特異事件特別捜査対策課~fileⅠ謎の病原体~(仮)

文月ゆら

プロローグ:壊れた日常

Episode①

「じゃあ、母さん……行こうか」

 泣き崩れる母の肩を抱き、青年……生嶋翔いくしましょうは車へと歩みを進める。

 目の前に佇む黒塗りの自動車……それは霊柩車だった。

「どうして……」

 母はそう呟く。

「父さんは……最後まで刑事として……自分の人生を全うした。俺はそんな父さんを誇りに思う」

 翔はそう伝えるのが精いっぱいだった。そんな彼の言葉に母は、また泣き崩れていた―――。

「……俺も、父さんみたいな刑事になるから……約束する」



 二〇二六年、四月十日。

「本日付で本庁刑事部に配属された警部補の生嶋くんだ。年齢は若いが、実績はある優秀な刑事だ。生嶋君、警察本部とうちとじゃ、やり方も違うだろう。分からないところはすぐ聞くんだよ」

 そう言うと彼は軽く肩を叩き、デスクへと案内した。そんな彼、刑事部捜査一課の警部、庵野幸太郎あんのこうたろうだ。彼は現場一筋。キャリア入庁したにもかかわらず、現場から離れることを嫌う、根っからの刑事だ。

「よろしくお願いします」

 翔が頭を下げると、刑事たちは口々に「よろしくお願いします」と頭を下げた。

「あの、僕は鳴海快斗なるみかいとって言います。僕もこの間ここに配属されたばかりなんです。所轄上がりで、まだ現場に慣れてなくて……ご迷惑おかけすると思いますがよろしくお願いします」

 そう声を掛けてきたのは、まだあどけなさが残る雰囲気の鳴海だ。鳴海同様に、翔は“庵野班”に属することになった。

「さっそくだが、生嶋君……ちょっといいか?」

 庵野に呼ばれ向かった先は、捜査一課の後方に位置する小会議室、通称・小部屋だった。

「どうかしたんですか?」

「君は……生嶋博信ひろのぶ警部のご子息だね?」

「え……父を知ってるんですか?」

「もちろんだよ。彼と私は同期だからね。同じ教場に所属して、共に励み、切磋琢磨した仲だ」

「そうでしたか……」

 父は仕事のことはもちろん、自らの話はあまりしない人だった。今になって、こんな形で父を知る人と共に働くことになるとは……。翔はどこか嬉しさを感じていた。

「庵野警部、俺が父の息子だからって特別扱いとかはなしでお願いします。俺は、実力で上がっていきたいんで……」

 失礼だとは承知ながらも、彼はそう言った。だが、目の前の庵野は声を出して笑っている。

「はははっ!本当に生嶋そっくりだな。あいつも同じこと言ってたよ。教官に気に入られて、何かと気にかけてもらえていたのに、あいつも言ったんだ。“教官、私のことを気に入ってくれるのは有り難いですが、特別視はしないでいただきたい。私は実力で上に上がりたいので”ってな。今の君のように。だから……承知したよ。特別扱いはしない。約束する」

 庵野は父と同じ目をしている。まっすぐに自分を見る目。優しさと厳しさが混じる目。彼は懐かしさを感じていた。

「生嶋、今……うちの管内で起きている殺人事件を知っているか?」

「殺害方法の手口は圧迫による窒息死、遺体の異なる箇所が刺されている事件……ですね?」

「さすがだね。もちろん、模倣犯が出ることを考えて遺体発見時の詳細等は一切出していない。君も、情報は資料から?」

「ええ。本庁に配属される前に一応資料を読みこんでおこうかと……ですが、それがなにか?」

「実はそれを君にも担当してもらいたい。もちろん、私の部下としてだ。構わないね?」

「もちろんです。やらせてください」

 翔は快諾した。


「鳴海、うちのヤマの資料を全部、生嶋に渡してくれ。彼も捜査に加わる」

「了解です!」

 鳴海は大急ぎで資料を一部作成している。

「今日からよろしくお願いいたします」

 翔は庵野班のデスク、通称・シマのメンバーに挨拶した。

「こちらこそ。俺は桜木史也さくらぎふみや、階級は君と一緒だ。だから、敬語じゃなくていいさ。捜査しにくいからな。で、こっちは……」

「私は巡査の香田里美こうださとみです。念願の捜査一課に配属されて、ホントに嬉しくて。あ、女だからって手加減も配慮も特にいらないですから!」

「香田はこう見えて柔道黒帯、剣道初段なんだ。だから本当に手加減しなくて大丈夫だぞ」

 桜木はそう言って笑った。そして、鳴海を紹介した。

「で、こいつが下っ端の鳴海快斗。所轄から来たばっかで、現場も捜査も慣れてないから目を離せない子どもみたいなもんだ。だが、やる気は凄いやつだよ」

 彼が鳴海に「な?」と声を掛けると、鳴海は「その通りです!」と笑顔を見せた。

 警部の庵野、警部補の桜木と自分、巡査の香田と鳴海、翔はそれぞれの名前と顔、階級を頭に入れていく。

「生嶋さん、これが今僕たちが追ってる事件です」

 ざっと四十枚ほどの資料を手に、翔はぱらぱらとページをめくった。

「資料はこれだけですか?」

「え?ええ……そうですけど……でも四十枚はありますよ?」

 軽く微笑み返すと、鳴海は席に着き、資料を読み始めた。



【第一被害者】

氏名:太田 武おおた たけし 

性別:男性

年齢:50歳


〈遺体発見現場〉

自宅 寝室

被害者の周囲に血痕等はなく周囲に荒らされた形跡もなし。被害者は自室のベッドに仰臥位。


〈家族構成〉

妻・太田 有里おおた ゆり 47歳 専業主婦


〈遺体の状態および殺害方法〉

既往症:

高血圧 定期的な通院と投薬でコントロールできていた。

勤務先:

松菱銀行に勤める銀行員。役職は係長。

遺体状況:

着衣に乱れなし。右手首に刺傷あり、傷の深さは五センチ。

致命傷:

頸部圧迫による窒息死

その他の傷:

右手首に刺傷

遺体発見時刻:

午後13時30分

死亡推定時刻:

午前10時30分頃と推定


補足:

妻は事件当時、スーパーで買い物中であった。店員、知人が目撃しており、知人と会話をしていた。店内の防犯カメラでも確認済み。

当該スーパーから自宅までは自転車で約10分。

遺体の第一発見者は妻であり、事件当日は被害者が通院のため午後からの出勤だった。


【第二被害者】

氏名:村田 芙実 むらた ふみ

性別:女性

年齢:43歳


〈遺体発見現場〉

自宅 寝室

被害者の周囲に血痕等はなく周囲に荒らされた形跡もなし。被害者は自室のベッドに仰臥位。


〈家族構成〉

夫・村田 直治むらた なおはる 45歳 会社員 課長

息子・村田 悠斗むらた はると 17歳 高校三年生


〈遺体の状態および殺害方法〉

既往症:

気管支喘息 最近はコントロール不良。定期的な通院と投薬が必要。

勤務先:

看護助手として総合病院勤務

遺体状況:

着衣に乱れなし。左手首に刺傷あり、傷の深さは五センチ。胸部圧迫による窒息死。

致命傷:

胸部圧迫による窒息死

その他の傷:

左手首に刺傷

遺体発見時刻:

午後17時45分頃

死亡推定時刻:

午前10時30分頃と推定



補足:

事件当日、夫は勤務中であり、息子も授業中であった。

夫と息子両名は、共に地下鉄での通勤、通学。

遺体の第一発見者は夫であり、帰宅後に妻の姿がなく、自宅を探したところ遺体発見に至る。警察到着後に息子が帰宅。部活の為。


【第三被害者】

氏名:秋田 信也あきた しんや

性別:男性

年齢:48歳


〈遺体発見現場〉

自宅 寝室

被害者の周囲に血痕等はなく周囲に荒らされた形跡もなし。被害者は自室のベッドに仰臥位。


〈家族構成〉

妻は既に病死


〈遺体の状態および殺害方法〉

既往症:

高血圧 高コレステロール血症 通院と投薬が必要

勤務先:

医療機器メーカー勤務 係長

遺体状況:

着衣に乱れなし。両足首に刺傷あり、傷の深さは五センチ。胸部圧迫による窒息死。

致命傷:

胸部圧迫による窒息死

その他の傷:

両足首に刺傷

遺体発見時刻:

午後13時15分頃

死亡推定時刻:

午前10時30分頃と推定


補足:

事件当日、被害者が時間になっても出勤せず、同僚が何度か連絡を取るも音信不通。

同僚の一人が外回りであった為、午前の業務が終了に伴い自宅まで訪れ、発見に至る。


 資料を読んでいた翔は、不可思議な点に気付いていた。

「……これ、現場写真とかありますよね?」

「ありますけど……ちょっと待ってくださいね、……これです」

 鳴海はバインダーに挟んでいる写真を翔に手渡す。

「手首……足首……か」

 独り言のようにつぶやく翔を、メンバーはじっと見ている。

「何か気づいたことある?」

 桜木が尋ねると翔は資料を指さしながら答えた。

「これ……あと一つ、事件起きますよ。それも……殺人事件が―――」

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