残された絵

「賢治とあなたの間で何があったかは知らない。あいつも言おうとはしなかったし・・・・。

でも、あいつは、あなたのことは忘れることができなかったようだ。

とうとう結婚もせず、一人で逝ってしまいやがった」

そしてその生命保険で、残った従業員の退職金を払うことができた。

一時期、零細企業や中小企業の社長の間に自殺が流行った。

生命保険も、それぞれ見直され、自殺の場合、二年以上経っていないと出ないようになったりもした。

「経営者って悲しいもんです「という藤田の言葉に、恵津子は何も言えなかった。


最後にそれまでとは違うタッチの絵が飾られていた。

十号ほどのその風景画は、賢治の絵だった。

「アメリカ橋 佐竹賢治」とあった。

人物を配していない夕暮れ間近の鉄の橋の絵だった。

思い出の橋。賢治はいつこの絵を?そして、どんな気持ちで描いたのだろうか。

「賢治のこの絵をあなたに渡したかった。貰ってくれますか」

そう言って、恵津子をじっと見た。

恵津子がうなずくと、「きっと喜びます」と藤田は言った。


ほんの少しのボタンの掛け違いで、去って行き、知らぬ間に死んでいたかつての恋人。

しかし、今分かった。自分を忘れずにいてくれたことを。

悲しいけれども、残されたこの絵が自分をきっと支えてくれるだろう。

絵は個展の最終日にもらいにくると約束して、恵津子は画廊を後にした。


そしてアメリカ橋の中ほどで立ちつくし、しばらく行き交う電車を眺めていた。

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アメリカ橋 希人 @maroodo

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