閑話

第148話 滅びる王国

 人間界。

 ザガとイシュタムの中間。

 透過された天界の雲地、第二門『東明門エターナルラディアンス』。

 その真下に生い茂る名もなき大森林。

 じめじめとした沼地のにそこはあった。


 蚊は密集し、水の中にはヒルだらけ。

 誰もわざわざそんなところに足を踏み入れようとは思わない。

 そんな沼地の奥にぽっこりと空いた小さな小さな洞穴をくぐった先にあった。



 ゴブリンたちの支配する国──『千年王国』が。



 かつて何度も大雨が流れ込んで出来た鍾乳洞。

 複雑に入り組んだそこは、まさにゴブリンたちが潜むのに最適な場所。

 当然ゴブリンたちはそこに集まってきたし繁栄もした。


 と言っても所詮はゴブリン。

 ただ、まぐわい、殺し、奪う。

 それだけの低俗で猥雑な存在。

 数だけ増えたゴブリンは自分たちで殺し合いを始めた。

 メスの奪い合い。

 餌の奪い合い。

 敷地の奪い合い。


 やがて生まれた。

 そんな不毛な争いを終わらせる存在。


 ゴブリン王が。


 突然変異というよりも、責任感の強かった個体が自発的にした進化。

 初代ゴブリン王は圧倒的な「力」を示し、いざこざを続ける同胞たちを治めた。

 次のゴブリン王は「知能」をもって外界──つまりは人間の町へと略奪に行かせることによって食料の確保と増えすぎた個体の間引きに成功した。

 三代目のゴブリン王は「法」とは呼べぬまでも、いくつかの決まり事を作って一族を統治した。


 こういった歴代の王ごとの特性に沿った統治を経ながらも、ゴブリンたちがあまり進化できなかったのは言語を発達させることが出来なかったからだ。

 王族をはじめ、たまにイレギュラー的に知能の高い個体が生まれても、一生のサイクルの早いゴブリンには知識を継承するすべがなかった。

 よって、特に能力の高い個体同士が掛け合わされる王族を除き、高い知能や知識を維持したまま代を重ねるゴブリンはおらず、場当たり的に国の維持に努めてきただけに終わっていた。


 そんなもう何百代目かもわからないゴブリン王、クノロスの耳に入った。



「魔王様が新しい国を建てるから千年王国はもうオワコンだ」



 魔王様が新しい国を建てる?

 どういうことだ。

 いつもは意思の統一すら難しいゴブリンたちが何かに取り憑かれたかのようにやる気に満ち、溌剌とした表情をしている。

 なんだこれは。

 父からも「絶対に馬鹿で愚かな平ゴブリンどもの統率はムリだから適当にいなして次代に繋げ」と言われていたのに。


 千年王国がオワコンだ?

 なにを抜かす。

 魔王だ?

 魔界の奥深くにいてずっと我々になにも手を差し伸べてこなかった魔王が今さら建国だ? 

 騙されてるに違いない。

 誰だ一体、私の愛すべき……いや、愛してはないか。愛しの……いや違うな。従順なる……敬虔な……う~ん、どれでもないな。


 愚かで都合のいい我が国民。


 うむ、これが一番しっくりくるな。

 誰だ一体、私の愚かで都合のいい我が国民たちにデマを吹き込み扇動してるのは。

 この温厚な第何百? 何千? 代目の国王クノロスの目が黒いうちはそんな好き勝手させんぞ!



 数日後。


「ギャッ! ギャギャギャギャギャ!」


 ゴブリンたちは勝利の雄叫びを上げる。

 成し遂げたのだ。初のゴブリン市民によるゴブリン市民のための革命。


『ヤリヤの緑旋風』


 後にそう呼ばれることになるゴブリン革命。

 人知れず人間界の地下に築かれていた巨大なゴブリンたちの国『千年王国』は、人や魔はおろか神さえも知らぬ間に築かれ、繁栄し、そして滅びた。


 国王クノロスは捕らえられ、王女グローバは逃げ延びた。

 王女は誓う。

 自分の代で王国を終らせた魔王への復讐を。

 必ず成し遂げる。

 王国の秘宝『悪鬼滅刃アキメジ』で。

 魔王を殺す。

 魔王を体に宿しているという人間ルードごと──。


 殺す。


 必ず。


 殺す。


 王女はドレスの裾を引きちぎり、泥で体を汚し、時に野豚のふりをしながら追手のゴブリンをやり過ごし、空腹のゴブリンすら食べないような忌まわしき虫を食べ、東へ、東へ、ただ歩を進める。


 殺す。


 その想いだけを胸に抱き。

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