夕御飯

 さて、読むだけで頭が痛くなってきそうな聖典はさておき。

「……ん!んまいな、これ。」

「ほんと?それなら良かった」

 俺とシャニラは小さなテーブルで互いに向かい合って芋を頬張っていた。

 味としては、素朴な物。

 仄かな甘さにボソボソとした口当たり。

 決して「上手い!」と、手放しに喜べる程の物ではないが、「不味い」と吐き出す程の物でもない。

 要するに普通の味なのだ。

 その時点で予想以上だと喜んだのだが……

「……ただ、これだけってのも口寂しいよな。」

「そうなんだよねぇ……」

 卓上に有るのはその一品のみ。

 そうなってくると流石に飽きもする。

「この辺りに狩れる動物なんかは居ないのか?」

 そんなわけでそう訊ねてみたんだが……

「居ないこともないけれど……私の場合は検閲で引っ掛かっちゃって持ち込めなくて……」

 検閲?

 食料を持ち込むこと位で引っ掛かるのも謎だがそういえば……

「……ごめん、いきなり話は変わるんだが、ここってどこなんだ?」

 そう、目覚めて約十二時間程経つのに、この場所については一切のことを知らなかったのだ。

 目覚めた時から屋内か、ご近所の教会にしか行ってないと言う理由も有るが……外に出たとき、回りが殆ど手付かずの状態だったって時点でここがどこか疑問を抱いても良かった筈なのに。

 気でも緩んでいたのだろうか。

「あ、そうだね。まだ説明してなかったや。ちょっと地図持ってくるから待ってて!」

 そうしてミルは席を立ち、部屋の奥へ駆けていった。

 それから少しして。

 俺が芋の入った皿を持ち上げ、ミルは小さなテーブル一杯に地図を広げた。

 初見の感想としては……何だこの十字。

 ……というのも、地図の中心を巨大な黒い十字が走っているのだ。

「あーたーしーがーいーるーのーはー……うーんと、ここだね。」

 そう言って十字に区切られた左下のスペース。

 その右上の角の辺りを指差したミルは、こう続けた。

「この左下の青の領域。その殆ど外側に有る国が、ここテスラッタだよ」

 領域……また知らない単語だ。

 これも神話関係なのだろうか。

 そう疑問を持ったため尋ねてみると……

「うーん?少なくとも神父様は教えてくれなかったから違うとは思うんだけど……あ、でも領域の特徴くらいなら私もしってるよ?」

 「へぇ、特徴なんかあるのか。それはぜひ聞きたいな。」

 そういうと、ミルは胸を張ってこう教えてくれた。

「この領域は見ての通り四つに分かれててね?一つは、左上。赤の領域。次に右上、黄の領域。三つめが右下。白の領域。最後に、私たちが今いるここ。青の領域。この四つに分かれてるんだって。」

 ほうほう、四つね。色は……これ原色か?それにしちゃ重なってないところに白があるのは謎だが……

 そう考えているうちにも、ミルの話はどんどん進んでいく。

「それでさっきも言ったんだけど、この領域は色ごとに特徴があって。例えば、赤ならお腹がすかなくて、青ならケガが勝手に治ってくって感じ」

 ……ん?

 そのまま、当然のように説明された言葉を聞き、俺は思わず固まってしまった。

 これ……まじか。

 まさか土地にいるだけで何かの効果が有るなんて簡単には信じられないが……あ、そうだ。

「なぁ、ミル。この家、刃物の一つや二つくらいあるよな?」

「刃物?さっき台所で使ったナイフがあることにはあるけど……」

「あぁ、ありがと」

 そう礼を言って、俺は台所へ。

 「お、あったあった。」

 そうして、台所にあったナイフを手に取ると……

 ピッ

 ナイフを指先に当て、素早く引いた。

 すると……

「おぉ……」

 わずかに漏れた紅い水玉を置いてけぼりにして、切り裂かれた皮膚はみるみる内にその跡を塞いでいくのだった。

 ってかそもそも血とか出るんだなこの体。

「って何してるの!」

 そうして取り残された水玉を口にしていると、ミルがそう声を飛ばしてきた。

「うぇ!い、いやちょっと興味がでて……」

 あまりの剣幕に慌てて弁明するも、ミルはそのままぱたぱた近寄り、俺の口から指を引き抜いてから手をかざすと……

「セイ!!」

 涙目でそういったのだった。

 それと同時にあふれ出す温かな光。

 え、掛け声だと思ったんだが、今のってもしかして……

「い、今のってスキルなのか!?回復の?」

 そう驚いてミルにそう訊ねる。

「え、え?た、確かに回復スキルだけど……どうしたの?」

「くおぉぉぉぉぉぉぉ」

 そうして突然苦悶の声のようなものを上げ始めた俺に戸惑いを見せるミル。

 傍から見れば、ただの変人にしか映らないんだろうが今ばかりは見逃してくれ。

 なんせ……

「やっぱ有ったか!!」

 それはこれまでの戦闘……というか、奴との戦闘において、俺が最も欲しかったものなのだから。

 先の戦闘、あそこまで攻めあぐねたのは、正直回復のできないHPに不安が有ったからだ。

 今後もあんな綱渡りの様な戦いはしたくはないので、無事に生き延びたら必死こいて探そうとは思っていたのだが……

「幸せの青い鳥ってホントに近くにいるんだな」

 ミルの顔を脳裏に思い浮かべながらそんなことを呟けば、

「ね、ねぇ。ホントに大丈夫?」

 不安そうにこちらの顔をのぞき込むミルの姿。何故だろう、その顔はなぜか後光が差しているようにすら思えたのだった。

「あ、あぁ悪い」

 そうして謝った後、俺は先ほどの奇行に至ったあらましを話した。

「あ、なるほど。このスキルが欲しかったんだね、シャニラは」

 そういって自分の手のひらを見つめるミル。

「そうなんだよ、だからぜひとも使い方を教えて欲しいんだけどさ……ダメかな」

 そう手を合わせて頼むと、何やら考え込むミル。そうして再び開いた口から洩れたのはこんな言葉だった。

「ごめんね、それは少し厳しいかも」

 うーん、まぁそうだよな。そう簡単に手に入るのならだれも苦労はしないだろう。

 だが、一応……

「理由を聞いてもいいか?」

 そうどこか納得しつつ、ミルに理由を尋ねれば、どうやら魔物と人間の体のつくりが関係しているらしかった。

 

 何でも人間というのは、この世界で唯一、どんな力でも身に着けられる種族らしい。人間は、最初こそ弱いものの、その要因次第ではどんな力でも身に着けて、上限なしに強くなる。

 その半面、魔物は生まれた瞬間から、同時期の人間より強い。その差は年を取るにつれどんどんと大きくなるらしいが、最初からどんな力を得るのかは種族によって定まっているのだそう。だから強さが定められたラインを超えることは無いのだ。

 

 と、そういう事情があってミルは先ほどの結論に至ったそう。

 なるほどなぁ、よく出来た世界だ。そう感心しつつ、俺はミルに礼を言って、持ちっぱなしだったナイフを元に戻した。

 残念だが、そう言うことならあきらめるしかないだろう。だが、これから先は回復できるミルが一緒にいるのだ。それだけでも心強いことに変わりはない。

 そう改めて連れが出来た喜びを噛みしめつつ、俺は元居た机に座り直した。

「それで……えーっと、なんの話だっけ」

「えーっと、確か領域の話だったな。」

「あ、それだ」

 そういって再び地図を指さすミル。

 「えーっと、言ってないのは、黄色と白だっけ。黄色はー、たしか無尽蔵の魔力が得られるだったっけ。それで白なんだけど、これが少し様子が違ってね」

「様子が違う?」

 もったいぶるようにそう一区切り置いたそのセリフを思わず繰り返す。

 それに頷くと、ミルはこう続けた。

「うん、なんでも白の領域って元は別の色だったんらしいんだけどね。昔、神様に相当気に入られちゃって、塗りつぶされてから全部固定されちゃったんだって」

 おぉ、ここにきて顔を出すのか、神様とやら。

 ようやく理不尽の権化たる神様らしくなってきたじゃん。

 内心そう皮肉りながら俺はこう尋ねる。

「固定ってのは……昔からあったものがびくともしなくなるってイメージなんだけど、有ってる?」

 それにコクリと帰って来る首肯。

 なるほどなるほど。それじゃあ……

「そこだと暮らせないって解釈で問題ない?」

 それに再び帰って来る首肯。

 やっぱりか。

 なんせ植物から動物、そして地面まで。おそらく当時から存在するすべてが「固定」されて傷もつけられないのだ。そんなことになれば生態系もクソも無い。ろくに衣食住すらままならないだろう。

 そう考えていると、先程ミルに訊ねた一言が頭をよぎった。

(領域……また知らない単語だ。これも神話関係なのだろうか。)

 そういや、「違うと思う」って言ってた割には神様が出てきたな。

 神様が出てくる=神話になるとはまた別なのか?

 そう気になったので訊ねてみると、ミルは少し難しそうな顔でこういったのだった。

「えっとね、よく分かんないんだけど、確か大昔の創成期に神様がしたことだけが聖典に載ってるって神父様は言ってたよ」

 あぁ、なるほど。神代が現代にまで続いてるとそうなるのか。いや、そもそもそんな世界で宗教なんてできるのか?あがめることはあっても実物があるならそっちへの信仰に偏りそうとか思ったんだが……聖典を返す時にでも聞いてみようか。

 そんなことを決めながら俺は最後に気になっていたことを尋ねてみることにした。

「それでさ、ミル。ずっと気になってたんだけどこの仕切ってる十字って何なんだ?」

 そうして地図上の黒い十字に指をさす。

 そう尋ねると、ミルは思い出したようにこういうのだった。

 「あ、そうだね。ここは領域として認められてるわけじゃないけど一緒に紹介しておこうか。」

 とは言ってもそんなに紹介することは無いんだけど。

 そう笑いながらミルはひろげていた地図を片付けてこう言うのだった。

「この十字は黒の森。悪意と魔物あふれる人間ならあまり近づかない土地だよ」

 そう告げられた言葉に強いデジャブを感じる。

 黒の森。

 たしかどっかで見た気がするんだが……

「あぁ!」

 その要因を思い出した俺は思わずそう声を上げた。

 黒の森。それは初めて俺が賢者の手記を確認したインテリジェンスキャタピラーの項目に有った筈だ。

 ってな訳で頼んだ手記さん。

 パラリ

 ――――――――――――――――――――――――――――

インテリジェンスキャタピラー

ランクF~D

 黒の森表層に現れる芋虫。知能と性格、更にはスキルまでもに個体差が有り、低階位の魔物にしては強力。

 その賢さから手懐けられれば優秀な戦力となるものの、悪辣な個体はその心情すらも利用するので基本即座に殺すべき。

 進化先が異様に多いことで有名

――――――――――――――――――――――――――――

 お、有った有った。

 というか、この説明だと俺も黒の森出身なのだろうか。

 確かにあそこはガッツリ森って感じだったが……あ、そうか。聞けば良いじゃん。

 そう判断した俺はミルに訊ねてみることにした。

「なぁ、ミル。もしかしてお前が俺を連れ出した所ってその黒い森からなのか?」

 それにミルは驚いたような顔をした後、こう言った

「確かにそうだけど……良く分かったね」

 良く分かったねって……あぁ。そうか。

 俺に何が出来るのかなんて話したこと無かったや。

「あぁ、そういうスキルが有るんだよ。多分、物事の一般認知を見れる奴が。それでインテリジェンスキャタピラーのページを見たら黒の森に居るって有ったからさ。」

 そういうと、一層目を丸くして……

「スゴいね、ソレ。私、スキルについてはたくさん勉強したんだけど、そんなスキル聞いたこともないよ」

 そう言うのだった。

 なんか……騙してる訳じゃ無いが気が引けるなぁ。

 その凄いものでも見る様なミルの目に思わず顔をひきつらせる。

 だってこのスキルだけ明らかに俺の努力じゃないんだもん。それを言うならフレムもだが……死闘の真っ最中に手に入った力と言えば少なくとも努力は有るだろう。その反面、この賢者の残滓だけは種族も関係なく完全にデフォルトで有ったからなぁ。まるでズルでもしてる気分だ。

 そんな罪悪感に苛まれつつ、俺は話を戻した。

「まぁまぁ、それより今は黒の森だ。ミル、お前はさっき人間は近寄らないって言ってたよな。だったらなんでお前はあそこに居たんだ?」

 そう訊ねると、ミルは少し悲しそうな顔で……

「地面に有った死体のこと。覚えてる?」

 そう言ったのだった。

 死体?あぁ、狼に殺られたとおぼしき人間の成れの果てか。

 それならまだ記憶に新しいが……

「あぁ」

「私、その人たちに無理矢理連れてこられてきてたの。魔法が使えるからって」

 そう続けられた言葉に思わず目を見開いた。

 「無理やりって……誰も止めたりはしなかったのか!?」

 そう言った直後、無言で項垂れたミルの様子にハッとする。

 どうやら、彼女の境遇は、俺の想像していた程度の話では無かったらしい。

 せいぜい村八分って程度だと思ってたんだが……犯罪者の娘ってだけでここまでひどい目に合うのか。まさかこんな幼子をそんな危ないところに連れてくなんて。

 そんなこの世界の無常さに思わず愕然としていると、ミルは笑ってこういうのだった。

「でも、大丈夫だよ。確かに怖かったけど、そのおかげで芋虫さんに会えたんだから。」

「……」

 その見るからに無理をして吊り上げられた口角に思わず奥歯を噛み締める。

 そうして俺は直感的に自分の役割を悟ったのだった。

 きっと俺は、この娘を守るために生まれ変わったのだと。

 だから俺は告げる。

「一緒に強くなろう!」

「え?」

 その言葉に驚いて見開かれた瞳をじっと見つめながら。

「もうミルがそんな目に合わなくても良いように、今までの辛い記憶全部を消せるように。お前が為したいことを為すまでずっと隣に居るから。だから……一緒に強くなろう!」

「……」

 その言葉に涙を流して何度も首肯を繰り返すミル。

 絶対にこの娘を守ろう。

 そう改めて胸に刻みながら俺はその頭をなでるのだった。 

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