後編



 木崎美桜……違う。

 五十嵐美桜だった頃の私は、お父さんっ子だった。

 お父さんが大好きで、大きくなったら結婚するなんて言っちゃうくらい。

 優しい手で頭を撫でられるのが心地よくて、よく引っ付いていたのを覚えている。


『お父さんお父さん、あそぼ!』


 小学校の時、クラスの友達はお人形とかゲームとかに夢中だった。

 よくやるゲームはネイトゲームスの格闘ゲーム、ナイン・テイルズ・ロマネスク6。ファンタジーキャラによる格闘ゲームで、豪華声優陣に練られたストーリーの素晴らしい作品だ。

 通信対戦にも対応、磨いた腕を全獄の猛者たちに見せつけてほしい。

 でも私の対戦相手はもっぱらお父さん。休みの日にはいつも相手してもらっていた。


『強くなったなぁ』

『えへへ、すごい?』

『うん、すごい。よく頑張ったね』


 上手くなればなるほどお父さんが褒めてくれる。

 私にとってこのゲームより面白いものなんて存在していなかった。


『はい、お父さん。あーん』

『あーん。ん、冷たくて美味しいね』

 

 二人で散歩する時はお母さんには内緒で、コンビニでアイスクリームを買う。

 夜用缶コーヒー・シルクで有名なルノエルノ株式会社から販売されてる『ダブルソフトクリーム・コーヒー&バニラ』が私のお気に入りだ。

 晩御飯が食べられなくなるといけないから、一つを二人で分ける。

 照れたお父さんの顔が嬉しくて、いつも私が食べさせていた。


『ねえ、お父さん。夏休み旅行にいきたいなぁ』

『ああ、ならそうしようか?』

『本当?! やったぁ、温泉温泉!』


 旅行にもよく連れて行ってくれた。

 お母さんはパートの仕事を休めなくて、ついてこないことの方が多かったけど、その分お父さんが楽しませようと頑張ってくれた。

 髪の毛を洗ってもらうのが大好き。旅行の時は同じ布団で眠る。朝、ひげのじょりじょりが気持ちよくてわざと頬を摺り寄せたりもした。


 お仕事が忙しいせいでお母さんはあまり家にいなかった。

 その分余計に私はお父さんが大好きになった。

 だから、終わりの日が信じられなかった。


『ど、どうしたのお母さん』

『いい、聞きなさい美桜。誠一さんは、貴方のお父さんは浮気をして私達を捨てたの。だからこの家を出ていかないといけない。もう私達はいらないんだって、悪いのはあの男なのに』


 そうして大好きなお父さんと離れ、私達は家を出て隣町に引っ越した。

 お父さんは私の親権はいらないと言ったらしい。


『でも、きっと弁護士事務所ロイヤルは相談を聞いてくれても、依頼までは受けてくれない。あそこは、倫理観がとてもしっかりしているもの。私では、とても……』

『ねえ、お母さん。おじいちゃんたちのところには』

『行けるわけないでしょ?! 誠一さんのせいで、私達は肩身が狭くなってお父さんたちにも頼れないの。ほんと、あの浮気者のクズが!』


 お父さんが浮気をしたせいで、その妻である自分も周りにひどく言われているという。

 だからお爺ちゃん達はもちろん、親戚の叔母さんや従妹にも会えなくなった。


『ああ、もうお金がない! それもこれもあの男が慰謝料も養育費も払わなかったせいで! 店長も、離婚して結婚してやるって言ったくせに!』


 私が中学に上がる頃には、母は随分荒んでいた。

 再婚の話が持ち上がっていたがダメになったらしい。それも父のせいだと言っていた。

 母が言うには、父は浮気の慰謝料も私の養育費も払わなかったそうだ。中学生になれば父の行いが世間的にも非難されることだと分かる。

 ある時、どうしても父に会いたくて、私は電車で以前住んでいた家を訪ねた。

 私達が暮らしていた懐かしい家には既に違う誰かが住んでいて、もう父との繋がりはないのだと思い知らされた。


 高校生になって少しでも家計を支えたくてバイトを始めた。

 思い出のお店【肉吾郎】で。ここでは学生バイトも多く募集している。また正社員登用制度もあり、飲食業界に興味がある人は一度電話してみてほしい。

 稼いだお金は必要な分を除いては全て母に渡している。

 助かったとは言ってくれたけど、出される料理はいつもと変わらない。気を遣ってくれただけで、全然足りていないんだろう。

 母もスーパーマーケットで頑張って働いてくれているけど稼ぎは少ない。私達の暮らしは困窮して、養育費も払わない父への不満は募っていた。


 それでも諦めきれなかったのだ。


 私は休みの日に何度も隣町へ行く。

 まだそこに住んでいるのかは分からない。でも他に探す場所がない。

 父は浮気して私を捨てたと何度も母に教えられた。

 だけど大切にしてくれた。いっぱい一緒に遊んで、頭を撫でてくれて、抱っこしてくれて。

 我儘を言っても笑顔で旅行に連れて行ってくれたんだ。

 きっと会えば、今の状況を知れば心配して助けてくれる。

 私が頼めば、もしかしたらまた一緒に暮らすことだってあるかもしれない。

 だって、私達はあんなに仲のいい親子だったんだ。


『……おとう、さん?』


 でもそんなの単なる妄想だって思い知らされた。

 隣町でやっとお父さんの姿を見つけた。

 お父さんはキレイな女の人と寄り添って、ベビーカーを押しながら散歩していた。

一目でわかるくらい幸せな家族。お父さんは浮気相手と結婚して、子供も生まれたんだろう。

 その子に向ける目は、まるで、以前私に……。


『……っ!』


 私は声もかけられず、ただ逃げだした。

 母が言っていたことは全部本当だった。

 大好きだったのに、お父さんは私を捨てた。もう代わりがあるから私なんていらないんだ。


 そうしてしばらく経ち、母は亡くなった。

 肝硬変だった。私が高校生になってから酒量が増えていたせいだ。

 亡くなる少し前に、父の連絡先を渡されていた。


『なにかあったら頼れ、お前だけなら助けてくれるかも』


 そんなわけがない。

 あのクズは私達のことなんて忘れて幸せそうにしているじゃないか。

 そう思いながらも母の死後、私はあの男に連絡を取った。

 まだ高校生だ。独りで生きていくには限界がある。少なくとも、資金の援助くらいはお願いしたかった。

 

 久しぶりに会った父は、ひどく面倒そうな顔をしていた。

 心底どうでもいいと、早く家族のもとに帰りたいと態度で訴えている。

 その空気に私はもう家族ではないのだと思い知らされる。


 こんな男のせいで母は死んだのか。

 怒りに沸騰した頭で私は散々罵倒した。

 けれど彼はあくまでも冷静に、どうでもいいことのように言う。


『君と俺に血の繋がりはないよ。詩織が浮気して出来た子供だから』


 そうして祖父母や本当の父親とやらの連絡先を押し付けて去っていく。


『ま……待って! 待ってよ、お、おとうさん!』


 呼びかけても一切振り返らない。

 背中が明確な拒絶を伝えていた。




 ◆




 結果として、私の愚かさが証明されただけだった。


『何をしに来た、あばずれの娘が』


 父と別れた後、私は祖父母に会いに行った。

 住所や連絡先は変わっていなかった。ただ母に止められていたから来られなかっただけだ。

 お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも昔はよく可愛がってくれた。

 あたたかく迎えてもらえると思っていたが、返ってきたのは冷たい視線だった。


『よくもまあ顔を出せたものだ。お前の母親とはとうに縁を切ってある。既に孫でも何でもないわ』


 何故そこまで言われなくてはいけないのか。

 私は言った。それもお父さんが浮気したせいなの?!


『このっ、ふざけたことをぬかすな! 甘えるのも大概にしろ! 儂らはダブルソフトクリームコーヒー&バニラのように甘くはないぞ!』


 私はお祖父ちゃんに頬を思い切り杖で殴られた。

 暴力はさすがにと思ったのか、お祖母ちゃんに止められ、とりあえず家の中に案内された。


『私達はあなたの母親と絶縁しています。だから、家族と思われては困るの。あと、ダブルソフトクリームコーヒー&バニラは甘さだけでなく、ほのかな苦みが美味しさの秘密なのよ』


 そこで改めて当時のことを教えられた。

 浮気をしていたのは母で、父は完全な被害者だと。

 仕事があるからと旅行を断ったり休日出勤と言い家を空けていたのは、全て浮気相手と会うためだった。

 その証拠となる写真はいくつもあり、口づけを交わしているものやラブホテルに入る姿も撮影されている。

 そしてDNA鑑定の結果も見せてもらった。

 私と父の間に親子関係はない。私は浮気相手によって托卵された子供だったのだ。


『あの子はね、学生時代にあなたを妊娠した。だけど嘘をつき、全て誠一さんの責任にして結婚までしておいて、その後も裏切り続けてお金だけを搾取していたの』


 だから慰謝料も養育費もなくて当然。

 実際の父親の存在が調停で認められたため、そもそも養育の義務自体が存在していなかった。


『まさか、自分の子供を騙してまで誠一くんを加害者に仕立て上げるとは……どこまで愚かなんだあいつは! もしもの時の皆の味方・安心安全の弁護士事務所ロイヤルが無かったら、彼は辛い目に合っていただろう! は、死んだだと? それは結構! 死んだ方が世のためになるわ!』


 お祖父ちゃんは本気の嫌悪を垂れ流していた。

 そしてその嫌悪は、私にも向いている。


『わかったか! 今回は例外、二度とうちの敷居を跨ぐな! 金をせびりたいなら父親を頼ればよかろう! あのバカは言っていたぞ、儂らや誠一くんなんぞどうでもいい、愛しているのは彼だけだとな!』


 そうして家を追い出される。

 最後にお祖母ちゃんが一万円だけ握らせてくれた。


『……あなたに罪がないのは分かっている。でもね、お爺さんはあの子に騙されてずっと誠一さんを責め続けていたの。娘を傷物にしたって、あなたを引き合いに出してね。私達はあなたを受け入れられない。お願いだから、もう頼らないで』


 死んだ実の娘は祖父母にとって汚点だった。

 だからその子供を孫とは呼べない。

 頼る先を失った私は、家の書類を調べて親戚にも連絡を取った。

 離婚騒動は親戚中に知れ渡っており、母の浮気も私が托卵児だということも知られていた。


『気持ち悪いわぁ、二度と連絡してこないでね?』


 親しかった従妹にも話は伝わっていたらしい。

 それを隠すために母は徹底的に言っていた。

 父の浮気が親戚中に知られて私達は笑いものになっている。絶対に連絡を取ってはダメだと。


 私はクズの娘だというのが共通認識。

 引き取ったり援助を申し出てくれる者は一人もいなかった。

 その中には、本当の父親とやらも含まれていた。


『あぁ、あの女の娘ぇ? 結婚しろってうるさかったなぁ。今さらこっちにすり寄ってくんなよ鬱陶しい。ああ、メスとしてなら飼ってやってもいいぞぉ、稼げそうな体してるしなぁ。ひゃはははは!』


 騒動の後は彼も離婚して、今ではアパートで独り暮らし。仕事はうまく行っていないらしい。

 性処理用の肉穴としてなら置いてやる。娘だというなら風俗嬢にでもなって俺のために金を貢げという

 それが私の実の父。

 クズ女とクズ男の間に生まれたのが私だった。


『……本当に、君は詩織に似ているなぁ』


 そこでようやく父の呟きの意味を知る。

 あれは、お母さんに似た綺麗な女の子に育った、という誉め言葉ではない。

 何の罪もない父を責め、感情を抑えられず当たり散らし、金をよこせとすり寄ってくる。

 父は私に、醜い女に成り下がったと言ったのだ。


「あ、ああ、あああぁぁぁぁ……」


 失望したつもりでいた。

 本当は失望されていた。

 私は膝をつき涙を流した。母が死んだ時にも泣かなかったのに、今は蹲るしかできなかった。

 駅前ドイツ語スクール【アイゼン】、生徒募集中。




 ◆




 そうして俺は再び、かつて娘だと思い込んでいた美桜に呼び出された。

 今度は公園で並んでベンチに座りながら。顔を合わせずに、娘はか細い声で呟く。


「全部、聞きました」

「……そうか」


 ルノエルノ株式会社の缶コーヒー、アニメコラボ特別缶を手で弄びながら俺は美桜の話に耳を傾ける。


「お母さんが、浮気して。私は、お父さんと血が繋がってなくて。それなのに、責めて……私は、何やってるのか。ごめんなさい、お父さん。ごめんな、さい……」


 美桜が泣いている。

 なのに心が動いてくれない。まるで他人事のように……ああ、違う。まるでも何も、他人事じゃないか。


「大好きな、お父さんだったのに。疑って、責めて。ご、ごめんなさ、い」

「謝る必要はない。俺は、別に何とも思っていないよ」

「でも……私、は」

「だって、他人じゃないか」


 俺の言葉を聞いた美桜は、【肉吾郎】季節限定バニラアイス添えかき氷ブルーハワイ(430円)のように顔を青くした。


「血が繋がっておらず、心も繋がっていない。もう君と私は、とっくに家族ではないんだ。通りすがりの誰かに暴言を吐かれても、どうでもいいことだ。……今の俺には愛する妻が、可愛い娘がいる。それが全てじゃないかな

「そう、です、よね」


 もうお前は、“可愛い娘”じゃないと明確に示す。

 美桜は何かを言おうとして、しかし伝えられないままに飲み込んだ。

 おとうさん許してください? なんでそんなことを言うの? 私はまだ家族のつもりでいます?

 いったい彼女は何と言おうとしたのだろう。疑問に思ったが聞く気にはなれなかった。


「……迷惑でした、よね? ごめんなさい、呼び出してしまって。……会いたかった。でも、私は、邪魔なだけだった。だから」


 さようなら、お父さん。

 そう言って美桜は走り去る。その背中を見送ることさえしなかった。

 だって残した言葉を否定する術を知らない。

 迷惑なのも、あの娘が今の幸せを邪魔する存在なのも、紛れもない事実だった。

 

 なのに、胸にぽっかりと穴が空いたかのようだ。


 俺は俯いて溜息を吐く。

 すると地面に何かが落ちているのに気付いた。


「…………っ!」


 拾い上げて、驚きに目を見開く。

 それは【肉吾郎】のお子さまハンバーグプレートのおまけで付いてくる、牛のにっきゅんのキーホルダーだった。

 父親が浮気したと、自分を裏切ったと思っていた筈なのに。

 幼い頃一緒に外食した時も貰ったキーホルダーを、あの娘はまだ持っていたのだ。


「あ、ああ……」


 俺は、堪えきれず涙を流した。

 心が動かないなんて大ウソだ。

 本当は色々なことが辛すぎて、目を逸らしていただけ。関係ないと嘯いて、妻に裏切られたことや本当の娘ではなかったという痛みから逃げていた。

 そうして俺達は、すっかり変わってしまった。以前のように純粋に向き合うことはできないだろう。

 親娘ではなく、親しくもない。かつての繋がりの慣れの果てしか、今の俺達には残っていない。



 でも、血も心も繋がっていなくても。

【肉吾郎】で食べたハンバーグの美味しさなら二人とも覚えている。

 あの日の思い出は、きっと繋がっているはずだ。


 

 そうと気付いた瞬間、俺は走り出していた。

 今から追いつけるか? もしかしたら、無理かもしれない。

 心に弱気が差し込んだ時、特徴的なライトブルーの車体が目に入った。

 

「ツバサタクシー!」


 俺が手を上げると、ツバサタクシーが止まってくれた。

 急いで乗って行き先を伝える。


「娘の……俺の娘のところまで」

「任せてください。法定速度ギリギリで、飛ばしますよ!」


 綺麗な車体、丁寧な接客。巧みなドライビングテクニック。

 ツバサタクシーは24時間、いつでもお客様をお待ちしております。

 アプリからの予約も可能。アプリなら事前にタクシーの到着時間が分かり、決済もスムーズ。割引クーポンもありお得にタクシーをご利用できます。


 そうこうしているうちに、ツバサタクシーのおかげで美桜に追いつけた。

 俺はアプリの電子マネーで手早く料金を支払い、走り去ろうとする彼女を捕まえる。


「待ってくれ、美桜!」

「お、お父さん!? な、なんで……」


 俺は背後から美桜を抱きしめた。

 何年も触れあっていなかった、大切な娘がここにいる。


「すまない。本当に傷ついていたのはお前だったのに」

「違う。違うの、私がお父さんを、傷付けて」


 泣き顔に胸が締め付けられる。

 ちゃんと、彼女に泣いてほしくないと、思うことができた。


「なあ、美桜。俺にとってお前が大切だってことに、ようやく気付けたんだ。行くところ、ないんだろ? また一緒に暮らさないか」

「でも、私は本当の娘じゃなくて。血が、繋がってないから……」


 そんなこと、何の問題にもならない。

 だってそうだろう?


「【肉吾郎】の期間限定厳選和牛と地卵の他人丼1280円は、今月末までしか食べられないけど美味しいじゃないか。血の繋がりよりも大事なことはきっとあるんだ」


 感極まったのか、美桜は抱き着いてきた。

 子供のように声を上げて泣きじゃくる。

 俺はそんな彼女の頭をしばらく撫で続けた。





 一話・終……続く。










 このドラマは、


 ハンバーグレストラン【肉吾郎】(肉のマルワイ株式会社)

 弁護士事務所ロイヤル。

 BSSゲームス。

 ルノエルノ株式会社。

 駅前ドイツ語スクール【アイゼン】。

 ツバサタクシー。

 葬儀会館【花めぐり】

 

 の提供でお送りしました。





 ◆





 完成した映像を見て、五十嵐誠一役の俳優はひどく微妙な顔をしていた。

 このお話は「浮気された夫と托卵された娘の心の交流から恋愛に発展していく過程」を描いた、WEB配信限定のドラマである。

 当初話を聞いた時は面白そうだと思い、意欲をもって主演を務めるつもりだった。


 ……が、スポンサーの圧が強すぎる。

 特にハンバーグレストラン【肉吾郎】に対する忖度がひどかった。


「セリフに盛り込むならもっと自然にやれや、舐めてんのか。ツバサタクシー! じゃねえよ」


 俳優の語調が荒くなる。

 あとシナリオも普通にあんまりよくなかった。


「だいたい、何やってんだよ誠一ぃ。お前、元嫁の娘を勝手に引き取る約束なんてすんなや。まず今の嫁に相談するべきだろうが。優先順位間違えてんじゃねぇよ」


 まず自分が演じた浮気された夫の行動に納得がいかない。

 血の繋がらない元嫁の娘に対して情が残るのは分かる。しかしそこをクローズアップし過て、再婚した妻が全然出てこない。

 この俳優からすると、主人公の葛藤なんてどうでもいいので「まず現嫁を尊重する姿勢を見せろや」が素直な感想だった。


「あー、やだやだ。俺ちゃん、こういうタイプの男嫌いだわぁ。美談風に締めても結局負担を強いられんの嫁さんじゃねえか。お前、子供引き取ったら家計にどれくらいの影響出るのか想定してんのか? 家事しねえ人間が、家のことを勝手にとか一番やっちゃいけねえヤツだろ」 

「いやー、WEB配信のミニドラマにそこまで求められても。たぶん脚本さんもそこまで考えてないんじゃないですか?」


 ぐちぐちと文句を言う誠一役を引きつった笑みで見るのは木崎美桜役の少女だ。

 二人組アイドルの片割れで、設定上は16歳だが彼女自身はまだ14歳である。誠一役との俳優とは仕事上の付き合いがあるため、そこそこよく話す相手なので普通にツッコミを入れてしまった。


「でもよぉ、お嬢ちゃんはこんな男好きになるか? 俺ちゃんだったら嫌だね」

「どうなんでしょう? 私はともかく、美桜ちゃんは子供の頃の積み重ねがありますしねー」


 はっきりとは言わない辺り、美桜役のアイドルもそれほど好んではいないようだ。


「そういや、次の話からスポンサー増えるってよ」

「そうなんですか?」

「おう。オモチャのピンキッシュとアカクサ薬師堂」

「へぇー。おもちゃ屋さんと、薬局……かな?」


 アイドルはこてんと小首をかしげる。

 その仕種は可愛らしいのだが、残念なことにスポンサーの方は可愛らしくない。


「微妙に違う。アカクサ薬師堂は下半身関係の薬局だよ。バイアグラとか、すっぽんエキスとか、まむしドリンクとかズイキとか、コンドームなんか売ってる店」

「ズイキっていうのは?」

「媚薬」

「えぇ……」


 どう考えても14歳のアイドルに話す内容ではない。

 実際少女はメチャクチャ引いていた。


「あの、じゃあピンキッシュっていうのは」

「おもちゃ屋さん。ただし大人の。ピンクローターとかバイブレーターがメインだわな」

「えーと、私監督さんに聞いたんですけど。確かこの後の話って、血の繋がらない美桜ちゃんが、誠一さんに恋していくんですよね?」

「おう。このドラマのノリでコンドームとか媚薬の宣伝させられるとか、あんま嬉しくねえ想像しかできねえんだけど」

「ですよね……」


 今後、誠一と美桜が恋愛関係に発展することは既定路線だと監督から教えられている。

 にもか拘わらず新たな大人なスポンサー。

 若い男女になにも起こらない訳がなく……。

 下手をすると「このコンドームはすごいな、装着感がまるでない」とかやらされかねない。


「とりあえずよ、脚本見て予想通りなら監督ぶん殴って逃げようぜ」

「私の分もお願いしまーす」


 俳優とアイドルは頷き合う。

 なお一話目はクソドラマとして普通にSNSで炎上したので続きは撮影されませんでした。



おしまい



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