に吹っ飛ばしやがって…。


「だけどアイツら…錬金術士は使えないって言ってたっけ?薬草から傷薬を作るくらいしか出来ないって…。だけど薬草とかから傷薬を作るって…薬師の仕事なんじゃ…」


 それっておかしくないか…僕はそう思った。よくは分からないがこの異世界では傷薬を作るのはケミストであるらしい。


 僕の知ってるRPGじゃ錬金術士は戦闘も出来る職業だ。パーティの人数が足りずに魔法使いと僧侶のうちどちらかしか入れられない…、そういう時には攻撃も回復も出来る錬金術士を入れるのも一つの選択肢だった。…まあ、なんでも出来るのて特化しにくく中途半端にはなるんだけど…。


「そういや、あの魔法使いらしき男が僕を錬金術師(ケミスト)って呼んだよな…。錬金術士(アルケミスト)じゃないんだ…。ケミストってたしか化学者って意味だよな、そうなると化学みたいに物と物を組み合わせて新たな物を生み出すのがこの世界の錬金術師って事になるのか?あの王が言っていた薬草と茸から傷薬を作るとか単なる調合の範疇ではないのか…、そんな考えが頭に浮かんでくる。


「そういえば、あのローブを着た魔術師みたいな奴が僕を錬金術師(ケミスト)と言って王が怒り出したんだよな。僕を錬金術師だと判断するには何か根拠があったはずだ。僕を鑑定したのか?ステータス的なものを見たのか?」


 そう思った僕はコホンとひとつ咳払いしてから呟いてみた。


「ステータス!…あっ!」


 次の瞬間、僕の視界に半透明のメニューが表示された。これはなんて言うか…、よくあるRPGに出てくるようなステータス画面のようだ。


 ミズカワ・ユウキ

 性別:男

 天職:錬金術士


「天職…、はて?」


 現れたのは名前と性別、そして天職の項目。


「職業…ではなく天職か…。職業はその時に就いている仕事だもんな。例えば僧侶であっても身を持ち崩し人の物を盗む事を生業にすれば盗人だ。天職となるとその人に向いている…、あれ?」


 僕は天職に注目する。


「錬金術師じゃない、錬金術士だ…」



 錬金術師(ケミスト)と錬金術士(アルケミスト)…、どうやら基本的にはこの二つの職は同じようだ。それというのも…。


「うん、この石っころには鉄が含まれている。あの草には薬効成分があるな。そして遠くにある真っ赤な人の手の形に似ている茸…、ありゃあヤバい。カエンタケみたいな触っただけで激痛を引き起こす茸だ」


 僕は森にある様々な物を見ると次々と鑑定していった。化学という分野にとってその物質がどういう物か、それを把握する事は基本でありとても大事だ。その事を思い出した僕は物質の事を把握できないかと思い分析する事を思いついた。そして、こういう時に口にする言葉はもちろん…。


「鑑定」


 目についた物を片っ端から鑑定していく。すると面白いように分かる分かる。まずはその物が何であるか、さらに細かく調べようと試みるとその成分表示が現れる。


「この草には鉄分…0.002グラム/100グラム、塩分…0.001グラム/100グラム。細かく見ていくと成分表示にまでなるんだ。うーん、便利と言うか細かいと言うか…」


 そして僕は鉄分を含んだ石っころを拾い、手の平の上に乗せると再び呟く。


「抽出、鉄」


 すると手の平には石ころとその隣りには木漏れ日にキラキラと反射する黒い粉末が現れた。


「うん、砂鉄だ。…どうやらこの世界の錬金術師(ケミスト)というのは物質からなんらかの成分を抽出したりするみたいだな。それをあの王が言ってたみたいに薬草と茸から出る成分をかけ合わせて傷薬にする…みたいな仕事をしているのかな」


 だけどコレってすごい事だよな、成分だけを抽出するって簡単な事じゃない。さらにその抽出で得た含有物や成分を…。


「収納!」


 ヒュンッ!手の平から石ころとわずかな砂鉄の山が消えた。


「こりゃ便利だよ。重たい物を持つ必要が無いもんね。とりあえず…」


 僕は目につく物をとりあえず収納していく。こんな森の中、何が起こるか分からない、学校の制服である学ランと手に持っていたペットボトルぐらいしか持ち物はない。まあ、財布とスマホはあるが当然圏外だ。


「魔法とやらがある世界だ、魔物だっているかも知れない。だったら備えておかなきゃ、素手でいるよりは投げつけられる石でもあった方がずっと良い」


 そして先程見つけた赤い人の手の形に似たカエンタケっぽい茸、鑑定してみると…。


◼️ アカキノコ

 火炎属性を持った茸、触れただけで肌は焼けただれたようになり激しい痛みを伴う。また毒茸でもあり食べてしまうと内臓が焼けただれるような激痛に見舞われ、さらには毒に体を冒される。


「うーん、知れば知るほどとんでもない茸だ。触らずに取れないかな…、試しに収納!…おっ、出来た!」


 僕が叫んでみると手を触れなくてもアカキノコは僕の異次元収納に吸い込まれた。こりゃあ良い、触らずに採取出来るのは良いね。でも、50センチくらいまで近づく必要があるけど。


「まあ、いちいちしゃがまなくても…おまけに触れなくても取れるのは便利な技能だ」


 思わず頬が緩む、その時だった。


 少し離れた所からガサガサと草が擦れた音がしたかと思うとそいつは現れた。


「ギ…」


 現れたのは僕より一回りほど小さな体格、禿げ上がった頭に緑色の肌。耳まで裂けた口元からはギザギザの歯が覗く…。


「ゴブリン…」


 僕は突如現れた奴に対して呟いていた。










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