Episode③

「大正七年頃って言えば、この詳細図ですが……これで分かります?」

「これの三年後ありますか?」

「持ってきてます!言ってくれれば広げるんで!」

 今の状況を打破できる何かがあるかもしれないと思っているからなのか、橋田は協力的だった。

「大正七年には、このスペースがあった。十年にも残ってる……十三年あります?」 

 翔がそう言うと、彼はすぐさま詳細図を開いた。

「ありがとうございます。十三年には書かれてないか……。今の詳細図って……」

「今のって言うか、去年のなら持ってますが……」

 橋田は胸ポケットから詳細図を取り出し、机に広げた。

「小さくてすみません。見えますか?」

「問題ないです。……楯河駅自体は改装されて増築されてる……ただ、やっぱりこのスペースだけはずっと空いてる感じだな……やっぱりここに何かあるかもしれない……橋田さん、この場所へ行きたいんです。橋田さんとあと二人、誰かついてこれる人います?」

 翔はそう言った。

「今日出勤の駅員で、今すぐ動けるのは何人かいますが……この場所に何かあるんですか?」

「分かりません。でも、感染者を隔離しなければならないんです。過去に一時的な隔離施設として使われていたこの駅になら、隔離するための何かはあるはず。もしかしたら、裏口のような外に出られるスペースがあるかもしれない。何かあったときに取れる対応策が一つでも取れるなら、今の間に確保しておきたいんです。ご協力お願いします……」

 頭を下げる彼に、橋田はそっと声を掛けた。

「刑事さんが凄く頑張ってくれてるのは、我々はちゃんと分かってます。我々にできることならなんでも協力させていただきます!」

 橋田はそう言うと、インカムを通じて他の駅員に連絡を取った。

 それから数分後、事務所には五人の駅員が集まった。

「何をすればいいのか教えてください!」

「そのまえに、一体どうなってるんですか?」

 情報がない今の状態。パニックになりそうなのを必死で抑えているようだった。「まず、今の状況を簡単に説明させていただきます。この駅で急病人が発生した。一人ならまだしも、何人も。それを私は研究者の友人に連絡を取ったんです。すると、この駅だけでなく、楯河区内全域で発生しているようできちんとした情報がまだないとのことでした。ただ、何かしらの感染症の可能性があるらしく、できるだけ発症者とは距離を取ることが望ましいとのことです。そのために、過去にこの駅で使われていたであろう物品を取りに、皆さんに集まってもらったというわけで……」

 翔が説明する。

「この駅、過去に何かあったんですか?」

「大正七年頃、スペイン風邪が流行した時にこの駅は一時的な隔離施設として使われていたんです。その時に使用した隔離に必要なものが、もしかしたらこの駅に今もあるかもしれなくて」

 そんなこと聞いたことない……と一人の駅員が言う。だが、「何もしないよりはましだ。やってみる価値はある」ともう一人、恰幅の良い男性の駅員が口にした。

「ご協力ありがとうございます」

 頭を下げる翔に「指示してください。その通りに動きますから」と橋田はそっと彼の肩に手を置いた。



 線路に降り、地下道を進んでいく。暗闇に差し掛かり懐中電灯で照らすと、普段は見えない部分まで見えてくる。

「地下鉄ってこうなってるんですね」

 翔は周りを見回しながら進んでいく。

「刑事さん、その角を右に曲がると詳細図のこの部分に着きます」

 橋田は地図を指さしながら言った。

「ありがとうございます」

 一行はやがて、目的地へとたどり着いた。

「この駅にこんなところがあったなんて……」

 駅員の一人、道木みちきは目の前に広がる光景に驚いていた。

「私も駅員になって初めて知りましたよ……こんな場所があるなんて……」

 橋田も言葉を失った。

 目の前に広がるのは、まるで防空壕のような洞穴。そこには金属製の箱がいくつも並べられていた。

「刑事さんが言ってたものがこの中にあるんですか?」

 道木はおもむろに“箱”に手を伸ばす。

「待って!錆びているのもあるし、触るのは慎重に。埃も吸わないようにした方がいいです」

 翔はそう説明し、「ゆっくり一つずつ開けていきましょうか」と指示した。

 それに従うように、橋田たち駅員も手伝った。一つずつ“箱”の蓋を開けていく。布製マスクや三角巾などはあるが、なかなか目当てのものは見つからない。

「あった!……あ、でもこれ……」

 翔が見つけたのは、当時使われていたであろう医療用テントだった。

「パーテーションがあるわけでもないし、陰圧テントでもない……これじゃ防ぐことは難しいかも……」

 彼が肩を落としかけたとき、恰幅の良い駅員、侭田おだが言った。

「素人意見かもしれませんが、そのテントに駅員室にあるブルーシートで対応するのとかはできませんか……?」

 ブルーシートか……対応できるかも。そう思った翔は侭田に言った。

「いけるかもしれません!それでいくので皆さん手伝ってもらえますか!?」



 翔たちはテントを駅のホームに運ぶと、素早く組み立てていく。テントの出入り口にはブルーシートを垂らし、テント内の感染性物質がテント外へ流れ出ないよう細心の注意を払った。

「ありがとうございます!あとは俺が中に運びますので、皆さんは離れていてください!」

 彼はそう言うと、発症者たちを背負い、テントの中へと運び入れる。

 簡易的なベッドとはいえ、段ボールは意外と役に立つ。きちんと組み立てれば壊れにくい。暖かさはもちろん、周囲の目を防げる。

 段ボールがあってよかったよ……。

「刑事さん、この方はどちらに寝かせておきますか?」

 ブルーシートが上がり、橋田が声を掛けてきた。

「橋田さん!ここへは近づかないでって……」

「それはいいんです。刑事さんだけに任せられませんよ。それより、この方はどこへ寝かせますか?」

「……そこへお願いします」

 翔は渋々ながらも、女性を寝かせる場所を指示した。


 長さ三メートル、幅が二メートルの簡易式テントはあっという間に七人の発症者で埋まった。

「この方たちは……これからどうなるんでしょうか」

「正直、俺にも分かりません。ただ、友人が何とかしてくれるんじゃないかって思ってます……」

「ご友人は、お医者様なんですか?」

「いえ、研究者です。国立機関で研究してるんですよ。今のこの訳の分からない病原体もきっと、彼が何とかしてくれるって思ってます」

「信頼してるんですね。そのご友人のこと」

「もちろんですよ。一番の親友ですから……」

 翔は彼にそう話す。

 自分がそう言ったことに間違いはない。秀一なら、何とかしてくれるはずだ―――。

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