レクイエム
藤田について歩きながら、入口に近いところから順に絵を始めた。
藤田は説明を控え、ゆっくりと移動した。
今回も人物が中心で、しかも若い男性が描かれてうことに気づいた。
描かれているのが賢治ではないか、と思った。
その静かな表情の奥に寂しさのようなものが横たわっていた。
「前回は老人が多かったようですが、今回はどれも若い人ばっかり。今回のテーマは何でしょう?」
少し間があって、「レクイエムかな」と答えた。
「生きている自分の悔恨、そして夭折した者への鎮魂」
「え・・・・?夭折?鎮魂?」
恵津子は息をのんだ。
「もしかして・・・」
「やはり知らなかったのですね」
腰に手をあてがい、遠くを見ている青年の絵の前だった。
苦悩は見えず、若い意志力にあふれた強い表情をしていた。
不意に涙があふれ、嗚咽となった。
藤田は、恵津子の肩にそっと手を置いた。
「あいつはバカだ。こんなに早く逝きやがって」
そう言った。
もしかして、自殺?
そういうことが頭をよぎったが、口にはしなかった。
しかし、藤田はそれに気づいたか、「自殺ではありませんよ」と言った。
「過労死、か・・・。いや、ある意味では・・・」
父親が急逝し、急遽長野の実家に帰ったことまでは、恵津子も知っていた。
「海外の新興国で安い製品が作られるようになって、日本の中小企業が大変ことになったのは御存じでしょう。あいつのところも御多分に漏れず、かなり切羽詰まったところまで行ったのですよ」
そんな会社を立て直そうとして、無理をしたあげくの過労死。
やめていった従業員も多いが、やめるにやめられない従業員もいた。
そんな従業員をなんとか守ろうとした。父親がいたころには、五〇人前後の従業員がいたという。
その父の生命保険金を退職金に充てたが、足りなかった。
残ったのは、比較的年配の者ばかり。まだ働かなければならないが、他所に再就職などできない者ばかりだった。
ベテランだから仕事はできる。しかし、やればやるほど赤字になるのだ。
海外製品は歩留まりが悪い。それを差し引いても、単価が安い物にはかなわない。
賢治の昼も夜もない生活に、無理をしないでくれという従業員も多かったが、中には酔った勢いでひどいことを言う者もいたそうである。
「死んで退職金を払おうとする社長もいれば、あんたはのうのうと生きてるな。二代目は気楽なもんだ」
のうのうと生きているつもりはないが、返す言葉もなかった。
退職金を払ってやめてもらうより、会社が立ち直ることを優先的に考えようとしていたつもりだった。
賢治は苦悩した。
死を覚悟した過労死。半分は、自殺といってもいいのかもしれない。
藤田は,そう言った。
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