第3話
三月の下旬を迎える。
早瀬と私は、街の駅のホームで電車を待っていた。傍らには、大きなスーツケースも一緒だ。これから新幹線で東京に出て、ホテルに宿泊するという。
「見送り、ありがとう。荷物運ぶのも手伝ってくれて」
早瀬は礼を言ってくる。
「だって重たそうだもの。何なら、東京まで一緒に運ぼうかな?」
「無理を言うなよ」
私の冗談に、早瀬は笑ってくれる。
よくよく見ると、ここは一か月と少し前、早瀬の前で私が突然電車を降りた位置だ。
「懐かしいね、ここ。私がいきなり電車を降りて、びっくりしたでしょ」
「もういいよ、過ぎたことだし。でもちょっと、心配した」
「早瀬くんがこの街から本当にいなくなるんだって、取り乱しただけ。でも、もう大丈夫だから」
「そうだね」
駅の自動案内が流れた。福山方面の電車が来ることを告げる。あの日の夕方のように、黄色い国鉄型の電車がホームに入ってくる。
ドアが開くと、早瀬はスーツケースを持って電車に乗り込んだ。
「じゃあ、元気で」
「うん、早瀬くんも、大学進学おめでとう」
一か月と少し前に言えなかった五文字が、きちんと言えた。
「私、早瀬君と同じ大学を目指すよ」
漠然と決めていた大学だ。でも口に出すと、自分が目指すのにふさわしい気がしてくる。
「だったら、一緒にいられないのは一年だけだな」
早瀬も困っている様子はなく、むしろほっとしているように見えた。
出発の笛がホームに響いた。
早瀬との別れまで、あと数秒になった。
「あの、早瀬君、好きです!」
思い切って、私は告げる。
ドアが閉まっていく。
「ずっと応援してる! 手紙だって書くよ!」
閉ざされたドアの向こうで、早瀬が口を動かした。
電車が動き始める。早瀬の姿がゆっくりと遠ざかっていく。やがて黄色い国鉄型電車はホームから完全に走り去った。
早瀬を乗せて走りゆく電車を見送りながら、彼の最後の言葉を何度も心の中で繰り返す。
完全に閉まったドア越しで、しかも電車のモーター音がうるさい中だったけれど、聞き取れた。早瀬は確かにこう言っていた。
待っているから、と。
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