伸ばした手は届かなかったけど
ナナシリア
伸ばした手は届かなかったけど
「私は自分の話したからさ、陽太の話も教えてよ」
あの日々は俺にとって最高で、消えてほしくないという思いがあるというのは、先ほど月渚にも伝えたことだが、後悔もあるから軽々と思いだしたいものではない。
「まあ、月渚のためならそのくらいはいいや」
「嬉しいこと言ってくれるね」
「俺の後悔っていうのは、光との話なんだよ」
「陽太、今日の将来の夢書くやつ、なんて書いた?」
俺と仲のいい、陽キャを極めたようなクラスメイトが、将来の夢の話を振ってきた。
「俺は、一応公務員って書いたよ」
「あれ、もしかして将来の夢とかまだない?」
「うん」
彼は俺の将来の夢にどこか期待していたようだった。
まあ、俺はどちらかといえば尖った性格なので何になりたいと考えているのかという好奇心の対象になりやすいのだろう。
「俺、やりたいこととか今はあんまりないから」
「コンピューター系の職業とか就くのかと思ってた」
どういう意図からその言葉が出たのか、俺にはよくわからなかったが、どこかでコンピューター系に強いというイメージがあったのかもしれない。
とはいっても俺は別にコンピューター系に強いわけではない。プログラミングとか普通に無理。
「ま、いつか適当に見つけるよ」
適当に見つける、といったはいいものの、俺が将来の夢を見つめられるのか、不安に包まれていた。
今まで俺が熱中してきたことは星の数ほどあったが、俺の中での熱が過ぎるとすぐに触らなくなってしまった。
たとえ好きなことを仕事にしたとして、すぐに熱が過ぎてしまったらどうしよう。仕事とはそう簡単に辞めることはできないものではないか。
俺がそんな苦悩に没頭している中、俺の隣の席の女子である
それはまるで、海の底に沈みかけた俺の手を彼女が掴んで、引っ張り上げてくれるかのような感覚だった。
「今日、話したいことがあるからさ。みんなが帰り終わるまで教室に残ってくれるかな」
「わかった」
光から話ということで、もしかしたら告白なんじゃないかと心の隅の方に小さな期待感を抱いていた。
まあ、光は明るくてクラスメイトからの人気も高く、俺を選ぶ意味がないといえばその通りなのだけれど。
人が期待を胸に抱いているとき、時の流れが遅く感じられるということがあるようで、俺と光の二人きりになるまで、何時間もかかったように感じられた。
「話なんだけど……私、陽太くんのことが好き」
俺の頭はショートしたが、どうにかして返事を絞り出そうと、ショートしながらフル回転も同時にした。
「でも、返事はいらないや。気持ちだけ、言っておきたかった」
「え、俺も――」
「私は陽太くんのことが好きだけど、陽太くんと付き合うことはできないの」
どういうことだと俺の頭がすべての回転を止め、完全に停止した。
好きだというのに付き合えないというもどかしさ。
「理由は、たぶんすぐにわかるよ」
翌日、光は学校を欠席した。
昨日の俺のことが好きだけど付き合えないという発言といい、どこか怪しさを感じる。
それから一カ月間、光が学校に来ることはなかった。
将来の夢が見つからない俺を救い上げてくれる光がいない以上、俺の自己嫌悪はとどまることを知らなかった。
今の俺には価値がなく、部活に打ち込むだけの熱意もなく、そして、好きなことを見つけるようなつもりもない。
唯一光と過ごすことで感じられた俺という存在の意味すらも、光が休んだことでなくなってしまった。
光に飛ばしたメッセージも、俺に心配をかけまいとしているような返信ばかりが帰ってきて、嫌われてしまったのかとも思える。
そんな中、他の作業をしながらもスマホをちらちらと眺めていると、突然スマホが振動した。
表示されたメッセージは光から。トークルームを開くと、今日会わないかという内容を受信していた。
俺はすぐに行くと連絡を返し、指定された公園へ自転車で飛ばした。
「光!」
「陽太くん、早いね」
そこにはいつもと変わらない姿をした光が立っていた。少なくとも俺の目はそう訴えかけてきていたが、俺の心が、普段とは違う光の感情を感じ取った。
「光、どうしたんだ?」
「今日は一つだけ、伝えたかったんだ。どこかでこの日々を超える"最高"を手に入れてね」
どこかとはどこのことなのか、この日々とはどの日々なのか、"最高"とは何のことなのか。
疑問はいくらでも浮かんだが、光からの言葉であり、しかも俺に今以上があると期待してくれているかのような内容で、俺はまた水面に浮上した。
「光がいなかった間にさ、——」
俺はついつい話し始めてしまい、光もしっかりと聞いてくれていた。気づくと日は暮れかけていた。
光はどこか集中できないようだった。
「ごめん、長く拘束しすぎちゃったね。また明日」
「明日、は――。いや、また明日」
「朝比奈さんが亡くなりました」
俺たちの担任の先生は、生徒たちと仲良くして、それでなお情熱的な普段とは違って、ひどく事務的にそう告げた。
淡々と告げられたその事実に、俺は息を呑んだ。
教室は水を打ったように静まり返り、誰一人として口を開かず、何の話も聞くことが出来ず、ホームルームが終了した。
休み時間になり、ふと立ち上がると、世界が歪んで見えた。
目の前に、光がいた。
なんだ、亡くなったりしていないじゃないか。
『今日、話したいことがあるからさ。みんなが帰り終わるまで教室に残ってくれるかな』
『私、陽太くんのことが好き』
『返事はいらないや。気持ちだけ、言っておきたかった』
『陽太くんのことが好きだけど、陽太くんと付き合うことはできないの』
『どこかでこの日々を超える"最高"を手に入れてね』
『明日、は――。いや、また明日』
これまでの光の俺に向けた発言が、彼女の表情と共に、俺の脳内で走馬灯のようにフラッシュバックした。
そして、その走馬灯を締めくくるかのように、寂しげな表情を浮かべた光が、口を開いた。
『理由は、たぶんすぐにわかるよ』
かっと目を開いた。
当然、目を覚ましたそんな俺の目の前に光が現れるということはなかったし、光が生きている世界じゃなかった。
光が死んだということと、たんに体調を崩した寝起きであるということが、俺の身体を蝕む。
「そういうことだったのか……」
何もできなかった。
予期できた彼女のことを救うことも、そばにいることもできず、彼女の死に関われなかったという無力感が俺を苛む。
また、伸ばした手は届かなかった。
『どこかでこの日々を超える"最高"を手に入れてね』
俺が後悔していても、日々は止まらない。
彼女の言葉を思い出して、彼女のことを忘れないようにして、探しに行こう。この日々を超える"最高"を、求めていこう。
「高校初日も、終わりか」
二階の窓のすぐ隣、俺に新しく与えられた席で俺が帰る準備をしていると、一階の窓の外でうずくまっている同級生がいた。
「話しかけてみるか」
俺はさっさと帰る準備を済ませ、階段を降り、昇降口から校舎の外に出て先ほどの場所へ歩いて行った。
「で、それが月渚との出会いだと」
月渚は、俺の話を聞いた後も、あの日と同じようにうずくまって泣き始めた。
「どうしたんだよ、月渚」
「あまりにも、悲しい話だな」
伸ばした手は届かなかったけど ナナシリア @nanasi20090127
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