注目を集めるためには

三鹿ショート

注目を集めるためには

 彼女には、特筆に値するような長所が何一つ無かった。

 彼女よりも人目を引くような美貌の持ち主は多く、彼女よりも頭脳明晰な人間は世の中に溢れ、彼女よりも身体能力が優れている人々ばかりが闊歩している。

 目立たなければ余計な問題に巻き込まれることもないため、静かに生活を送れば良いのだが、彼女は満足しなかった。

 満足していないが、彼女は怠け者ゆえに、自らの能力を高めるという行為を忌避していた。

 だからこそ、手っ取り早く注目を集めるためにはどうすれば良いのか、毎日のように考えていたのである。

 そんなとき、彼女は不慮の事故で、腕の骨を折ってしまった。

 日常生活に不便が生じたものの、怪我をした彼女を、人々は丁重に扱った。

 周りの人間は怪我をした彼女に気を遣っているだけだったが、本人はそのことを勘違いしてしまった。

 つまり、怪我をすれば人々が注目してくれると考えたのだ。

 ゆえに、彼女は腕の骨折が治ったとしても、次は脚の骨を自らの意志で折るなど、過激な行為に走るようになってしまった。

 学校という狭い世界ゆえに、怪我が続く彼女のことを知っている人間は多い。

 腕の次は脚かと、生徒たちは彼女を不憫に思っていた。

 不便な毎日を送る羽目になったとしても、彼女にとって人々から注目されること以上に嬉しいことは無いらしい。

 そんな彼女が、哀れに見えて仕方が無かった。


***


「では、次は右腕を折りましょうか」

 彼女は笑みを浮かべながら、私に金槌を手渡してきた。

 私が受け取ると、彼女は腕を真っ直ぐに伸ばし、期待の籠もった目で私を見つめる。

 だが、私は金槌を投げ捨てた。

 その行動を目にした彼女は、眉間に皺を寄せると、

「どういうつもりですか」

「このようなことは、止めるべきだ。健全ではない」

 私が首を横に振りながらそう告げると、彼女は舌打ちをした。

「あなたは、私と同じような人種です。何の役にも立たない人間に活躍の場を与えているのですから、感謝するべきでしょう」

「私は、望んでこのようなことをしているわけではない」

「では、何が目的で、私に協力しているのですか」

 そう問われ、私は口ごもってしまう。

 答えを口にしようとしない私を眺めていた彼女は、やがて何かに気が付いたかのように笑みを浮かべると、

「私に好意を抱いているために、協力していたのですか」

 図星を指されたためか、顔が熱を帯びていく。

 彼女は私の肩に手を置きながら、首を左右に振る。

「残念ですが、私のために動いてくれることのない人間など、興味はありません。あなたがやってくれないのならば、他の人間に頼むだけです」

 そう告げると、その場を後にした。

 残された私にとって、彼女に嫌われてしまったということよりも、彼女に対する心配の方が勝っていた。


***


 その心配は、見事に的中した。

 彼女が私に依頼していたように、別の生徒に自身の骨を折るように頼んだことが、他の生徒たちの知るところとなってしまったのである。

 それまで彼女に向いていた同情の目は、狂気に囚われた危険人物を見るようなものへと変化し、自然と彼女に近付く人間が消えていった。

 ゆえに、いくら自分の手で怪我をしようとも、無駄なことだった。

 居た堪らなくなった彼女は、何時しか学校へ行くことを止め、一日中自宅に籠もるような生活を送るようになってしまった。

 自業自得といえばそれまでだが、彼女はただ、人々に見られたかっただけなのだ。

 それは多くの人間が持っている欲求であり、彼女は方法を誤ってしまっただけなのである。

 しかし、そのことに気付くことができる人間は、私くらいのものだった。


***


 毎日のように彼女の自宅を訪れているが、会ってくれる相手は彼女の両親ばかりで、本人の姿を目にすることはなかった。

 そのような生活が半年ほど続いたある日、私はとうとう彼女と会うことができた。

 彼女の母親が部屋を掃除するために、彼女のことを居間へ追い出していたのである。

 久方ぶりに再会した彼女は、髪の毛が随分と長くなり、体重が増えたようにも見える。

 彼女は虚ろな眼差しで私を見ながら、

「あなたは、諦めの悪い人ですね。何が目的なのですか」

「目的、とは」

 私が聞き返すと、彼女は自身の胸に手を当てながら、

「弱っている人間に優しくすれば、物にすることができるとでも考えているのですか。良いでしょう、好きにしてください。抵抗も何もしませんから」

「そのような、投げやりにならなくとも良いのではないか」

 私の言葉に、彼女は唇を噛みしめた。

「今さら学校に戻ったところで、私がおかしな人間であることは、周知の事実です。私の居場所など、何処にも存在していない。それは、死んでいることと同義でしょう」

 私は、危機感を覚えた。

 確かに、彼女の取った行動は決して褒められるようなことではなく、人々が近寄りがたいと思ったとしても、自然な反応である。

 だが、彼女がどう思っているのかは、別の話だ。

 腫物のように扱われてしまえば、たとえその原因が自分の行動にあったとしても、傷つく人間が存在する。

 そして、極端な行動ばかりをする彼女が絶望した今、どのような道をたどるのか、想像するだけで恐ろしくなった。

 だからこそ、彼女をこちらの道に引き込む必要があった。

 私は彼女の肩を掴むと、

「好きにしろというのならば、今後は、私の人生を支えてほしい」

 その言葉に、彼女は目を丸くした。

 それに構わず、私は自分でも顔が熱くなっていることを感じながらも、

「私は、常にきみのことを見ていた。きみは注目を集めたいと言っていたが、既に私の視線を独占していたのだ。それだけで充分だと考えてはくれないか」

 初めて会ったときから、私は彼女に心を奪われていた。

 ゆえに、彼女が私のことを頼ってくれたことが、嬉しくて堪らなかったのである。

 私が正直に想いを伝えると、彼女はばつが悪そうに顔を背けながら、

「その気持ちは嬉しいのですが、私は自分でも面倒な人間だと思っています。今後の人生において、あなたは私以上に素晴らしい女性と出会うでしょうから、こんなところで決めつけない方が良いのではないでしょうか」

「私が、きみ以外の誰かを愛することなど、考えられない」

 真っ直ぐにそう伝えると、彼女の顔が段々と朱を帯びていく。

 両手を使い、彼女が背けていた顔を無理矢理に此方に向かせると、

「私のことを嫌っているのならば、特別な関係になることは諦めよう。しかし、私がきみの味方でいるということは、変わらない。私は正直に告げたのだ、きみの答えを聞かせて欲しい」

 彼女の双眸が、潤んでいく。

 逃げることもできない彼女はしばらくの間無言だったが、やがて小さな声で、

「お願い、します」

 何時からか、我々の様子を見ていた彼女の母親が、歓喜の声をあげた。

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