最終話:ただいま

 

 リーシャ達を置いて、一足先に村へと戻ったラルクとディアが、ゆっくりと道を歩いていく。


 既に日は高くなっており、午前中の作業や仕事を終えた村人達が、ホッと一息ついている頃でもあった。そんな彼らがラルク達の姿を見て、声を掛けてくる。


「お、ラルクさん。こないだは野菜ありがとう!」

「ああ。気にしないでくれ」

「ラルクさん、今度一緒に飲もうよ」

「そうだな」


 声を掛けてくる村人達に、ラルクが彼なりに返事をしていく。

 村人達の挨拶が一段落すると、ディアがラルクの手をソッと掴んだ。


「あの、ラルクさん」

「ん?」


 少しだけ歩く速度を緩めながら、ラルクがディアへと視線を向けた。俯き気味の彼女を見て、ラルクはあえて何も言わなかった。


「あの、その……ごめんなさい!」


 勢いよく頭を下げるディアを見てラルクは何も言わず、その頭を優しく撫でた。


「何も謝ることはない」


 その声は優しく、ディアを責める気持ちは一切含まれていない。

 たとえボロボロになったとしてもそれは自分で決めたことを貫いたことの代償であり、ザグレスに対する憎しみすらもなかった。


「で、でも……あたしのせいで怪我を……それにラルクさんだけじゃなくてリーシャさんまで」

「俺もあいつも慣れている。心配しなくていい」

「でも、そうなった原因はあたしで、しかも嘘もついたし」


 ディアの言う嘘が何だったかを思い出し、ラルクが小さく笑う。


「ああ。竜の掟がどうのだったか」

「……はい」

「気にするな。嘘ではないが、俺だってディアに話していないことがある」


 ラルクが前を向きながら、少しずつ語りはじめた。


「……とある竜の話だ」


 それが誰のことを指しているのかについては、語るラルクも、それを聞いているディアもあえて口にしなかった。

 しなくても、もう分かっていることだったからだ。


 もう今日のことは忘れて、なかったことにもできた。


 だけども、ラルクと共に生きていくと決めたディアも

 それを受け止めたラルクも、それは出来なかった。


「その竜は、とても強大で美しい竜だった。竜でありながら、人と対等でいようとした、偉大な竜だった。だが……その竜が突然、牙を剥けてきた。雷嵐が如き力で街を破壊し、人々を、何の罪のない人々を沢山殺した。沢山だ」 


 それを聞いたディアが目を瞑る。


「たまたま、あるいはそういうことが起きる可能性があるかもしれないという配慮の上からもしれないが……俺はその現場の近くにいた。だから――その竜を殺した」

「そう……ですか」


 そのラルクの告白に、ディアは驚かない。

 何の根拠もなかったが、なんとなくそんな気がしていたからだ。


「竜……特に強い竜は魔力が強大だ。その命を奪ったものに、影響を及ぼすほどに」


 ラルクの相棒でありまた〝竜断〟の象徴でもあった、あの大斧。

 墓標代わりに森の地面に突き刺してきたあの大斧の下に眠るのは、冒険者であり竜殺しであった自身の過去だろう。


「あれには、かの竜の力が宿ってしまった。当然、それを振るった俺にも。直接的な影響はないし、俺自体がこれまでに何体ものの竜を殺してきたから、それらと混じりあってしまってはいるが、確かにかの竜の魔力の影響を受けている」

「ああ、だから」


 ディアが小さな涙の滴を零しながら微笑む。


「だから……私はラルクさんに、師匠の影を見たんですね」


 始めて出会ったあの時。

 ディアはラルクの中に、いないはずの師匠の姿を見出した。

 

 それがなぜか不思議だったけども、今ようやく全てが繋がった。


「……かもしれない。皮肉な話だが」 

「きっと運命ですよ。師匠が死ぬ事も、それに関わったラルクさんとあたしが出会うことも」

「運命か。あまり好きな言葉ではないんだが……悪くない」


 ラルクが微笑み、それを見たディアが涙を腕で拭いた。


 彼女が次に顔を上げた時には、もうその顔には笑みが浮かんでいた。


「もうこの話は終わりにしましょ! それよりあたし、お腹が空きました!」

「そうだな。帰ったら何か作ろう」

「……はい!」


 そうして歩いているうちに二人は村の外れにある自宅の前に着いた。


「あたし、これからもここに住んでいいんですよね」


 ディアが家を見上げて、そうラルクに問う。


「もちろんだ」


 その言葉が妙に嬉しくて、ディアは目を閉じた。

 それから一歩、家の中へと入り――目を開いた。


 二人で作った家。

 あたしの居場所。


 色んな気持ちが込み上がってきて、それが一つの言葉として口から出てきた。


「――ただいま」


 それにラルクも答える。


「ああ。おかえり、ディア」


 それからラルクも家の中へと入り、扉を閉じた。


 これからも色々と騒がしいことが起こるだろう。

 それでも、こんな暮らしも悪くない――そう思えるのだ。

 

 ラルクとディアの日々は、続く。


 ゆっくりと、少しずつ。



*作者からのお知らせ*


新作公開しています!

良かったら読んでくださいな!


傭兵の街のゴーレムラヴィ ~秘匿された実験部隊から抜け出した強化人間の少女は、元英雄に拾われ傭兵となるようです~

https://kakuyomu.jp/works/16817330666895175322

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【書籍化決定】「先日救っていただいたドラゴンです」と押しかけ女房してきた美少女と、それに困っている、隠居した元Sランクオッサン冒険者による辺境スローライフ 虎戸リア @kcmoon1125

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ