第25話 佐野先生
「ここから近いので、歩きますね」
わたしと山崎先生は、喋らず歩く。夜の街のネオン街。わたしはどこに連れて行かれるのだろうか。ホテルと言う看板を見るたびにここに入るのかとドキドキしてしまう。
こんな場所、もし写真に撮られたら、夜の密会とか書かれて芸能ニュースになるのだろうか。それでも今日は山崎先生と一緒にいたかった。わたしは山崎先生が本気で好きだ。誘われたら断れない。
「山崎先生!?」
「どうした」
「いえ、なんでも……」
「大丈夫、辛くなったら言ってよね。もうすぐ着くから」
わたしたちは雑居ビルを抜けて落ち着いた住宅街に入った。
あれ、ここに来ても何もないよ……。どう言うつもりなんだろう。ホテルじゃないのかな。ふたりでホテルに入るなんていけないことだと思いつつも、繁華街を抜けると少し残念な気持ちになってきた。
「着いたよ」
わたしたちは一軒家の前で止まった。
「えっ!? ここって山崎先生の家?」
「違うよ。何言ってんだよ。レッスンプロの佐野元春先生の自宅だよ」
「はい!?」
「あれ、説明してなかったっけ?」
えーっ、もしかして、これからの予定ってレッスンプロの先生と打ち合わせとか、……マジか……。
「説明されてません!!」
「何怒ってるんだよ。さっき沙也加が手洗いに行ってた時に連絡したら、今なら空いてるらしくて、早い方がいいと思ってね」
わたしひとり凄い勘違いして、一人盛り上がってた。ホッとしたと同時にひとつになることに凄く期待してたことに気がつく。わたしは盛りのついた猫かよ。恥ずかしすぎる。だめだ、消えたい……。
「ほら、入ろうよ」
山崎先生がインターフォンを鳴らすと数秒して玄関の電灯がついて扉が開いた。
「あー、ごめんね。無理言っちゃったみたいで」
出てきた佐野先生は眼鏡をかけた細面のイケメンだった。マジか、山崎先生も相当イケメンだが、佐野先生も別の意味でカッコ良かった。
眼鏡をかけてるせいか、凄く頭が良さそうに見える。
「いえ、こちらこそ無理言ってお願いしてすみません」
「立ち話もなんだから入って……入って……」
扉を開けて居間に通される。大きな家だな。しかも凄い片付いてる。
「綺麗好きなんですね?」
「えっ、……いや……そうかな」
わたしの言葉にくくくっと、山崎先生は笑いを堪えていた。
「わたし、変なこと言いました?」
「いや、……普通だよ。佐野、綺麗好きだってさ。良かったな」
「うるせえよ」
あれ、佐野先生怒ってる。わたしは変なこと言ったのだろうか。全く無自覚に人を傷つけてしまうことがある。ここは、謝った方がいいのだろうか。
「本当に、すみませんでした」
わたしは頭を大きく下げて謝った。
「えっ、なんで謝るの?」
「えっ!?」
「沙也加ちゃんは何も悪いこと言ってないでしよ」
佐野先生は、不思議そうにこちらをじっと見た。イケメンは何をしても絵になるなあ。
「俺が腹を立ててるのはこいつだ」
佐野先生は腕を大きく伸ばして山崎先生を指さした。
「僕が何をしたんだよ」
「知ってて言ってるよね。綺麗好き……」
「最高のネタだよね、あははははっ」
「うるせえよ」
なんか知らないけれども、片付けられてるが山崎先生のツボにハマったらしい。どう言うことなんだ?
「こいつ……、同棲してる彼女がいてね。彼女が綺麗好きなんだよ」
そう言うことか。でも、何故それが笑いのネタになるんだ?
「でさ、今日……、振られたんだよ。家に帰ったら一枚の紙が置かれていて、もうついていけませんってさ」
嘘……、そんなことってあるの。
「だから、こいつは今、傷心中。そのど真ん中を沙也加が無自覚に言ったからおかしかったんだ」
「うるせえよ」
「で、謝罪はしたのか?」
「送ったよ。何度もさ」
「で、どうよ……」
「明日、話をしようって言ってくれた」
「良かったじゃん!!」
「どーなるか、分かんねえよ!!」
佐野先生は不機嫌な表情で山崎先生を睨みつけた。
「そんなことより、ベルサイユのバラの演技指導だろ」
「そうだ、忘れるところだった」
「何のために来たんだよ」
「いや、今朝のメールが面白すぎてさ」
「その性格直した方がいいぞ」
「別に不幸を楽しんでる訳じゃないぞ。あんだけラブラブだったのに、何故出て行ったんだ、と不思議でな」
「ちょっと言い過ぎたんだよ」
どうやらお母さんの料理の味を再現させようとお母さんを連呼したせいで怒らせたらしい。なら、お母さんに作ってもらったら、と言われたそうだ。なるほどね、生まれた時から慣れ親しんだ味を最高と思うのはよくある事だ。ここら辺は難しいね。
「で、つまらない話はどうでもいいから、演技指導はいつからにする? オーディションまでそんなに時間ないだろ」
「沙也加、予定はどうだろうか」
今のわたしには、ほぼ予定なんてなかった。一旦、撮影は延期してもらうつもりでいたから、明日を除けば大丈夫だ。
「明後日からで大丈夫でしょうか」
「いいよ、いいよ」
軽い口調で佐野先生は二つ返事をした。その後、付け加えるように訳のわからないことを呟く。
「合格だ」
「なんのことです?」
「あー、気にしないでいいよ」
「合格と言うのが気になりますよ」
「あー、今日連れて来たのは、佐野が一度見て教えるか決めると言い出したからだよ」
「えっ、じゃあ。不合格になる可能性もあったのですか?」
「沙也加なら大丈夫だよ」
「で、どう言う理由で合格と」
「顔か?」
「違うぞ……」
「なくはないだろ」
「まあ、そうだがオスカルにした時に絵になるか、それが重要だよ。沙也加ちゃんは、絶対オスカルになれるから、安心してよ」
そうか、そのためのテストも兼ねていたのか。わたしはそれを聞いて少し安心した。ふたりのプロが言うんだ。間違いないのだろう。
◇◇◇
凄い勘違いでしたね。
まあ、山崎先生も全く言わないから誤解が大きくなったわけですが。
読んでいただきありがとうございます。
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