暇つぶし
「……」
むくり。
一切の明かりもない中、一人ソファから身を起こす。
当然では有るが、地中に有るこのカフェには陽光なんて差し込んでこない。
明かりを望むのなら、起きたやつから自分で照明をつけろというのがここでの暮らしだった。
最初は地中のアジトなんてワクワクしたものだが、今となってはただただ億劫だ。
もしこんど転居する予定が有るのなら、次は是非、浅めの海中に作ることを進言しよう。
そう心に決めながら俺はソファから足を下ろそうとして、
「ふぐっ」
そう声を上げた奇妙な足拭きマットに驚き、咄嗟に足を引っ込めた。
いやいや、ある程度誰かについては予想は出来るがこれは……
「どんなとこで寝てんだよ」
スマホから放たれるライトに浮かび上がった顔に思わずそうこぼす。
そこに居るのは、無論我らがストーカー 中園
昨日の俺との論争(?)の後、結局先に俺が寝たのだが、どうやらアイは寝床にここ選んだらしい。
ワンチャン寝相が悪かったっていう可能性もあるが……いや、流石にありえねぇか。
そう一人思い直しつつ、俺は立ち上がって、改めて頭側から足を下した。
「くあぁ……何時だ?今」
大きく伸びをしながらスマホをつけると、時刻は午前五時頃。
俺にしては珍しく、大変早起きだ。
このまま二度寝するのも良いが……せっかく起きたのだから何かするとしよう。
そう考えた俺は、カウンター裏の棚、すなわち武器庫の方へと足を向ける。
二段の段差をスマホで照らし、音を立てないようにだけ気を付けて、俺はカウンターの内側へ。
その後少し立ち止まり、棚をスマホで照らす。
しばらくその青白い光に染められた棚を眺めた俺は……
「ぷー……」
そう一息ついて、俺は棚の中へと足を突き入れた。
本来その足に蹴られて派手な音と共に砕け散るであろう数々の瓶やカップは、一切俺を拒むことなく自らの内側へと俺を迎え入れる。
幾度となく世話になってきたこの入り口ではあるのだが、人間が視覚というものに頼っている以上、やはり目に見えているものに直立したまま突っ込むというのはどうしても恐ろしく思えてしまう。
その結果として身に付いたのが、足を最初に突き入れるというこの習慣だった。
別に悪いことではないのだろうだが、誰かにこの瞬間を見られるのは少し恥ずかしいのでこの癖だけは直したいんだけどなぁ。
そう誰に対してでもなく、言い訳のように内心呟きつつ、俺は次いで胴、顔、腕と、棚の中に引き入れた。
そうして目を開いた俺の視界に広がったのは、明るく真っ白な空間と、お行儀よく並んだ数々のガンラック。
そのガンラックには拳銃から、どこから取り寄せたのやら、YouTubeの解説動画で見るような産廃武器まで。まさに選り取り見取りな武器の数々が並んでいた。
ただ、近接武器に関してはあまり大した種類は無く、ナイフや日本刀。
加えて、西洋で使われる様な両刃の剣程度しか置いていのだった。
というのも相性の問題で、ぶつけ合う前提の剣だと付加物次第では詰みかねないのに加え、単純に大きくて隠しにくい物が多いため、携帯にはあまり向いていないのだ。
まぁ、それに加えてシラユキの趣味ってのもあるんだろうが。
そんな危険人物の顔を想起しつつ、俺は拳銃が並べてあるガンラック隣の引き出しを開け、九ミリのマガジンを取り出した。
それをすぐそばに有った拳銃に込めつつ、俺は足を進める。街路樹の様に並べられたガンラックに従うようにして。
そうして歩き続け、辺りを舗装する街路樹が途絶えた頃のこと。
俺は目線を上げる。そこから先には果てしなく続く「白」があった。壁も無い。天井も無い。
そんな何もない空間だ。ただ、だからこそできることも有る。
「今日はユキで頼む」
俺がそう注文するように声を上げると、突然白は液体の様に盛り上がった。
それはしばらく蠢き、直に重力に従うように だぽん と崩れ落ちるのだが、とあるものを残していった。それは……
「……」
にぎにぎぱっぱと手を動かす新雪の様に真っ白いユキ。
その調子で飛び跳ね、腕を伸ばし、足を伸ばし。ラジオ体操らしき挙動をしたかと思うと……
ばびゅん。
そう擬音を錯覚するほどの速度でユキはこちらに飛び出してきた。
そうして、あっという間に俺との距離を詰めると、ユキは俺の目の位置を狙って、手にしたナイフを振るう。
それを上半身を後ろに倒して避けると同時に……
「きひっ……」
眼前を通過するナイフの先端を見ながら、冷や汗とともに変な笑いが漏れた。
あぁ、これだこれ。最近異形ばっかりが相手だったから味わえなかった鼻をツーンと突く様な死に至るスリル。
あいつら攻撃範囲がでかいから中々避けてる実感ってもんが味わえないんだよな。
そんな感想を抱くとともに、俺は右腕を振り切った形になったユキの腹を蹴り上げた。
「……!」
声を出すのなら、カハッとでも言わんばかりに口から液を漏らして浮き上がるユキ。
これだけ見れば効果てきめんといった様子だが、残念ながらコイツに物理攻撃は意味をなさない。
身体性能や、行動パターンは本物同然ではあるのだが、あくまでその本体は、シラユキの知り合いが作ったらしいこの空間そのものだ。
液体、気体。果てには今目にしているユキの様な動く固体まで。
そのなんにでも変質するこの魔術の産物は、例え欠損しようが、たちどころに修復してしまうのだった。
例えば……こんな風に。
そうして俺は体制を崩したユキの肩、膝、ナイフに向けて引き金を引く。
撃った所はそれぞれ砕けた様で、それから下の部位が動かなくなった様子を見せるが、それも束の間。
たちどころに修復すると、大きく後ろに飛びあがって、俺から距離を取ったのだった。
さしものユキも一度やられてしまえば距離を取らざる得ないのだろう。尤も、それはユキが元の身体である以上の話ではあるのだが。
そうして無駄な立て直しを図った白いユキは立ち上がってこちらを睨み付けた。
そして……
かちゃ
そんな音を立てて刃の部分が横にスライドして、その中身を露にしたナイフをこちらへと向けた。
そう。それは、ちょうど俺が先ほどからユキに向けている武器と同じように。
ダァン
火薬も用いてないのに、律儀にそう音を立てて飛来する弾丸。
ナイフの構造上、狙いも、タイミングも分かり易いその弾丸は、避けること自体は容易ではあるのだが、怖いのはそれを撃ったのがユキであるという事実だ。
現に、放たれた弾丸を追走してくるユキの姿が俺の視界の端に映っている。
やはりこのあとが怖くはあるのだが、とりあえずはこっちを避けるのが先決だろう。
体で弾を受け止めるという選択肢もあるにはあるが、規格外のユキ相手に少しでも動きが悪くなるようなリスクは負いたくない。
そう判断した俺は左斜め後ろに大きく飛び、ユキから目を離すことなく弾丸を回避。
前髪をかすめ、熱を伝えて飛んでいく弾丸を額に感じながら、俺はお返しとばかりにユキに弾丸を撃ち込んだ。狙うは足全般。
高速走行中のユキはかなり前傾姿勢になる。少しでも体制を崩せれば、転ぶはずだと踏んだのだが……
「チッ、やっぱ当たんねぇか」
さながら蛇のごとく、地表をまるで滑るかのようにこちらへ近づくユキは、どうやら俺が引き金を引いた瞬間に進路を変えているらしく、俺の放った弾丸は、何一つ意味も無く、白の中へと沈んでいくのだった。
「チッ!!」
その後も残りの弾丸を撃ち切る勢いで乱射を続けるが、どんな撃ち方をしても避けられる。
たかだか走っているだけで当てられなくなる己の腕に憤りを覚えるが、今はそれどころではない。ユキはもはや目前で必殺の一撃を繰り出そうと右腕を引いていたのだ。
その末に放たれたのは……
ビッ!
両手を添えての一切揺れすら無いただただ真っすぐな突きだった。一切の防御も無く、ユキの驚異的な身体能力の全てを乗せた突き。それが遅い筈がない。この目が無ければ、何も見えずに喉笛を掻き切られていたただろう。
だが、結果として俺はこの目を持っている。
なれば今更回避の一つや二つ……なッ!!!!
かちゃ
そうして余裕綽々で回避をしようとして俺の脳は思わずフリーズした。俺の眼前に有るのは、その本性をむき出しにしたユキのナイフ。
それが、俺に突貫してくることなく、俺の少し前でじっと俺を見つめていた。
否。奴は俺を狙っていたのだ。
俺の全てとも言える頭蓋、その中身を。
そう気付いた瞬間、その真っ白なナイフは、どす黒い色を放ち始めた。それは肉達磨に呑まれる直前にも感じた……そう、死の気配。
それに思わず、体の芯から凍り付いた様な感覚を覚えるが、ここで臆するわけにはいかない。
そう自らを奮い立たせつつ、俺は震えそうになる歯を必死にかみ合わせながらこう叫んだ。
「ギブ!!ギブアップだ!!」
それを口にした瞬間、ナイフの引き金に掛かっていた力がその状態で固定される。
そうして直にユキの体全体が震え始めたかと思うと……
バシャ
そう短く音を立て、ユキは出てきた時と同様に、白に還ったのだった。
「……っぶねー……」
極度の緊張から解放され、思わずしりもちをつく。
シラユキ曰く、一応設計上では、取り返しのつかない怪我をさせないようにはさせてるらしいが、それも絶対じゃない。
模倣する相手によっては軽く死にかねないと言うのだ。
そして今、俺には確かに死が見えた。つまり……
「あっぶねー……」
……そういうことだ。
「あらあら、朝から精が出るわね」
俺が寝転び、生きているという心地よい実感に改めて浸っていると、突然頭上からそんな声が降ってきた。
……んだよ、あんまり邪魔してくれるな。
「……うるせぇよ」
そんな恨みと共に目を遣れば、そこにはエプロン姿のシラユキが、微かな微笑みをたたえてこちらを見下ろしていた。
「まぁまぁ、そんなこと言わずちょっと聞いて頂戴な。アイちゃんのことよ?」
アイのこと?……あぁ。
「もしかしなくても『先輩命令』の件か」
そう尋ねれば、こくりと首肯するシラユキ。
「そ、実はちょっと面倒なことになっててね」
そう物憂げなため息と共に吐き出すと、シラユキはあっさりとこう言ったのだった。
「あの娘、歪んでるわよ」
「……」
その言葉に思わず黙る。
歪んでいる。それはこの仕事においては一般的な意味合いとは少し異なる意味を持つのだった。
歪み。心の歪み。
どうやら心というのは柔らかい様で、歪む形は様々なのだが、その行き着く先はどれも一緒だった。
それが昨日、俺たちがゆうべに戦ったあの化物。すなわち悪魔である。
形が変わりすぎて自分の壊れる限界を悟ると、心は異常なまでにその主な刺激への対抗策を取る。それは自らの身体を変形させてまで。
ずいぶん前にも言ったとは思うのだが、その際変形して出来た部位を俺達は「付加物」と読んだりするのだが、それはさておき。
「それで?結局なんで俺に押し付けたんだよ、ユキはいかにも自分の意思みたいに言ってたが、アレ。お前の指示だろ」
「あら、気付いてたの。ホント、変なところで勘が良いわよね、貴方。」
最初はすっかり騙されたけどな。
今お前がこうして話を出してきたから思い至っただけだ。
内心そう呟くと、シラユキは俺の顔を覗き込む様に屈み込み……
「まぁ、簡単な話よ。貴方の側だとこれ以上歪みが進行しそうに無いのよねぇ……ねぇ、何か心当たりは無いかしら?」
「……」
そうニヤニヤとしながら訊ねてきたシラユキを無視して、呆れとともに考え込む。
歪み。
それがどんなに小さなモノだろうと、そうなるからには少なからず周りの影響というものが有る。
今回の件は、考えるに……おそらく会社だろう。
会社ではあんなに嘘をついていたアイツは俺の目の前では何一つ自分を偽ることすらなかったのだ。
予測でしかないが、あいつにとって会社は体が変異を考える程度には苦しい環境だったということではないのだろうか。
それなのにあいつは自分の仕事をさっさと終わらすと、いつも他人に手を貸すのだ。
そりゃあ体も嫌がるわ。
ただ、あいつがそうする理由なんかも分かれば、この歪みを元に戻すこともできそうなんだが……
「今の進行度はどんなもんなんだ?」
身体を起こして重要な点をシラユキに尋ねる。
「今はまだ芽が出た程度ね。本人もまだ自覚すらしてないと思うわ。」
「ならまだチャンスはある……か。分かった。気に掛けておくよ」
そう言うと、シラユキは微笑み、
「そうしてくれると嬉しいわ。あの娘、良い子なの」
「いい子」ねぇ。
「わかった。できる限りのことはするが……手は貸してくれよ?」
「えぇ、そりゃ勿論」
666 かわくや @kawakuya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。666の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます