Episode④

 翔とともに“四階”へと向かった香田。

 けれど、何をすべきで自分は何をしたら良いのか分からず、ずっと彼の隣に控えていた。

 何かを調べては口角を上げ、笑う翔。そして、桜木に電話を掛けたかと思うと、再び調査に戻る。

 香田は不甲斐なさを感じていた。

「じゃあ、帰ろうか」

「はい……あ、あの……何もできなくてすみません……」

「謝ることはない。俺も上手くサポートできなくてすまない」

 あの人が言った通りだ……と香田はなんだか嬉しくなった。

「あの……さっきの法医学の先生……」

「浦浜秀一。俺の警察学校時代の同期だよ。アメリカ人かと言っていたけど、あいつはイギリスと日本のハーフさ。あとは……あ、高校まではイギリスのパブリックスクールで、大学入学とともに日本に来たんだ。そこからはずっと日本にいて、ウイルス研究をしたあとに法医の道に進んだ。……聞きたいのはこれか?」

 何も言っていないのに、まるで心の中を見透かされたような気になった。

「私、別に……」

「顔に書いてあるぞ。“浦浜先生か~好きになりそうだな~もっと知りたいな~”ってやつじゃないのか?」

 図星だった。何も言い返せない香田に「でも、あいつは多分……人を好きになることはないと思うぞ」と翔が言った。

「それ、助手の方も言ってました。それって何か理由があるんですか?」

「俺に聞くな。聞きたきゃ、自分で聞いてくれ」

 腕時計に目を落とした翔は、そろそろ帰るぞと声を掛ける。

「生嶋さん、浦浜先生とはどういう関係なんですか?」

「……その強引な声掛けは他に使ってくれ」

「まさか、生嶋さんと浦浜先生って……そう言う関係じゃないですよね?」

「その想像力も他のことに使え」

 香田が発する言葉を無視しながら、翔は駐車場へと急いだ。

 


 午後一時前、全員がすでに揃っていた。

「じゃあ、報告会しましょうか」

 翔がそう言うと、「どうせなら小部屋使うか。今空いてるし、話をするならそこがいいだろう」と庵野が先導する。

 香田が翔に付きまといながらずっと聞いていた。

「だから、本当にそう言う関係なんですか?」

「しつこいな」

「だって気になるじゃないですか!あの阿吽の呼吸、言わずともわかる言葉に行動、それに浦浜先生の生嶋さんへの気遣い。あれってそう言う関係じゃなかったら……」

「本当にしつこいな。違うと何度言ったら分かるんです?俺とあいつはただの同期ですよ」

 そうきっぱりと告げる翔。

「何があったんですか?」

 いたずらな子どものような顔を香田に向けながら、鳴海は聞いた。

「さっき行ったニフス、生嶋さんの同期がいたんです。それで……」

「香田、しつこいぞ!」

 彼女は頬を膨らませながら、席へと向かった。

「だから一体何が……?」

 一人取り残された鳴海は首を傾げる。

「鳴海!早く来い!」

 桜木に呼ばれ慌てて走る彼、やはり子どものようだった。



「桜木さん、鳴海さん、被害者の共通点は他に見つかりました?」

 翔がそう言うと、桜木が口を開いた。

「ああ。驚くことに全員にちゃんと共通点があったんだ。第一の被害者、太田武は職業が銀行員で、個人融資の担当者だった。そして第二の被害者、村田芙実は職業が看護助手、双葉総合病院に勤務していた。第三の被害者、秋田信也は職業が医療機器メーカー勤務、これだけだと何のつながりも見当たりませんでしたが、全員の直近の行動を調べて、生嶋からの情報をもとに捜査した結果、彼ら被害者全員が同じ病院に訪れたことがあると判明しました」

 桜木はメモした内容を話す。

「そこで、双葉総合病院に向かって聞き込みをしたところ、一人……医療ミスで子どもが亡くなっていることが分かりました。この患者を担当した医師は病院側の意向か、名前を教えてはくれませんでした。おそらく緘口令かんこうれいが敷かれているのかと。ただ、看護助手として村田が付き、患者が使用していた医療機器が秋田の勤務先のものだと分かりました」

 香田は「でも、それだと太田さんの共通点は……」と尋ねる。

「彼にも共通点はあったんです。患者の家族が、太田が務める銀行に訪れ、事情を話し借り入れを頼んでいました。ただ、太田は“事情は分かったが貸付審査が通るかは分からない”と返答したそうです。もちろんそれだけでは共通点とは言えませんが、太田は“審査を急ぐように伝える”と患者の家族に言ったものの、実際は急ぐことなく、貸付も通さなかったようで……」

「ひどい……そんなことしたら、子どもは……」

「医療費の支払いはもちろん、家族自身の生活もままならず、治療を待っている間に子どもは亡くなってしまったようです……」

 小部屋はいたたまれない空気に包まれた。

「だとしたら、患者の家族が殺害したことになるが……状況証拠のみか……」

 庵野が深いため息をつく。

 だが、翔は思いもよらぬ言葉を発した。

「死亡した患者の氏名、次に殺害されるかもしれない人物の名前……もしかしたら分かるかもしれません」

 そう話す彼に視線が集まる。

「被害者全員の情報や、病院で死亡した子ども、全員の共通点を今聞いて、ずっと感じていた違和感がさらに強まったんです」

「というと……どういう?」

「患者の担当医師、緘口令が敷かれているかもしれないと言いましたよね?看護助手やそのほかの情報は入手できたのに、なぜ担当医師だけが入手できなかったんですか?」

「それは……カルテを見せてもらえなかったことと、周りの人間が口を開かなかったから……」

 鳴海が言う。

「では、なぜ口を開かなかったのだと思います?」

「……怖い……とか?」

「あながち間違いではなさそうですね」

「あ、もしかして……その担当医師に恩があるとか?」

 香田が言うと、「二人ともあらかた正解かもしれませんよ」と翔は言った。

 どういうことか説明してくれと、庵野や桜木は言う。

「四人目の被害者に会いに行きましょうか……俺の推測が当たれば……その被害者は明日の十時半に殺害されるかもしれませんから……」

 そう言うと、翔は再び口角を上げた。



 五人が向かったのは【戸樫クリニック】だった。

「ここは……?」

 香田が尋ねると、「四人目の被害者となる人物が勤務しているクリニックですよ」と翔が言う。

「え、でもここ……被害者たちが通院していたクリニックじゃ……」

「ええ。そうです」

「じゃあ……ここにいてる誰かが次に狙われてる人……?」

 鳴海は呟いた。

「警部、この病院に勤務する戸樫医師に話を聞かせてください」

「医師には守秘義務がある。そう簡単に話すとは思えないが……何か策があるんだろう?」

「ないとはいいませんが……まずは話を聞いてから、対応を考えようかと……。彼は次の被害者になり得る人物ですが、亡くなった子どもに関しても何かを知っていて隠していることがあるはずです」

「……分かった。任同かけよう」

 任同とは任意同行のことで、容疑者や挙動不審な行動、容疑の嫌疑がある人物に対して警察が令状なしで執行出来る職務の一つ。

 もし誤認だったら……と、翔の隣に立つ香田は不安そうな顔を彼に向けていた。

「任意同行は分かった。けど、どうやって?殺害されるかもって声かけるわけにはいかないし、子どもの死亡に関わっているからと声を掛けるわけにもいかない。生嶋、どうするんだ?」

 桜木が尋ねると、翔は言った。

「被害者との接点を持ち出し、病院勤務の話をする。そこで明らかな挙動が見られたら、署で話を聞かせてもらいます」

「なるほど……」

 彼らの会話を庵野は黙って聞いている。

「じゃあ、行きますか」

 先陣を切って歩く翔。

 やはり口角を上げていた…。



「それって一体どういう……」

 翔の目の前に座るのは、戸樫クリニックの院長である戸樫竜之介とがしりゅうのすけ

「被害者たちの共通点を探っていると、戸樫さんも浮かび上がってきたんです。戸樫さん、ちょっとこの写真を見ていただいても?」

 庵野は写真を見せながら名前を挙げていった。

「太田武さん、村田芙実さん、秋田信也さん、この三人をご存じですね?」

 戸樫の顔が一瞬曇る。それを翔は見逃さなかった。

「その顔は知っているという顔ですね。この方たちとは一体どういう関係だったんです?」

 口を堅く結び、話さない戸樫。

「戸樫さん、お話していただかないと、こちらとしても対応出来かねるんですよ。先ほどもお伝えしましたが、もしかしたら次に狙われるのはあなたかもしれないんです。ただ確証がないので、今こうやって確認しているんです」

 庵野がそう言うも、戸樫は顔を背け口を開かずにいた。

「戸樫さん、双葉総合病院で勤務されていましたよね?そして彼らとはここで知り合った。初めは何もなく、普通に勤務していたのでしょう。けれど、医療器材の不具合とあなたのミスで、一人の子どもが命を落とした。看護助手の村田さんは、あなたとともに隠ぺいしようとした。そして医療器材の不具合が原因だと知られたくなかった秋田さんは器材を不具合が起きていないものに変えた。それを知った子どもの親は、あなたたちに訴えたのではないですか?」

 翔は詰め寄った。

「太田さんは、子どもの医療ミスに直接関わったわけではない。けれど、子どもの親からしてみれば、融資を断られたから治療が遅れたと思った。きっとそう思わなければやってられなかったのでしょう。そして、親が取った行動が……あなたたちへの復讐でした……。戸樫さん、ここまでで反論はありますか?」

 戸樫は深く長い息を吐きだし、やっと口を開いた。

「……間違いありません……。その通りですよ。夜勤が続いて疲れていたんです。投薬量を間違えているのにも気付かず、おまけに人手も足りず、機械に薬をセットするだけだからと看護助手である彼女に頼んだんです。でも彼女は、薬のセット方法を知らず、見よう見まねで行ったわけです。その時に器材の不具合が起きていることに気付かなかった。そのままセットしてしまい、三時間かけて注入する薬をわずか三十秒で注入することになった。機械が正常に動いていれば、緊急アラームが鳴り停止したはずなんです。確かに、あれは医療ミスだった。けれど、不慮の事故でもあると……私はそう思って……。病棟の看護師たちに緘口令を敷き、このことを知っている彼らをうちの病院に呼んだんです……」

 彼はずっと溜めていた真相を吐き出した。

「戸樫さん、そのことをきちんとお話してください。亡くなった子どものご家族は、腑に落ちない点ばかりで真相も分からず、今も苦しんでいるんです。あなただって苦しいでしょう?」

 戸樫はうなだれ、首を縦に振った。

「分かりました……警察で全てをお話します……。あの子のご家族にも、きちんと話を……」

 彼がそう話している矢先、クリニック内に悲鳴が響いた―――。

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