第26話 実家

 わたしはさっきからインターフォンの前に立ったまま、躊躇していた。早く入らないと……。外にいたら、近所の人に見つかってしまう。


 挨拶されたら、上手く返事をできる自信がなかった。


 わたしは意を決してインターフォンを押した。ピンポーンと言う音がして、すぐに妹が出てきた。


「お姉ちゃん、やっと来てくれたよ」


「来るの待ってたの?」


「当たり前でしょう」


 妹は玄関扉を開けて、どうぞと居間に通してくれた。


「……お父さん……」


 そこには新聞を読む父の姿があった。わたしが五年前に飛び出してから、母親からの連絡はあったが父からはなかった。もともと芸能活動に批判的な父はわたしの選択を喜んでくれはしなかったのだ。


「母さんがご飯を用意してくれてるから、そこに座れ」


 父は新聞から目を外すと、それだけ言い、また新聞に視線を戻した。


「ありがとう」


 わたしはそれだけ言うとダイニングテーブルに行き、わたしがいつも座っていた椅子に座った。


「もう、急に来るっていうから、あまり用意できなかったよ」


 母親の大きな身体がゆさゆさ揺れながら、食事を持ってきた。唐揚げ、お味噌汁、煮卵、カイワレのサラダ。全部、わたしの好物だったものだ。


「さあ、食べようよ。お父さんも折角沙也加が帰ってきたんだから、一緒に食べようね」


 両親はわたしのことを一切聞かないで、食事を勧めてくれる。ただ、わたしは何も言わずにこの食事を食べるわけにはいかない、と思った。


「ごめんなさい」


「おやおや、どうしたの?」


「ご飯を食べる前に、謝らせてください」


「お前がどんな気持ちで、その選択をしたのか、わしには分からん。ただな……」


 父親はわたしをじっと見た。その目は悲しみと怒りが混在しているように感じた。


「お前がここに来たということは、何か自分を変えたいと思ったからだろう。ご飯食べながら、ゆっくりで良いから話してくれればいい」


 そう言って父親は唐揚げを口に含んだ。


「ほら、母さんの唐揚げだぞ。お前、好きだっただろ」


 わたしは唐揚げを口に含んだ。懐かしい味だ。未来の手料理も美味しいが、こっちはおふくろの匂いがした。


「美味しいよ」


 凄く迷惑をかけてるのに、そのことに何も触れない。その優しさが胸が締め付けられ、凄く痛かった。


「あらあら、涙なんて珍しいこともあるね」


 お母さんがわたしの背中をさすってくれた。ご飯を食べる咀嚼音と低くぐもったわたしの嗚咽音。


「ほら、泣いてちゃ飯が不味くなるぞ」


「ごめんなさい……」


「良いからいいから湿っぽい話は苦手だよ。ほら食べて、食べて」


「ありがとう……」


 わたしが箸を手に取って唐揚げを食べると母親がわたしに顔を近づけた。


「美味しい?」


「美味しいよ、お母さん……」


 わたしは思わず母親の胸に飛び込んだ。


「あらあら、小さい子供みたいね。何か嫌なことがあったの?」


「いえ、みんな良くしてくれます。でも、わたしが勝手なことしてるおかげで、妹がとんでもないことに……」


「お姉ちゃん」


「あなただけのせいじゃないわ。あの親なら、どうせどこかで上手くいかなくなる」


 そう言って、母親は妹の方に視線を移した。


「これは、言わなかったんだけどね。この結婚は少し考えたほうがいいかも知れないよ」


「えっ!?」


「お姉ちゃんがどうこうではなくてね。親が直接こちらに言ってくると言うことはね。そう言う親なのよ」


「別れろって言うこと?」


 妹の麻友が不審そうな表情で母親を見つめた。それは酷すぎないか?


「そんなことじゃないのよ。そもそもふたりの話だからね。わたしたちが言うことじゃないのよ。だからこそ、おかしいとお母さんは思ったんだよ」


 確かにそうかもしれない。親が子供の人生に口出しをするなんておかしい。わたしがAV女優をしていると言う後ろめたさから、今までその現実を気づかなかった。


「わたしもそう思う。わたしの仕事だけじゃなくてね。きっと無理して結婚したら、親が今以上に表に出てきて苦労するかもしれないよ」


「麻友も、もう少しゆっくりと考えた方がいいかも知れないね」


 結婚に急ぎすぎてると言うのはわたしも感じていた。無理して結婚したら後で苦労する。


「そうなのかな?」


「じゃあ、逆に考えてみなさい。もし逆の立場ならお父さんやわたしが相手様の家に文句を言いに行くかな?」


「行かない……」


「でしょう。麻友も少し冷静にならないとね」


 妹の麻友は、凄く複雑な表情をした。


「逆に本当のことがわかって良かったと思わないと」


「本当のこと……」


「まあ、麻友の話はこれくらいにして、わたしは沙也加のことが聞きたいわ」


「ごめんなさい」


 母親は小さく首を振った。


「違うよ。あなたが簡単な気持ちで選んだんじゃないことはわかる。無愛想だけどね、お父さんも分かってるんだよ」


「ば、馬鹿、そんなことはないぞ」


「こんなこと言いながら何かあるたびに沙也加は帰ってこないのか、と毎日聞いてくるんだよ。もう、耳にタコができたくらい」


「余計なことは言わなくていい」


 新聞の間から見える父親は少し照れた表情をしていた。


「で、沙也加の番だよ」


 そうだ。わたしはこれを言いにきたんだ。例え状況が変わったとしても言わないわけにはいかない。




――――――――



さてさてお父さん、お母さんも良い人でした。


これからどんな風に話すのでしょうか。


今後ともよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイドルからAV女優への転身。容姿だけがわたしに残された唯一の才能。ファンのために抱かれます。これが応援してくれた最高の恩返しだ。 楽園 @rakuen3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ