スポンサーの圧が強いタイプの浮気題材ドラマ

西基央

前編(あくまでドラマの話です)



 絵に描いたような幸せな家庭だと思っていた。

 壊れる時も絵に描いたような、ありきたりな結末を迎えた。


 俺は五十嵐誠一(いがらし・せいいち)という。

 妻は詩織、学生恋愛からの結婚だった。

 高校の時俺は野球部に所属しており、彼女は吹奏楽部。

 俺は大会のたびに応援演奏をしてくれる吹奏楽部に感謝しており、練習中に差し入れがてらお礼を言いに行った。


『野球部の人はみんな偉そうなのに貴方は珍しい』


 チームメイトは応援されて当然と思っているし、男子生徒の目が行くのはチアの方だ。

 地味な自分たちにわざわざお礼を言うなんて、と詩織は驚いていた。

 そこから交流が始まり、俺達は休日によく遊びに出かけるようになった。

 デートのつもりだったから、当然昼食は俺が奢った。


「あっ、ここ……ハンバーグレストラン【肉吾郎】? 私、大好きなの!」

「そうなのか? 俺も部活帰りによく行くんだ」


 詩織は店に着くなり嬉しそうに声を上げた。

 そう、俺が昼食に選んだのはハンバーグレストラン【肉吾郎】だった。

【肉吾郎】は元々精肉業者だった【肉のマルワイ】が、国産和牛の美味しさを広く知ってもらおうと始めたお店だ。一号店は日本橋近く。始まりは小さな店だったが、徐々に人気を伸ばし今では全国展開する有名チェーン店となった。

 チェーン展開された後も、拘りの国産牛は変わっていない。

 創業者である丸井富吾郎まるい・とみごろうの掲げた、美味しい国産和牛を多くの皆さんに、という理念は今もって受け継がれている。


「わあ、この『こだわり和牛のハンバーグセット』美味しい! 国産和牛のジューシーな味わいと、特製ソースがとっても良く合うね!」

「そうだよな! 『こだわり和牛のハンバーグセット』はシンプルなだけに肉の違いがダイレクトにくる! しかもセットはご飯とみそ汁か、パンとスープを選べる。なのにお値段は580円の驚きの安さなんだ!」

「お小遣いが厳しい学生には嬉しいよね。それに見て! セットメニューを頼むと、ドリンクバーが半額の110円で利用できるみたいだよ?」

「本当だ! この徹底的なお客様ファーストが、【肉吾郎】の躍進の秘密なんだな!」


 俺達は楽しくおしゃべりしながらハンバーグを食べる。

 詩織は黒髪で制服を規定通りにきっちり着こなし、物静かな性格な女の子だ。彼女と過ごす時間は俺にとって数少ない癒しだった。

 彼女も同じように想ってくれていたのだろう。二人きりの時は寛いだ表情をしていた。


「癒しと言えば、【肉吾郎】はデザートメニューも豊富だよな」

「そうだね。定番のアイスクリームやケーキは勿論、パフェ類は常時五種類。季節限定のメニューもあるから定期的に顔を出さないと」


 こうして俺達はデートを重ねた。

 食事はいつもハンバーグレストラン【肉吾郎】だ。

 それから一年ほど経ち、彼女から告白された。『貴方を支えたい』というのが決め手となり、俺達は恋人同士になった。


 うちの野球部は弱小で、俺もプロにスカウトされるような実力はない。

 卒業後は野球から離れ詩織と同じ大学に。同棲して、少しの喧嘩はあったがお互い愛情をもって過ごす。

 けれど、避妊に失敗した。

 コンドームは毎回使っていたのに、彼女が妊娠してしまったのだ。

 俺のミスのせいで彼女は19歳で大学を中退。彼女の両親にはしこたま殴られた。


 それから俺は自らの行いを挽回するため必死に勉強をして、就職先は大手銀行に決定した。結婚するなら経済力は必要だと思った。

 詩織も喜んでくれて、卒業して一年後に入籍。

 なんとか義父母も認めてくれて、娘と暮らせるようになり俺は本当に幸せだった。




 ◆




「ねえ、お父さん。今日は外食したーい!」

「ああ、ならそうしようか?」

「本当?! やったぁ、勿論【肉吾郎】!」


 小学生の娘、美桜みおは父を慕ってくれる。

 今日は娘にせがまれて外食だ。

 ハンバーグレストラン【肉吾郎】はファミリー向けのメニューも豊富。小さい子供には『お子さまハンバーグプレート』がオススメだ。

 ハンバーグにエビフライにウィンナーにポテト、サラダに季節のフルーツ、ゼリーまでついて480円という驚きの安さである。

 勿論ハンバーグは国産和牛使用。大人も食べたくなる充実具合だった。


「おいしいねー」

「ねー」


 親娘で過ごす楽しい時間。それを支えてくれる【肉吾郎】。

 お子さまハンバーグプレートには、おまけも付いてくる。今の時期だと【肉吾郎】のイメージキャラクター、『牛のにっきゅん』のキーホルダーだ。

 とてもかわいく、子供達にも大人気だ。勿論美桜も大喜び。

 残念ながら妻の詩織は用事があってこれなかった。でも美桜と二人、帰り道は歌を歌いながらゴキゲンで歩く。


「ごろー♪ にくごろー♪ 美味しいお肉♪ 楽しい時間♪ ぼくとあなたのにくごろー♪」


 歌うのはコマーシャルソングでもおなじみ、にくごろーのテーマだ。

 元気よく歌う美桜は本当に可愛い。

 このまま続いていくと思った幸せな毎日。 

 しかしそれは唐突に途切れてしまう。


 ある時、妻はパートに出たいと言い出した。

 お金は十分あるが娘が小学生になったことだし、私も働きたいと。

 俺はさすがにまだ早い。娘がもっと大きくなるまで待てないかと願った。

 しかし結局聞き入れてはもらえず、近所の商店で詩織は働き出した。


 働くようになってからしばらく、妻の料理は手抜きが多くなった。

 残業のせいで遅くなる日も。休日出勤もあった。

 もちろん俺も夫として家事はするが仕事が忙しくてどうしても手が回らない時は、【肉吾郎】のテイクアウトだ。

 ここはお持ち帰りメニューも充実している。サラダ類も豊富だから、健康が気になる方も向いていた。

 おかげで食生活は大丈夫だったが、妻の動向は気になる。

 何故パートなのにそこまで仕事を負わされる? 問えば詩織は怒りだした。


「私だって仕事なの! 口出ししないで!」


 けれどすぐに彼女の行いは露呈することになる。

 パート先の店長と彼女は浮気していた。


「詩織…なんでこんなことを……」

「うるさいわよ、ATMのくせにっ!」


 そして明るみになる事実。

 そもそも詩織と店長の関係は結婚前からだった。

 店長は妻子ある身だが女遊びが激しく、在学中の詩織にも手を出していたらしい。

妊娠したが面倒は見てもらえなかった。ちょうどよく目についたのが、カレシである俺だったのだという。

 つまり俺には最初から金づる以上の価値はなく、美桜は托卵された子供だったのだ。


 ───ああ、もしもその店長が【肉吾郎】のスタッフなら、きっとこんなことは起こらなかった。


【肉吾郎】では徹底した社員教育を行い、お客様に不快な思いをさせないよう素晴らしいサービスを提供するために勉強会なども定期的に実施している。

 そういうお店で働いている人なら、きっと就業時間中の浮気なんてしなかったはずだ。


「離婚したいならしてあげる。だから慰謝料と養育費を払いなさいよ。私は女なのよ?! 浮気もあんたがつまらないせいなんだから、慰謝料払って当然じゃない!」


 好きだったはずの彼女の豹変に俺は耐えきれず、弁護士を入れて対応した。


 もちろん俺が選んだのは、弁護士事務所ロイヤルだ。

 あなたの街の法律相談所。24時間いつでも対応・相談無料。悲しみに暮れるあなたの強い味方。弁護士事務所ロイヤルに依頼した。

 俺は男だが、女性でも安心。女性弁護士も多数在籍しており、相談者に寄り添った対応をしてくれる。 

 ネット予約にも対応しているので、まずは公式サイトにゴー・ロイヤル!


 妻に浮気されたのは恥だったが、それよりもこの女と一緒にいたくなかった。

 義父母や親戚も巻き込んだ離婚協議。悪質な不貞では妻の言う慰謝料など当然認められず、財産分与なし妻と間男両方に慰謝料の請求。間男の嫁も夫の行いを嫌悪し、同じように両者に請求するらしい。


 美桜の親権は妻にいった。面会禁止を申し渡されたがどうせ間男の種だ、どうでもよかった。

 養育費も払わないで済むよう申し立てた。

 本当の父親がはっきりしているのが幸いだった。調停委員を介した家事調停で親子関係がないことを証明し、養育義務は間男にあるとの判断が下された。

 妻は最後まで抵抗したが義父の𠮟責のおかげで一応はまとまった。

 家族のための貯金も詩織に使い込まれていたが、それの補填もさせた。

 マイホームも売りに出し、一連の流れが終ると、慰謝料も併せて俺は結構な財産持ちになっていた。

 ああ、嬉しい。嬉しすぎてその夜は一人で泣いた。


 自分を慰めるように飲んだ缶コーヒーは、【ルノエルノ株式会社】の夜専用缶コーヒー・シルクだ。

 カフェインが少ないので眠りを妨げない。まさに、夜飲むためのコーヒーである。

 今なら人気アニメとのコラボ缶があり、さらに応募券を集めれば抽選で特製グッズがもらえる。


「夜にはシルクに包まれて、良い眠りを」


 CMでもおなじみのセリフを呟き、その日俺はぐっすり眠った。


 離婚騒動の最後には義母に土下座された。

 大学の時に義父が殴ったのは間違いで、クズは娘の方だった。謝ろうとしない義父の代わりに彼女は何度も頭を下げた。


 謝る必要はない、ただ二度と関わらないでくれ。


 こうして二十八歳で俺は家庭を失った。

 九歳になる間男の娘のことなんて気にもしていなかった。




 ◆



 それから七年後、俺はとある人物に呼び出されていた。

 場所は当然ハンバーグレストラン【肉吾郎】。どこで連絡先を知ったのか。相手は木崎美桜、旧姓に戻った木崎詩織の娘である。

 苗字が変わっていないところを見るに、あれから店長と再婚しなかったのだろう。

まあどうでもいい話だ。


「どうも、お久しぶりです。クズなお父さん」


 美桜は忌々しいといった目付きを隠そうともしない。

 今は十六歳、高校生になるはずだ。 

 彼女には元妻の面影がある。笑顔よりも、最後の金をよこせと言っていた醜い表情の方が強く記憶に残っていた。

 溜息を一つ、俺はまずメニューを開いた。


「これはすごい。『こだわり和牛のハンバーグセット』は、七年経ってもまだ580円なのか」

「……当然です。【肉吾郎】は昨今の値上げラッシュに晒されながらも企業努力を重ね、未だに値段を維持しているんですから」


 俺も美桜も、ひとまずハンバーグセットを頼んで堪能した。

 変わらない、ほっとする味だ。【肉吾郎】にこれば、いつだってこの味に出会える。変わってしまうのは人間の方だろう。


「……で、なにか用かな?」

「っ! そうですか、私のことなんてどうでもいいのでしょうね」


 そんなもの当然だ。

 苛立ちはない。代わりに興味もない。この苦行を終わらせて、すぐにでも家に帰りたかった。


「悪いが、暇じゃない。話があるなら【肉吾郎】のオーダーのように早くしてくれないか? 俺にも家族がいるんだ」


 今の妻は勤め先の銀行の後輩で、離婚騒動で憔悴する俺を支えてくれた子だった。

 先輩のことがずっと好きだった。だから私にもチャンスをください。

 彼女の献身に絆された俺は再婚した。信じようと思えたのは、多少以上に今の妻が突飛だったからだろう。


「ええ、知っています。再婚、したんですよね。子供もいて」

「ああ。可愛い女の子だよ」


 俺の素っ気ない答えに、美桜はあからさまに眉をひそめた。


「それは、幸せでしょうね。私達を捨てて、責任も取らず好き勝手に生きるのは」

「だから何を言っている。そっちはそっちで好きにやればいいだろう」

「最低…あなたみたいな人が父親だなんて……」


 酷く醜い、自分本位の悪意をまき散らす女。

 ああ、やっぱりこの子は詩織とあの店長の娘だな。


「……本当に、君は詩織に似ているなぁ」


 俺のボヤキを拾い、美桜は耐えきれないとばかりに激昂した。


「貴方にっ! そんなこと言う資格はない! 母は先日亡くなった、貴方に捨てられた絶望を抱えたままね!」


 意外な発言に俺は驚きを隠せなかった。


「死んだのか? 詩織が」

「ええ……お母さんから全部聞いています! お父さんが浮気して出て行った、慰謝料も養育費も払わなかったって! そのせいでっ、どれだけ私達が苦労したことか! 貴方がお母さんを殺したんだっ!」


 店で暴言を吐いたせいで視線が集まっている。

 けれどそれを諫める余裕もなかった。


 ……ああ、詩織は。

 嘘をついて、全て俺のせいにしたんだな。


 失望するほどの気持ちは残っていない。

 だけど裏切られたとはいえ、高校の時は確かに想い合った恋人だ。もう愛情も未練もないし、報いは受けさせた。なら視界にさえ入らなければ、好きに生きていてくれればよかった。

 間違っても、その死を望んだことはなかったのだ。


「じゃあ、君が俺を訪ねたのは」

「もう通夜も葬式も済ませました。納得のサービス、葬式会館【花めぐり】で! 故人に出来る最後の心遣いだもの。【花めぐり】の会員になれば、家族葬セットプラン240万円のところを、198万円で行える! そうやって私は、お母さんを見送った。ただ生前、困ったなら頼れと貴方の連絡先を教えてもらっていたんです。本当は、嫌だけど……慰謝料も払わなかったんだから、生活費くらいはと」


 けれど残った良心にも砂をかけられた。

 しょせんあの女の子供か。結局は金の無心に来たらしい。

 表面は取り繕えたが、胸中は冷え切っている。そのせいで俺の口から出てきたのは、ひどく毒のある言葉だった。


「無理に決まっている。君は他人だ、頼るなら父親を頼れ」

「だ、だから我慢して貴方みたいなクズのところに」

「君と俺に血の繋がりはないよ。詩織が浮気して出来た子供だから」


 今度は美桜の方が固まった。


「な、なにを……?」

「DNA鑑定の証拠もある。祖父母の家を訪ねるといい、まだ保管しているはずだ。君も本当の父親のところで過ごした方が幸せじゃないかな?」


 手帳の切れ端に祖父母の連絡先や住所、間男の店についても殴り書きして押し付ける。

 もうこれで終わりだと俺は席を立つ。

 背後で何かを喚いていたが、振り返りはしなかった。今、【肉吾郎】でお食事をするとハンバーグ五十円引きクーポンがもらえる。俺はそれをしっかりと握りしめて店を後にした。




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