第147話 伝わる熱

 野営地の夜。

 エリー婆ちゃんは馬車の中に。

 その他の乗客と御者は馬車の周りで男女に別れ、転寝うたたねをしている。


 ゴブリンたちが遠巻きに護衛をしてくれてるはずだからそこまで気にする必要もないとは思うけど、そんなこと馬車に乗り合わせたみんなに告げるわけにもいかない(特にゼノスには)。

 ってことで、交代で寝ずの番。

 昨夜うっかり寝落ちしちゃってた僕の番は最初に回された。

 なのでさっさと見張りを終えた僕はぐっすり就寝中。

 まどろみながら、さっきまでやっていた肝試しのことを思い返す。


 まずは絶叫神官ラルクくん&冷静ルゥのコンビ。

 ラルクくんの叫び声に紛れて、僕はヤリヤや赤鬼ズィダオたちと話をつけた。

 ラルクくんは喉が枯れるくらい叫び続けてて僕たちに気づく様子なんて微塵もなかったけど、ルゥはなんだか気づいてるっぽくてその勘のよさに驚きを超えた。

 驚きっていうかむしろちょっとした恐怖だよ。

 透明化した僕を視認できるとかヤバい。

 あとで「見えてた?」って聞いても「そんなわけないじゃないですか」ってはぐらかされたし……。


 次に僕ルード&テスのコンビ。

 色々雑学トークをしながらのんびり歩いていった。

 テスの頭に付けてるお花のピン(実は魔鋭刀)や斜めにかけているカバンに入れてある魔純水エリクサーの残量、テスの知識量や偽モモの状態の確認もしっかり出来て助かった。

 また今後も定期的にこういう時間も取らなきゃだ。

 テスは一番不安定でメンテナンスが必要な体だからね。

 早く魔王にも会わせてあげて魔界に帰さないと。

 途中からヤリヤと、ヤリヤの元に下った赤鬼ズィダオが挨拶に来て、四人で仲良く最終地点までゴール。


 三組目はリサ&セレアナ。

 僕らのパーティーで一番察しがよくて、気も強く、確固たる信念を秘めた二人。

 そんな二人なだけあって何のトラブルもなく完了。

 ただ、帰ってきた直後のリサの顔が少し赤かったのが気になったから聞いてみたら「な、なんでもないわよ……!」と逆に怒られちゃった。

 なんでこっちが怒られなきゃいけないの。


 で、四組目のゼノス&エリー婆ちゃん。

 ゼノスがエリー婆ちゃんに危害を加えないか心配で『透明メデューズ』を使って監視。

 けど、エリー婆ちゃんの方が遥かにゼウスよりうわ手でさ。


「あら、足跡がよっつも並んでるわねぇ。今も私たちの隣に誰かいるのかも」


「ぬわぁぁぁぁ!? そんな気配はないぞ!? この神……か、神と言っても差し支えないワシに気づけぬものなどないのじゃ!」


 と脅かしてみたり。


「幽霊に女が多い理由って知ってます? なんでも男を憎んで死んだから恨みで霊になるらしいですよ?」


「ワ、ワシを恨んで死んだ女なぞ……女なぞ……あっいや、結構いるかも……? って、だからって霊になって出てきたりはせんじゃろ! せんじゃろ……? で、出てきたら即消滅させてやるわい! ふんっ! シュシュシュっ!」


 と煽ってみたり。


「死後の世界ってのも、こんな風に真っ暗な闇の中を進むような感じかもしれないわねぇ」


「しししし、死後なんて知るかぁ~! って言っても、いくらワシでもいつかは死ぬわけで……うぅ……」


 と怖がらせてみたり。


「ゼノスさん、いつも私の悪口ばかり言ってるわりにちゃんと守ってくれてありがとうねぇ」


「ままま、守ってなどおらんわ! 貴様に手を出したら愛しのルードちゅわんに嫌われるから出さんだけじゃ! ルードちゅわんがおらんかったら貴様なぞとっくに消し炭じゃ、クソババア!」


 と持ち上げてみたり。


 まるで遊んでるかのようにゼノスを手玉に取っていた。

 しかも、みんなの元に戻ってくる頃には手なんか繋いじゃってたし。


「ハッ──! ちが……違うからな! これはクソババアが歩くの遅いから……!」


「はいはい、遅くてすみませんでしたね」


「さっさと手を離さんか、ババア!」


「手を握ってるのはあなたですよ?」


「うが~!(手を離す)」


 と、この調子。


「ゼノスさん! 口は悪いけどしっかりエリーさんを守ってくれていたんですね! 何もかもダメダメなゼノスさんでもちゃんと出来ることあるじゃないですか!」


 ラルクくんが相変わらず自身の信仰する頂上神をボロクソにこき下ろす。


「あらぁ~、お似合いじゃありませんこと~?」

「照れちゃっててカワイイ~」

「ゼノス、照れ隠し」


 リサたちからも冷やかしの声。

 ったく、こういう時の女子のとっさの団結力ときたら……。


「ぐわ~~~! 違うと言っとるじゃろうがああああ! 誰がお似合いじゃクソボケが! ワシには運命の相手、ルードちゅわんが……」


 けど、なんだかんだラルクくんの思いつきで始まった肝試しも無事に楽しく終了。

 赤鬼のズィダオっていう職業「案内係」の(多分)オーガ亜種 がヤリヤの配下みたいになっちゃったのがちょっと気になるといえば気になる。


 にしても。


(亜種族多くない?)


 と頭の中のサタンに尋ねる。

 だって僕が人間界に来てから会った相手。


 ダークエルフのディー。

 異世界人のドミー・ボウガン。

 エルフゴブリンのヤリヤ。

 赤鬼のズィダオ。


 う~ん、みんなクセ強。


『そりゃ人間界だからだろ』


(そういうもんなの?)


『もんなの。俺の影響下から離れれば離れるほど、魔物共も俺の監視の目から逃れることになるからな』


(地底にいたローパーとかもそんな感じ?)


『だな。なんだよ守護ローパーとかクイーンローパーとか。そんなの知らねぇって……。勝手に進化してんじゃねぇよまったく。そもそも俺はローパーにテレパス能力なんか……』


(じゃあもしかして、人間界にいる魔物って結構変わったの多いってこと?)


『かもな。俺は人間界のことは全く知らんが、俺の影響下から逃れて人や動物と混じり合った魔物はそれなりにいるだろうな。エルフゴブリンみたいに』


(あとは突然変異とか?)


 ダークエルフとかってたしか突然変異だって昔、本で読んだような。


『だろ~な。特に魔界と人間界を隔てた壁のあたりは魔力の揺らぎが不安定だからな。そういうこともあるだろう』


(へぇ~)


『へぇ~ってお前……。こんなこと俺様と頂上神くらいしか知らんのだぞ……』


 そんなこと言われてもあんまり興味がないんだから仕方ない。


 とにかくこれから壁から離れていく僕たちは、そんな変わった魔物とも出会う確率が減っていくってわけね。

 っていうか人間界でこんなに魔物とエンカウントするほうがおかしい気もするけど。


 まぁいい。

 まず僕のすべきことは、ゼノスとサタンをしばいて鑑定士をコマにしたゲームをやめさせることだ。

 これだ。

 そのために僕はフィードと出会ってゼノスを倒せる力を取り戻す。


 そこに亜種魔物たちはあんまり関わってこないでしょ。

 えっ……こない、よね?


 なんてことを思ってると、リサが僕に抱きついてきた。

 リサの熱が密着する肌から伝わる。

 バンパイアだった頃の彼女の肌はとても冷たかったけど、今のリサの肌はとても人間だ。


(こういうのも、今の僕の体が女の子だから許されてるんだよなぁ……)


「フィード……しゅきぃ……」


 リサの寝言。

 フィードの名前を出さないでほしいなぁと思いつつも、寝言だから仕方ないかなとも思いつつ。

 やっぱリサが好きなのはフィードなんだろうなぁとか。

 せめて夢の中では幸せな気持ちになって欲しいなぁとか。

 そんなことを思いつつ。

 後ろからキュッとささやかに僕の腰を掴んでくるルゥの手のひらの温かさを感じながら。

 もうすぐ明ける空の予感を感じながら。

 僕はうたかたの余眠を味わおうとゆっくりと目を閉じ、まどろんだ。



 そして、僕はまだ知らなかった。

 この時伝わっていた熱は、リサの体温だけではなく──。


「グギャ……グギャギャギャ……」

「オラ、フィード様を護ってフィード・オファリング公国の国民になりたか~!」

「さっさとゼウスとやらをぶっ殺して、誰も行き方を知らねぇエルフ王国に連れてってもらいてぇ」

「ギャギャギャ」

「あ? ゴブリン王が怒ってる? 知るか。ほっとけほっとけ。ずっと俺が村八分されてんのに何もしてくれなかった奴だぞ。そんな老いぼれよりルード様だろ。こっちはこっちで勝手にやるからテメエらは相変わらず日陰でコソコソやっとけって伝えとけ」

「ギャ!」

「ギャギャギャ!」

「戦争? 今までなんもしなかった馬鹿王が今さら支配者気取りかよ。やるなら俺は戦うぜ。お前らはどうだ? 人魔の垣根を超えたフィード・オファリング公国の国民となるか。それともゴブリン王の下僕となって今まで通り誇りも何も無い惨めで薄汚いゴブリンとして生涯を終えるか」

「ギッ!」

「ギギっ!」

「ギギャ!」

「そうか、わかった。なら、か? お前らのその覚悟」

「ギャ!」

「ギャ!」

「ギャ!」

「よ~し、なら契約だ! お前らは命をかけてルード様とその一行を守る! 対価はフィード・オファリング公国の正式な国民だ! 覚悟のあるやつだけ並べ!」

「ギャ!」

「オ、オラも! オラもルード様のために命をかけるばい!」



 ヤリヤを通して、多くのゴブリンにも伝わっていたということに。


 しかも、という形をとって。


 それもというヤリヤがスキルで作り出した邪神を媒介して。

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