今後の方針

 そうして今世の自分の役目を見つけた後のこと。

「ふむん」

「……」

 俺は付近の道具屋までやってきていた。

「お前さん、どこでこれを?」

 モノクルで黒紫の水晶を確認していた老人は、目を半分こちらにやりながらこちらにそう尋ねる。

 ……なーんか嫌な予感がするんだが。まぁ、とりあえず正直に話すしかないよなぁ。

「あ、いや。これはここから近くにある教会の神父さんに貰ったんだ。直に娘が旅に出るからその選別に、ってな」

 とか言いつつ嘘も混ぜてはいるのだが。ミルがついて来てないことからも分かる通り、ここでミルの名前を出すわけにはいかないのだ。

 ミルに申し訳なく思いつつそう話すと、老人は納得したように声を上げたのだった。

 「あぁ、あの神父か。善だからってこんないいもん渡すこたぁなかろうに」

 ほらよ。

 そうつけくわえると、俺と老人を隔てていた机の上に何やら重そうな音を響かせて革袋が投げられたのだった。

 それを覗くと、金銀の輝きを放つ数えきれないほどの硬貨。

 おぉ……未だ相場はわかってないんだがこれは、

「こんなに良いのか?」

 そう尋ねると、フンと鼻を鳴らしながら老人はこう返す。

「ずいぶん質が良いからな。それをくれた野郎に感謝しな。」

 そんなにいいもんだったのかアレ。その割には簡単に受け取っちまったなぁ。

 何か礼でもしたいんだが。

 そう考えつつ礼とともに硬貨を受け取ると、

「おい」

 突然そんな声を上げる老人。

 何事かと目を合わせると、老人は真剣な面持ちでこういうのだった。

「善には気を付けろよ。善と正義は必ずしも両立するわけじゃねぇからな」

 正直突然で言葉の意味も確証を持てるほど理解できてはいなかったのだが。

「わかった。忠告感謝する」

 老人が放つ何か訳を知った風の視線に促され、俺はそう答えていたのだった。

 要するにアレだろ?

 いくら神父さんが善だからって頼りすぎるなって話だろ?

 そう言うことなら大丈夫だと思う。ある程度稼げればこの町も離れる予定だし。

 そんなことを考えつつ、俺は後ろ手で道具屋のドアを閉じたのだった。


 それから少しして……


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 今までに聞いたことすらない様な絶叫が家中に響き渡る。

 その発生源は無論、

「こ、これどうしたの!?シャニラ!」

 テーブル上にぶちまけられた金貨を手の平からこぼれさせてじっと見つめているミルの物なのだった。まぁ、今まで一日過ごせるかどうかという生活をしてきたらしいミルのことだ。どの程度かはわからないが、こんなにまとまったお金を見るのは初めてなのでは無いだろうか。

 ……というか、

「やっぱり多いんだな、これって」

「そりゃそうでしょ!!」

 未だ実感の持てない脳でふんわりと想像しながら訊ねると、そう食い気味に答えが飛んできた。

 興奮してんなぁ……まぁ、この世界の相場を学ぶにはちょうどいいのかもしれない。

 ここは一つ先生にご教授いただくとしよう。

「具体的には何が買えるくらいの金なんだ?コレ」

 そう考えて尋ねてみたは良いんだが……

「え?」

 先ほどの興奮はどこへやら。俺の目の前には目をまん丸にして呆けた様子のミルが居たのだった。

 もしかしてお前……いや、もしかしなくても……

「ミル。お前、よく分かってないままに喜んでたのか?」

 ビクッ

 その言葉に跳ね上がる小さな両肩。うーん、体は正直。

 まぁ、初めて見るこれだけの金に舞い上がる気持ちはわからなくも無いのだが……

「明日、神父さんにこのお金の使い道相談しに行こうな。」

 ……コクリ

 こちらに顔を見せないようにうつむきながらミルはそう首肯を返したのだった。

 

 とまぁ、耳まで真っ赤にしながらこちらに顔を向けようともしないミルはさて置いて。

 こっちもどうにかしないとなぁ。

 そんなことを考えながら賢者の手記を眺める。

 ――――――――――――――――――――――――

ハードキャタピラ  ランクD


キャタピルバレッタ ランクC-


キャピタルマジッカ ランクE+


レッダーキュレイタ ランクB-

――――――――――――――――――――――――

 俺の目線の先に有るのは、目覚めてすぐに確認した進化の可能性だった。

 その時保留にしてからなんやかんやで機会を逃してしまっていたのだが、この話を持ち出すには今が最適だろう。

 俺はそう考えて、未だ恥ずかしがるミルと目を合わせてこう切り出した。

「聞いてほしい話が有るんだ」

 そう言うと、ミルは恥ずかしがるのを止め、突然の真面目な顔に面食らったのか、目を見開きながらうなずいたのだった。

 それから俺はざっくりと進化についてミルに説明した。

 だがそれはどうやら一般常識だったらしく、ただ肯定する様にうんうんと頷いていたミルだったのだが、俺が今現在進化できる状態にあることを伝えると、あからさまに驚いた様子を見せたのだった。

 知識としては知っていても、実物を見るのは初めてだそう。

 まぁ、そりゃそうか。

 進化を一回経たからこそわかる。

 あれはだいぶ大きな隙になるのだ。

 だからこそ普通の魔物なら人の前ではおろか、自分の巣の様なプライベートな空間でしか進化は行われないのではないだろうか。

 もしそうであるのならそりゃ見たことのある人間なんてほんの一握りであるはずだ。

 ミルが見たことないのも無理はないだろう。

 そう納得しつつも俺は本題に入った。

「それで、今の進化先がこんな感じなんだが……どういう風な力がそばに有った方がありがたい?」

 そういって現在の進化と、その特徴。そしてレッダーキュレイタは選びたくない旨をミルに伝えた。

 いや、確かにミルのためなら何でもしてあげたいとは思うんだが……やはりあれはなんか違う気がするのだ。本能が避けているというか、理性が嫌がっているというか……

 そんな葛藤を抱えているた一方で、ミルはうーんと頭を抱えていた。

 そりゃあ難しい問題だろう。

 なんせ何かと戦った様な経験は少ない筈なのだ。

 そう考えたらハードキャタピラにでも進化して、ミルは援護という形が一番いいとは思うのだが、そこはミルの考え次第だ。

 魔法が使える前衛になりたいのか、はたまた最初は後衛で戦闘に慣れていきたいのか。

 あぁ、今ほどまでに自分に教えられる技術が無いのを恨んだことはない。

「……シャニラ。ちょっと聞きたいんだけど」

 そんなことを考えていると、ミルは少し悩む様子を見せながらそう訊ねてきた。

「ん?どうかしたか?」

 そのぶれる視線を不思議に思いながら俺はそう返す。

 それに言っても良いのか悩む様子を見せながら少しまごついた様子を見せると、ミルはこう口を開いたのだった。

「まだしばらくは今のままでも大丈夫かな?」

 あぁ、なるほど。

 その言葉を聞いた俺の目から鱗が落ちる。

 その選択肢をすっかり失念していた。確かに現状ステータスも以前より高く、今なら進化をしなくとも狼レベルが相手だろうが多少はマシに戦えるだろう。加えて、ミルの戦闘スタイルを見極める期間も出来る。今気付いてしまえば何故こうしなかったのかと不思議に思う程の良い考えだ。経験値を無駄にすることを嫌うあまりその選択肢はすっかり抜けてしまっていた。

 ただ、当然、ずっとこのままという訳にも行かない。力が無いと何も守れやしないのだ。

 そう俺にとっての譲れない一線を再確認しつつ俺はミルに確認してみることにした。

「だが、ミル。その場合だと倒した経験値は無駄になる……つまりは俺の成長が多少遅くなるが俺としてもそれは避けたいんだ。なるべく早い方が良いんだが、様子見の時間は決まってるのか?」

 そう尋ねると、それも最初から考えていたことだったようで、こくりと頷いてこう続ける。

 「一応私の戦い方が定まるまでのつもり。前は、適当に渡されたお古の装備が魔術師型だったからああしていたけど、私は本当にあのスタイルで良いのか確かめたいの」

 そう言ったのだった。

 前というのは、初めて会ったときの魔術師スタイルのことだろう。

 今までの話を聞く限り、最低限装備を渡されただけまだ有情というものだろうか。

 ……というか、

「ミルは今までどのくらい何かを相手に戦ったことがあるんだ?」

 ふと気になったのでそう尋ねると、ミルは少し考える様子を見せてこう答えたのだった。

 「えっと、戦いと言える様な戦いは無いかな。森に連れていかれたときだって、あの狼に出くわすまでほとんど魔物も居なかったし」

 へぇ、初めてなのに炎の後出しなんか出来たのか。普通狼に飛びかかられたら一も二も無く近付けまいとするのが普通だと思うんだが、その点どうやらミルは一般人より肝が据わっているらしい。

 ま、それはともかく。

 これで今後の方針としては決まったな。

 後は装備を整え、金を稼ぐだけ。

 とはいっても、生活費にも残したいから……やはり金銭感覚については神父さんに聞かなきゃダメだよな。


 そう考えながら、俺は近い未来に想いを馳せるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふと気が付いたら芋虫でした~人智之蟲は人間の夢を見るか~ かわくや @kawakuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ