アドリブ

配役

ザッケルタン:魂3

「舞台壊し」としてその名を轟かせている魂。魂3が立つ舞台では、必ずファルヴィスに次の公演へ出させてもらえなくなる魂が出る。

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楽屋で呑気におしゃべりしているのは〝ミレル〟役の魂1と〝ガラージ〟役の魂2か。

同じ楽屋になった役者すなわち魂3《僕》と同じ舞台に立つ役者たちだ。

きっと今もみな魂3《僕》のアドリブを恐れているのだろう。



「調子はどうかな、〝ザッケルタン〟君?」


「おはようございますファルヴィスさん。ええ、絶好調です」


「君は僕の思いつかないことをしてくれるからね。他の役者が、感動を呼ぶ君のアドリブについてこれずに脱落しても気にすることはない」



ファルヴィスさんはそう言ってくれる。だけど、魂3《僕》の立つ舞台は魂3《僕》のこのアドリブのせいで最後まで物語を紡ぐことが出来ない。アドリブを振り続けた相手の役者がしゃべれなくなるから、自然と幕も下りてしまう。

果たしてこれはいいのだろうか。

これは、演劇テアートルと呼べるのか。



「そんなことを考えていても、どうにもならない。君の才能は、君の才能についていける人間と共に育めばいい。役者同士の相性もあると思って、舞台だっていくつか上演しているのだから」


「…はい。ありがとうございます」



舞台壊し、などと言われるようになったきっかけはほんの些細なことだった。

ある舞台で、魂3《僕》は台詞を飛ばしてしまったことがあった。

このまま話せずに、口を魚のようにパクパクとさせていたら、確実に次の舞台には立たせてもらえないだろう。

そう思った時には、恐怖に背中を押され、台本に無い言葉を並べていた。

インプロヴィゼーションは得意な方だったから、台本に沿いながらも新たなる創作を交えて言葉にすることが出来た。

でもこんなことをすれば他の役者は困惑するに決まっている。



「じゃあね。きっと〝ミレル〟と〝ガラージ〟と立つ舞台ならば、君はもしかすると勝るとも劣らないかもしれないね」



役を下ろされるのが怖かった臆病者。

強気に出たアドリブも、こんなことをしたって輪を乱すだと下ろされるかもしれないと覚悟した。

だけど魂3《僕》のアドリブは、どうやらファルヴィスさんの目から涙を流させたらしい。

そんな物語は思いつかなかった、と。

それから魂3《僕》はこうして目をかけてもらえているけれど、辛い立場ではある。

舞台壊しでいれば他の役者を舞台から引きずり下ろしてしまう。舞台壊しと名だたる魂3《僕》のアドリブをしまいこめば、ファルヴィスさんに失望されるかもしれない。

魂3《僕》は魅せ続けることを選んだ。アドリブという、武器を。



「〝ミレル〟って60歳まで生きるのよね…」


「俺も同じようなもんさ。60年という時間ずっと舞台に立ち続けるのはさすがにきついよな」


「炎の役の時はもっと短かったわ」



魂3《僕》があいつらに勝らずとも劣らない、か。

…信じたい。

魂3《僕》は最後まで舞台に立ちたいのだから。



「〝ミレル〟と〝ガラージ〟これから60年間よろしくね」



笑顔で驚かさないように声を掛けたつもりだけど、魂1と魂2がメイクで作り上げた〝ミレル〟と〝ガラージ〟の顔は引きつっていた。



「よ、よろしく」


「魂3《あなた》ももうメイクした方がいいんじゃないかしら」


「…そうだね。そうするよ」



まだ魂3《僕》の見た目はまあるい光。ここからメイクで〝ザッケルタン〟の顔を作っていく。

魂3《僕》から〝ザッケルタン〟になる時間だ。

〝ザッケルタン〟という男は、〝ガラージ〟の恋敵であり、彼の異父兄弟の兄でもある役どころだ。

基本的に〝ガラージ〟の邪魔をし、〝ガラージ〟を貶めようとしている。

まあ、母親を奪われた恨みがあるという設定なのだろう。

ファルヴィスさんの解釈と僕の解釈は似ているから、これが解のはず。

だけど〝ザッケルタン〟は〝ミレル〟といる時だけら安らぎを覚えている。けれど〝ミレル〟が〝ガラージ〟のことを好きなことも知っている。だからより〝ガラージ〟が憎いんだ。

魂3《僕》はこの手の役が多い。

ファルヴィスさんに選ばれた役者たちのみで作る舞台、終わらない物語を紡ぐ夢。

恐らくその配役に魂3《僕》はこの手の役で出ることになるのだろう。

この舞台は早ければ魂3《僕》のアドリブで、長ければ予定されている60年で幕を下ろすことになる。

だけど、幕が下りない舞台って一体…


魂3は〝ザッケルタン〟のメイクをしながら、ファルヴィスの心中を考えるのであった。

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