第4話
私はたまに、時代に合わせるのが苦手なのではないかと思うことがある。
早瀬がいなくなった街で、私は彼に手紙を書いて送っていた。雑貨屋で猫の柄がかわいい便箋を買い、そこにボールペンで近況を書いて、切手を貼って早瀬の下宿先に郵送する。
私が本当に手紙を書いて送ってきたことに、早瀬は驚いたようだ。私が最初の手紙を出して数日後、早瀬がお礼も兼ねて電話してきたけれど、同時にこんなことも言ってきた。
『ラインとかでもいいんじゃないか? 手紙だと切手を買ったり、面倒だろ』
『でも手紙だって書くって言ったの私だし。それに手間をかけたほうが、勉強のいい気分転換にもなるの』
早瀬は電話越しに笑った。
『滝川らしいよ。スマホあまり使いたがらないしな。おもしろくなった。俺も合わせる』
そして、スマホを持っているのに活用しようとしない私に合わせて、早瀬も本当に手紙を書いて郵送してきた。真面目な彼らしく、罫線が入っただけの白地の便箋で。
手間もお金もかかる上に、相手に内容が伝わるのに数日かかる手紙のやり取り。
でも私は、嫌じゃなかった。手書きのほうが慣れているし、形があるほうが、早瀬も私のことを気に留めてくれる気がして、いい。
早瀬のほうも、大学だとパソコンなどで講義のノートをまとめてばかりだから、手書きの手紙だと落ち着くらしい。
早瀬から送られてくる手紙の内容は、出版社のアルバイトのことが多かった。
講義の合間に編集部の雑用をさせてもらっていること、たまに本の宣伝のコピー案を考えさせてくれること、お世話になっている編集者が担当する本がもうすぐ出版されること、憧れの作家の一人と会って話ができたこと、その作家が手掛ける作品は少年少女の繊細な心情を綴ったものが多く、おとなしい人かと思ったら意外とものすごい酒を飲んで声も大きいからびっくりしたこと……。
東京での生活は全てうまくいっている、というわけではないだろう。一人暮らしも都会暮らしも初めてなのだ。慣れないことや、都会特有のいざこざに巻き込まれることもあるはずだ。でも早瀬は、手紙に愚痴や弱音を書いたことがない。よく私に気を遣う早瀬らしかった。
だから私も、負けじと前向きな手紙を書いた。千光寺の桜がきれいだったこと、艮神社で野良猫がすり寄ってきてかわいかったこと、勉強のために立ち寄ったカフェのコーヒーがおいしかったこと、夕日に照らされた尾道大橋が茜色に染まって見惚れたこと……。
自分が書いた、早瀬に送る前の手紙を読み返して、私はよく笑った。これだと、つらくなったらいつでもこの街に帰っておいで、とでも書いているみたいだ。実際、早瀬からの返事には、早く帰省したくなってきたと書かれていて、よっしゃと思いもした。
でも……
手紙のやり取りをしていて、思う。
早瀬との距離は、これからどんどん離れていくのだろう。大学に入って一年目だというのに、早瀬は東京でいろんな経験を積んでいる。これからも東京で、いろんな人と出会って、いろんなことをしていくのだ。
そのことは、夏のオープンキャンパスのときにも強く思った。
私が御茶ノ水にあるキャンパスで(千光寺山並みに高いビルに圧倒された)模擬講義を受けたりした後、早瀬は一緒にJR中央緩行線に乗って、アルバイト先の出版社のビルに連れていってくれた。
全国の書店に刊行物が並ぶ出版社だから巨大なビルを想像したけれど、意外と小ぶりのビルだった。でもビルの壁面には話題の小説の広告がでかでかと掲げられ、正面口のショーケースには、近日発売される刊行物が展示されていた。本当にこのビルからたくさんの本が全国に羽ばたいていっているのだと、嫌でも実感した。
そして早瀬は、たくさん並んでいる出版社の刊行物の中から、自分が何らかの形で関わった作品を教えてくれた。
『この会社、楽しそうだね』
『楽しいけど、編集部の人たち深夜まで働いてばっかりだから心配だよ。よく過労死しないな』
きっと早瀬は、東京の生活は充実していると伝えると同時に、私に問いたかったのだろう。
自分はこれから、こんな世界に飛び込もうとしている。
同じ大学に通うことになったとしても、滝川と一緒にいられる時間はないかもしれない。
それでもいいのか、と。
早瀬が出版社にうまく就職できるかどうか、まだわからない。仮に就職できたとしても、編集者は会社間の転職も多いというし、関連企業に出向ということもある。東京まで追いかけてきた私と、また離ればなれになるかもしれない。
でも、だからこそ、私は思い切って早瀬に好きと伝えたのだ。私が関わることができる間は、ちゃんと早瀬のことを思い続ける。そのことを伝えるためにも、せめて手紙を書く時間は、大事にしたかった。
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