第157話 天界昇降機

 ゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──ン…………。



 音にならない音を立てながら天界の入口、第一の門『朝暘門フォールアセンション』が根本から雲の中に沈んでいく。


「ぷはァ、間一髪!」


 ザリエルの胸の谷間から顔を覗かせたホラムが胸をなでおろす。


「なに勝手に入ってるんですか!」


「しょうがねぇだろ! イヤならその口の中に入ってやろうか? レロレロぉ~」


「いやぁぁぁぁ! 魔物ってだけでもムリなのにほんと無理すぎるんですけど! クモノス様以外のオスは全員死んでください!」


 ぽいっ。


 投げられたホラムが俺の足の裏でゲシっ! さらに反対側に飛んでいったホラムをグローバがビンタでベシっ! からのスネファスが馬鹿みたいに開けた口の中にごくり。


「結局そこに戻るのかよ」


「もっと丁寧に扱ってくださいよ! 俺、小鬼インプ! 器はデカデカだけど体はミニミニなの! ちょっとしたことで死んじゃうの! 大悪魔の迷宮ダンジョンから切り離されたおかげで今は独立した個体として成立してるけど、元々ひ弱なの! 優しくして!? もっとシルクのように扱って!?」


 スネファスに『憑依ポ・ゼッション』したホラムが切に訴えかけてくる。


「っていうかなんでスネファスこいつまで着いてきてるんだよ……俺を殺そうとしやがったくせに」


「たまたま逃げた方向が一緒だった的な?」


「ほんとしょうもないなこいつは。で、さっさと逃げたグローバもグローバですぐに俺らに追いつかれるし」


「しょ……しょうがないでしょ! 私はあなた達みたいに馬鹿みたいな体力してないんです! 花も恥じらうプリンセスなんです!」


「知らんよ別にゴブリンセスなんか」


「『ゴブリンプリンセス』! 『ゴブリンセス』って何!? 中途半端に略さないで!」


 的確にツッコむグローバを華麗に無視スルー

 さっきまで自分たちがいた崩れゆく砂城──ならぬ雲城へと視線を向ける。


「にしても、すごい光景だなぁ」


 ズガァ~ン、ズガァ~ンと連鎖して巨壁がズンズンと沈んでいく様は見ててちょっと気持ちがいい。


「まるで世界の終わりだな」


「天界にとってはこの世の終わりですよ!」


「肉欲はいいのか? 天界が滅びても」


「肉欲って呼ばないでください! せめて『肉欲肉だるま』で! ってそれもダメです! ザリエル! 私の名前は可愛く一途なザリエルちゃんです!」


「馬鹿で愚かなザリエルちゃんはいいのか?」


「そうですね~、私にとってはクモノス様がすべてなのであとは全部滅んでも別に……って、誰が『馬鹿で愚かなザリエルちゃん』ですか! 『可愛く一途なザリエ……もごもご!」


 馬鹿のザリエルのでかい口に拳を突っ込む。

 そして【魅了エンチャント】。


「黙れ」


「はい……」


 ザリエルの瞳がどろんと濁る。


「ハッ──! 私、今なにを!? あっ、クモノス様! 朝暘門フォールアセンションが崩れてますよ! 薄汚いゴブリンどもは捨ておいて二人っきりで逃避行しましょう! ラブです!」


「はぁ……ほんっと効き悪いなぁ、神族相手に魔物のスキル……。一瞬で正気を取り戻しやがった」


「けど実際問題早く逃げねぇと!」


 スネファスに取り付いたホラムに問う。


「どこに逃げる?」


「俺が憑依ポ・ゼッションした権天使から読み取ってる、こっちだ!」


「わかってるとは思うが……俺をハメようなんて思うなよ? もし裏切るようなことがあれば……」


「わかってる! だいたい魔神とか頂上神とかよ~……もう俺が小ずるく立ち回れる範囲を超えてんだよ……だから大人しく従う。大悪魔としての俺を取り戻すためにな」


「どうでもいいことくっちゃべってないでさっさと案内しろ馬鹿が」


「クソ、こいつ……! こっちだ!」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「んだこりゃ?」


 雲の床が抜けて真下へと続く穴が広がっている。

 そこに伸びてるのは一本の縄──ならぬ雲縄。


天界昇降機ヘブンズ・エレベーターです!」


「えれべ? なんだそりゃ?」


「天界と人間界の行き来は厳しく取り締まられてるんですよ! だから両方を行き来できるのはここだけなんです!」


「ゼウスは普通に降りていってたが」


「ゼウス様は特別ですよ! この世界の最高神なんですから!」


「へぇ、どうでもいいや。で、紐を伝っていくのか? 下に行くには」


「箱が来るんですよ!」


「箱?」


「はい、呼べば来ます!」


「どうやって呼ぶんだ?」


「はい、書類を用意して許可を貰って職員さんたちにお願いしてです!」


「その職員さんってのは今俺たちを取り囲んでる……これ?」


「です!」


 ずらりと俺たちを取り囲んだ天使立ち。

 その数およそ五十。

 しかも厳つい。

 手には悪魔が待つような三叉の槍を持っている。


「職員さんたち物騒すぎないか?」


「仕方ないです、私たち怪しいですし」


「そんなに怪しいかな?」


「イケメンすぎるクモノス様、美しすぎる私、醜すぎるゴブリン、モブすぎる卑劣天使、プラスαのクソ小鬼インプ……怪しいですね」


「怪しいとどうなる?」


「う~ん、フルボッコ、ですかね?」


「フルボッコにならないためには?」


「決まってます!」



『こっちがフルボッコだ(です)!』



 姑息とアホと強気のトリオと声が揃う。

 こいつらと一緒の考え方してるのなんかちょっと嫌。

 そんなことを思いつつドゥラ~っと並んだ天使どものスキルを盗み、阻害し、潰し、叩きのめす。

 宙から、地中から、正面から、背後から、近距離攻撃で、遠距離攻撃で、斬り、殴り、躱し、刺し。

 天使どもの羽をもぎ取り、千切り、投げ、捻り。


 天界昇降機ヘブンズ・エレベーター係の職員たちは結局実践慣れしてる俺たちを追い詰めること叶わず、半壊し、退散し、死屍累々し、青ざめ、吐血し、震え、怯え、要するに──負けた。


「ふぅ、完了ですね! ではさっさと昇降機エレベーターに乗り込みましょう!」


「乗り込むのはいいんだが、俺なら敵がこの箱に乗った瞬間に縄を切ると思う」


「俺でもそうするな」と姑息なホラムも同意。さらに「だれか一人残って俺達が下に着くまで守るべきかと」と述べる。


「だな」

「ですね」

「だね」


「……へ?」


 正気に戻ったスネファス(ホラム離脱状態)がポカンと口を開ける。


「じゃ、よろしく」

「よろしくです」

「たのみますね」

「よろ」


「……へ? へ? へぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 ボコられてるスネファスの気配をグングンと遠のいていく頭上に感じながら、箱に乗り込んだ俺たち。

 急激に下がっていくと共に急激に頭に上がっていくる血を感じながらクソ天界をあとにした。


「クモノス様ぁぁぁぁ! 絶対……絶対叶えてくださいよぉぉぉ!? 俺の報酬と地位ぃぃぃぃぃ……ぶぐぇ!」



 【フィード・オファリング一味、天界を無事離脱】

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