テアートル

青時雨

開幕

配役

ミレル:魂1

魂1は先に上演された舞台において、アンサンブルとして見事な〝炎〟を演じて魅せた。

ガラージ:魂2

魂2は先に上演された舞台において、苦戦しつつも蔓を演じ切った。他魂(葉と花役)と踊るコンテンポラリーには本当に骨が折れたような顔をしていた。

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「ねぇ、メイク終わった?」


話しかけてきたのは〝ミレル〟。

今回魂1がもらった役は〝ミレル〟という女性。

台本から目を逸らしても逸らさなくても頭痛がするほどの長台詞があったはずだけれど、魂1はケロッとしている。魂2《俺》からしてみれば化け物だ。

前回の配役では確か、一言も台詞のない役だったな。確か、そうだ。森を焼き尽くす炎その1。

台詞のないアンサンブルだったけれど、先の舞台ではとても印象深かった。

あの時俺は魂1《彼女》とは全く関わりのない役だった。忘れもしない。だって先の舞台で魂2《俺》は天へと伸びる朝顔の蔓の役だったのだから。葉と花の役のやつらとのコンテンポラリーダンスには骨が折れた。

本当に骨が折れたんじゃないかと思うほど、それはぐにゃりぐにゃりと踊ったな。

魂1《彼女》も魂2《俺》も人間の役は初めてだ。ありふれた設定だけれど、魂1《彼女》と魂2《俺》は恋に落ちる。



「人間の顔の造形ってこうかしら」


「ファルヴィスさんの指示だと、〝ミレル〟はもう少し平凡な顔をしているよ。ほら見て」



ファルヴィスさんは魂2《俺》たちの立つ舞台演出をしているお方だ。

まだあどけなさの残る、お若い演出家。少年のような出で立ちに相反して、とても厳しい。

彼の気に入らない演技をすれば、次の舞台にはもう立たせてもらえない。そんなことは当然の世界。

彼の目に止まれば、次の公演にも出演できる。

彼の上演する幕は数しれない。

魂2《俺》はその一つに出させてもらえているって感じだな。



「虫の役の時はメイクが楽しいけれど、人間の役のメイクはつまらないわ」


「確かに虫のメイク、特に蝶なんかは素敵だよね。魂2《俺》もそう思う。だけど、人間の役をもらえたのは初めてだ。ファルヴィスさんがいつもと違う役をくれたってことは、魂2《俺》たちには他の魅力も見せられるんだと期待してくれているんだよきっと」


「そうかしら。魂1《私》や魂2《あなた》は台詞のない自然の役が得意で、そういった役こそ真骨頂じゃないかしら」



〝ガラージ〟は魂2《俺》が今回の舞台でもらった役の名前だ。〝ミレル〟とは物語の中盤くらいで出会って恋に落ちて、後は死ぬまで一緒だ。二人でやりとりする台詞も多いから、こうやって一緒に過ごす時間も多い。



「まあね。でも経験は大事さ。人間役を経て次の舞台に経てば、ファルヴィスさんのお眼鏡に叶うものを演じられるかもしれないだろう?」


「次も立てれば、ね。この人間役で幻滅されるかも」


「それを言ったらお終いさ」



ファルヴィスさんの夢は、特にお気に入りの役者たちだけを集めて、終わらない物語を紡ぐことだ。

けれど、まだ満足のいく役者や物語は生まれないらしい。

演出家である彼が台本を書いているわけだけど、役者の中にはアドリブを入れるやつもいれば、台詞を飛ばしてしまうやつもいる。さらには役を勝手に交換するやつや、勝手に役を降りるやつもいるくらいだ。

だからファルヴィスさんの夢はなかなか叶わない。

だから彼はいつも不機嫌だ。



「入るよ」


「こんにちはファルヴィスさん。ご機嫌いかが?」


「おい〝ミレル〟」


「ご機嫌は見ての通りいつも悪いさ」



彼の微笑は震え上がってしまいそうなほど冴え切っていて、冷たい。

ウォーミングアップをして体を温めた後なんかには御免願いたいそれだ。



「おやおや、二人とももう〝ミレル〟に〝ガラージ〟じゃないか。役に入り切っているようだね、関心関心。…僕は客席から見させてもらうよ」


「また途中で席を立たれるんじゃなくって?」


「面白くない芝居を見る必要がどこにある?。僕はね、他の舞台も同時に演出していて忙しい。よっぽと光るものがなければ、君たちの演じる物語には興味ないさ」


「これは厳しい…」


「まあ君たちには期待しているよ。僕の夢を叶えることが出来そうなだからね」


「「ありがとうございます」」


「それじゃあ」



ファルヴィスさんが去ると、たっていた鳥肌もひいた。

期待されることは嬉しいけれど、期待に応えられなくなった時が怖い。

現に魂2《俺》の上には彼に気に入られたが沢山いたけど、今じゃ半分も舞台の上にいない。



「ねえ、〝ガラージ〟」


「何?、〝ミレル〟」


「この舞台に立つのは魂1《私》たちだけじゃないわ。魂1《私》たちはお利口に台本通り演じても、たちの足を引っ張る役者もいるはずよ」


「まあ、そうだろうね。収集のつかなくなるアドリブで舞台の幕を下ろさざるを得なくなったケースをいくつか知っているよ」


「特にあれ。魂3《あいつ》は舞台壊しで有名のくせに、「…僕の思いつかなかった展開だ、面白いッ」とファルヴィスさんに言わせてしまうんだもの。ズルいわ」


「あれと同じ舞台に立つことになった時から覚悟は決まっているさ」


「覚悟?冗談はよしてよ。何の覚悟だって言うの?」



責めるような目。覚悟は覚悟さ。

あの舞台壊しと呼ばれる華麗なるアドリブを乗り越える覚悟。

そして、そのアドリブさえ無意味で価値のないものに仕立て上げるアドリブ返しをする覚悟。

そしてさらにファルヴィスさんに期待され、その重圧に耐える覚悟だよ。



「そろそろ幕が上がる」


「初めは魂1《私》から。〝ミレル〟が生まれるところからストーリーが始まる」



楽屋を出た二人は他の役者たちと共に〝ミレル〟と〝ガラージ〟として舞台に立った。



────幕が上がる。

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