Episode②
「もう一件起きる!?殺人事件が!?それってどういうことだ?」
「この事件が連続殺人なのはお分かりですよね。でも、これだけでは終わらないと思うんです」
翔はデスクの上に資料を広げておき、一つずつ指さしながら説明した。
「いいですか?この、遺体発見現場や殺害方法、死亡推定時刻を見てください。三件とも同じなのに気づきますよね。そして、被害者には全員持病がある。これは偶然と言えばそうかもしれませんが、この犯人の場合は偶然ではないと俺は判断します。何よりも、刺傷の深さ、検視官や法医学者が間違っていない限り、全員きっちり五センチまで刺すなど難しいはず。それを犯人はやってのけた。ということは、これらのことから推測できる犯人像は……」
翔が説明を続ける。
それを真横で聞いていた鳴海は「すげ~……」と言葉を失った。
「おそらく犯人は用意周到であり完璧主義者……そして、粘着質な性格をしていると思われます。被害者たちに共通点は?」
「それが……全員、同じクリニックに通院していたって以外、まだ見つかっていなくて……」
「じゃあ、手分けして見つけましょう。次の事件を防ぐ為にも早く何とかしないと。犯人はきっとまた殺人を犯しますよ」
言い切った翔を、庵野はじっと見つめる。
*
「まずは役割分担しましょうか、その方が効率良いですし。被害者の共通点、死亡時の状態、友人および関係者、これらをあたると何か分かることがあるかもしれません。ということで、自分はどれを担当したいとかあります?」
翔がそう尋ねる。
「じゃあ、俺は被害者の共通点を洗ってみるよ」
「僕も桜木さんとやりたいです」
鳴海はそう言った。
「警部はどうされます?」
「私は友人関係者を当たってみるとしようか。君や香田はどうするんだ?」
「俺は死亡時の状態を確認してみます」
「あ、じゃあ私も一緒にいいですか?」
香田がそう尋ねると、翔はいたずらに微笑みながら言った。
「遺体とか、そう言うの見て大丈夫?横で吐いたりしても助けられないかもよ?」
「大丈夫です!私、ホラーは好きなんで!」
意気込む香田に「映像と実際は違うよ。何とも言えない感情に駆られるからね」と返した。
「じゃあ、それぞれ担当の捜査をよろしくお願いします。えー……今が九時半ちょうどなので、午後一時にここでまた集合しましょう」
それを皮切りに、それぞれが持ち物を手に、捜査へと進んだ。
「生嶋くん、君のリーダーシップや統率力は父親譲りだな。懐かしいよ」
「父の背中を見て育ちましたから。でも、俺にしかないものがあります。父にはなかったけど、俺にしかないものがありますから。では、捜査に行ってきます」
翔は半ば強引に話を切り上げると、香田を連れて駐車場へと急いだ。
「生嶋さんのお父様も警察官だったんですか?」
「どうして?」
「さっき警部が言ってたじゃないですか。懐かしいって。ということは、警部とお父様はお知り合いってことになりますよね?」
「だから、父も警察官だって言いたいのか?」
「違いましたか……」
「合ってるよ。でも、その直感と推理力は俺の事じゃなくて捜査に使ってくれ」
車を走らせ、翔はそう言う。
本庁を出発してしばらく経った頃、香田が口を開いた。
「あの……今更なんですけど、これどこに向かってるんですか?」
「本気で言ってる!?……はぁ……ったく、向かってる先は法医学教室だ。資料に書いてあっただろ?遺体はまだ法医学教室に保管されてる。さっき連絡したから、遺体の状態や解剖の詳細を聞ける。場合によっては遺体を見せてもらうことも出来るだろう」
香田は顔を引きつらせていた。
「本当に遺体を見るんですか……?」
「見たくなければ見るな。でも、見ないと分からないこともあるだろ」
運転中の翔は、顔を正面に向けたまま答えた。
「どんな死でも、どんな遺体でも、俺は自分が担当したならすべて見ると決めてるんだ。残された遺族は確かで詳細な情報を求めてる。信用できる人から聞くのとそうでないのとでは捉え方が変わるからな」
香田はそう話す彼をじっと見ている。
「……俺を見るんなら資料を見ておけ。全部を頭に入れておくんだ」
「全部……?これ……」
手元には膨大な資料が。深く息を吐きだした香田は、言われた通り、目を通し始めた。
「“本庁管内で現在三件の連続した殺人事件が起きている。これらの……”」
「ったく、声に出すなって……」
*
一方、桜木と鳴海は被害者たちの共通点を探るべく、資料を読み漁っていた。
「被害者は全員、持病があって通院していた。ということは、病院で知り合ったか……?」
「でも、勤務先も全員が似た感じですよ?」
「第一の被害者は銀行勤務だぞ?医療系ですらない。それどころか、遺体発見場所が全員自宅の寝室だ。意味があるのか、ただ単にそこを犯行現場にしたのか……」
「でも、遺体もその周辺も乱れはありませんよ?」
「致命傷は窒息死、頸部や胸部の圧迫……圧迫で窒息死か……相当な恨みじゃないと無理だろ……」
進展がない状況に桜木は少し苛立ちを見せていた。
「桜木さん、僕……凄いことに気付いちゃいました……」
「というと?」
「全員が同じクリニックに通院してます!ほら、ここ!」
鳴海は自信満々に言った。だが、桜木は「……へ?」と言葉を失う。
「……お前……一回目も二回目の捜査会議にも出てたよな……?」
「もちろんです!捜査会議を欠席するなんて刑事としてあり得ませんよ!」
呆れながらも、彼は優しい口調で鳴海に尋ねる。
「なら聞くが、お前は捜査会議で何を聞いてた?」
「へ?」
「“被害者は全員なにかしらの持病があり、通院をしていた。また、被害者たちは全員同じクリニックに通っていたことが確認済み”って言ってたのを忘れたか?」
「……あ……そうでした……」
分かりやすく肩を落とす鳴海に、桜木は声を掛ける。
「忘れていたとしても、そう言うところに気が付くのは大切なことだ。その調子で他に繋がりを見つけてくれ」
二人は再び資料に目を落とす。
*
「何度も申し訳ありません。いくつか確認したいことが出てしまって訪ねさせていただきました」
庵野は第一の被害者、太田武の妻である有里を訪ねていた。スウェット上下を身に着け、髪が乱れたままの有里が庵野と捜査員一人を出迎える。夫を亡くしたからか、彼女は憔悴しきっており、身なりを構う余裕などない様子だった。
「主人に関することは全てお話させていただいたはずですが……」
「ええ。ですが、捜査の関係上、もう一度お話を聞かせていただく必要が出てしまったんです」
「そうですか……あ、散らかっていて申し訳ないですが、どうぞ……」
有里はそう言って、玄関へと庵野らを通した。スリッパを差し出し、リビングへと案内する。
室内は散らかっていた。唯一、清潔な状態に保たれているのは夫と撮影した写真のみ。夫が亡くなってから、化粧や身なりに構わなくなったのだろうか。写真に写る有里は美しかった。
「どうぞ……」
目の前に差し出されるグラス。
庵野は「ありがとうございます」と礼を言い、一口お茶を流し込んだ。有里が椅子に座ったのを確認し、一呼吸置く庵野。そして、口を開いた。
「太田さん、ご主人は持病がおありでクリニックに通院されていましたよね。病名は?」
「持病と言っても、高血圧くらいでした。会社の健康診断で引っ掛かってしまって……。それがどうしたんですか?」
「お薬などは?」
「病院の薬局で処方してもらう高血圧のお薬だけですが……」
有里は席を立ち、戸棚の引き出しを開けた。
「これ、以前も刑事さんたちにお見せしましたが、夫が飲んでいた薬が載ってるお薬手帳です」
「拝見します」
庵野は受け取り、目を通す。
この手帳自体には不審な点は見つからない。彼は、手帳を返すと同時に再び口を開く。
「ご主人は、クリニックにお知り合いや親しい方はいませんでしたか?」
「特には……。夫は、月に一度の診察でさえ面倒だって言ってましたから……。私が声を掛けないと、再診日を忘れたりして。困った人だったんです」
有里は少し顔をほころばせた。
「太田さん、実は……我々は、ご主人は意図的に事件に巻き込まれたのではないか、狙われていたのではないかと疑っています。初めの聞き取りでも、ご主人が誰かに恨まれている様子や、狙われてしまう様子がなかったかをお尋ねしたかと思うのですが……」
「ええ。聞かれたのは覚えています」
「今、何か思い出したことなどないですか?最初の聞き取りでは、気が動転していらしたでしょうから、今、改めてお尋ねしたくて。どうですか?」
彼女は目を伏せながら首を横に振った。
「分かりません。恨まれるような人ではなかったはずなんです。妻の私が言うことでもないでしょうが、夫は人当たりも良く、部下の方や同僚の方に信頼されていました……。他の社員の方では上手くいかない契約でも、夫が入れば契約できたとか、聞いたこともあって……すみません、よく分からなくて……」
有里は言葉を詰まらせた。
そんな彼女の肩を、庵野はそっとさする。
「捜査に必要だからと、我々は何度も聞いて……本当に申し訳ないです」
「いえ……あ、あの……刑事さん、一つだけ良いですか?」
有里は涙ながらにそう言った。庵野が聞き返すと、彼女は静かに口を開く。
「夫は……誰かに殺されたんですよね……?これって連続殺人事件なんですよね?夫はそれに巻き込まれたってことですか?」
「どうしてそう思われるのですか?」
「三日ほど前に、別の刑事さんが来られたんです。その時に、夫は殺されたって言われて……だから、今日もその話だと思って……」
「その時に来た警察官の名前を覚えてますか?」
有里は席を立ち、バッグから手帳を取り出した。
「これ、その人からもらった名刺です」
差し出す名刺には【
「高村か……。有里さん、ご主人が連続殺人事件に巻き込まれたのかどうかは定かではありません。似た事件が起きたことは認めますが、まだ何も分からない状態なんです。そのために我々は捜査を続けています。進展がなくて申し訳ありませんが、もう少しお待ちくださいね。では、今日はこれくらいで失礼します」
庵野はそう告げ、家を出た。
「警部……高村って……」
「私の因縁の相手だよ」
彼はそう言った。
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