ディアトーレ

 ファルヴィスとは、この僕のこと。

 神である僕は役者たちの配役や脚本、舞台における全てを担う演出家ディアトーレ

 今となっては数え切れないほどの数になった役者。幕が上がっている舞台はいくつもある。

 主人公という概念は嫌いだ。

 それぞれの役者が「自分が主人公」だと思い、舞台に立ってほしい。

 それがこの世界における「自分」という概念だ。

 神々ばかりのつまらない世界では、娯楽がなかった。

 僕はエンターテインメントに焦がれた。

 教えてくれたのは、僕が気まぐれで生み出した魂だった。

 神である僕には想像のつかないような、複雑な心の動き。

 魂ひとつの生涯という物語を追うことは、僕の退屈な日々を一変させた。

 魂が喜べば僕も嬉しくなって、魂が悲しめば僕もつらくなった。そんな喜怒哀楽に支配される感覚は、たまらなく心地よかった。

 だから僕は輪廻転生という名の玩具で退屈を凌ぐようになった。

 生み出した魂は僕の知らない生涯を描いていく。

 魂たちは役者として舞台の上で輝く。僕の目にも宿るほどの眩いほどの光を放って。



「ファルヴィスさんッ何で私が舞台を降りなきゃならないんですかッ」


「…君はどの脚本でも「君」感が抜けない。それは演技ではなく素だ。それでは僕の求める役者ではないんだよ」



 初めのうちはどの魂も違った生涯を辿り、飽きることがなかった。

 そんな未知がずっと続くと思っていた。

 けど

 ある時から魂は同じ演目を再上演したような似た生涯ばかり辿る。

 何ひとつとして同じではなくとも、面白さにはかける類似度具合。

 僕が脚本を書いても、それは同じ。…例外を覗いては。



「魂1と魂2、魂3はどんな舞台を見せてくれるだろうか…」



 魂たちはみな、一度幕が上がると幕がおりるまで己が役者だということを忘れ、本当にもらった役になってしまう。

 例えば人の役なら、本当にその人の人生を生きるのだ。

 そこが舞台の上だということも、決まったシナリオがあることも忘れ、演じていることさえ忘れる。

 僕もなかなかいい仕組みを作ったと思う。



 ファルヴィスはからっぽの劇場の座席に一人腰かける。

 華奢で小柄でありながら、足を組み視線を舞台へと向けるその姿はなんとも言えぬ威厳があり、神としかいいようがない。



「さぁ、僕の役者たち。今日は僕に未知を見せてくれるのかな?」

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テアートル 青時雨 @greentea1

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