第143話 守れ、馬車
ベン・ウルフ。
冒険者時代に何度か対峙したことがある。
僕は最後尾から見てるだけだったけど、ダンスキーたちもかなり苦戦させられた相手。
今の僕たちならなんてことない相手だろうけど、今はゼノスに正体を気づかれないように戦わないとだ。
それに崖の上のゴブリンの集団。
ヤリヤが指揮をとってるから大丈夫なはず……だよね?
いつか「エルフの王国にヤリヤを連れていく」という契約をヤリヤの生み出した謎邪神ミスト神と契約を交わしたんだから、僕らに手出しはしてこないはず……だよね?
とにかく今の一番の危機はベン・ウルフだ。
僕は素早く指示を出す。
「セレアナはテスを守って。それから乗り合ってるお客さんたちも守ってね。決して(魔物化したりして)
「わかったわぁ」
「吾輩、無力な人間の少女。凡庸な身体能力な人間の女性セレアナに大人しく守れられる」
テスがやけに説明ゼリフなことが気になるけど、とにかく意図は伝わってくれたようでよかった。
正体を隠して危機を乗り切る。
それが僕らに課されたミッション。
続けて指示を出す。
「ラルクくんは真ん中で回復に努めて! 特に馬と御者が怪我したら即回復よろしく! 足止めされたら第二波、第三波が来る可能性がある!」
「わ、わかりました!」
「リサとルゥは僕と一緒に前線で狼たちを蹴散らす!」
「わかったわ!」
「了解です!」
二人がディーから譲ってもらったマジックアイテムを構える。
リサは『
ルゥは『
二人とも上位種の魔物から人間になってステータスは激減したけど、それでも並の冒険者よりは圧倒的に高いステータス。
しかもあの地下ダンジョンを共に生き抜いてきてコンビネーションにも問題はない。
そして僕もマジックアイテム『
鞭。
これまで短刀ばかり使ってきた僕だけど、魔鋭刀は今テスの髪飾りになっている。
ゼノスの目の前で使うわけにはいかない。
なんてったって原材料は魔王の爪なんだ。
ってことでディーから譲ってもらったこの鞭で戦う。
「どけどけどけぇ~い! こんな雑魚ども、ワシがまとめてぶっ潰してやるわぁ!」
あぁ……意図的に考えないようにしてたこの
ゼノス。
優男風の風体なのに腕まくりしてやる気満々。
僕こと(自分で言うのもなんだけど)美少女ルードにいいとこ見せようと張り切ってるのがありありと伝わってくる。
うわぁ~、めんどくさいなぁ~……。
僕がこんなに自分でも鏡を見るたびに見とれちゃうほどの美少女じゃなかったらこんなに面倒くさくなかったのかな……。
いや、でもそれだとゼウスを地上に引き付けて置けなくて連れ去られた天界のフィードがアウトだし。
っていうかフィードの奴ほんとに大丈夫かな?
『
なんて思ってると、馬車に乗り合ってた上品なお婆ちゃんがゼノスを煽る。
「あら、あなたにそんなことが出来るようには見えませんけど?」
「なにぃ? このクソババア、言うに事欠いてこの全知全能の頂上神……」
えっ、この馬鹿神、煽られて自分の正体バラしかけてるんだけど!
「こ、こほんっ! 僕、あんまり思い上がった男の人は嫌いなんだよね。あとやっぱ将来を考えるなら人間の異性とって思ってるし。謙虚な人間の異性がいいな~」
ここで「自分は頂上神ゼウスだ」なんて言われたら騒ぎが大きくなること間違いなし。
僕らの役目は波風起こさず、僕らの貞操も守りつつ、ゼウスを地上に引き止めておくこと。
だからそうならないようにさり気なく誘導……しようと思ったんだけど、ちょっと強引すぎたか?
「全知全能の頂上神……頂上神ゼウスに名前が似てるワシ……ことゼノスが、わりと手ごわそうな……狼……狼様……と、クソ雑魚ゴブリン……いや、違うな謙虚に謙虚に……え~っと……おゴブリンさん? を一網打尽……いや、一匹ずつ丁寧かつ愛に満ちた御臨終をお約束し……って、えぇい! めんどくさい! まとめてかかってこんかい、雑魚魔物共がぁ!」
謙虚さを装うことに挫折したゼノスが、儚げな見た目と全くそぐわないセリフを吐きつつマジックアイテム『
「ぐるるるる……!」
本能的にゼノスが強敵であること、そして本能的に拒絶してしまう神的存在であることを察知したベン・ウルフたちが低く構え、唸り声を上げる。
「よ~し、久しぶりの喧嘩じゃ! ここは思いっきり……『
あのクソ神、もしかして思いっきりスキルぶっぱなそうとしてない!?
こっちまで影響出そうじゃん!
僕の中の魔神とかセレアナとかテスとか!
「ゼ、ゼノス!
ピクリ。
僕の声に反応したゼノスが「
パァン!
弾けるベン・ウルフの頭。
うぇぇ、えげつない……。
僕の中の魔神も反応しないから神的な何かしらは発してないっぽい。
つまり素殴り。
装備した『
腐っても神。
「どわ~はっはっ! こんなもんなんぼでも……」
ガブッ、ガブガブガブブガブッ!
ベン・ウルフの判断力、連携力は高い。
これまでも強大な力をもつ相手も仕留めてきたのだろう、そう思わせる連携力を発揮して一斉にゼノスに噛みつく。
「うわぁぁぁ、ゼノスさんっ! 死ぬ! 死んじゃう!
僕らの中で唯一ゼノスの正体を知らないラルクくんが必死に回復魔法をかける。
「あらあら、大丈夫かしら、あの方」
上品な老婆も危機感のない感じで心配する。
「危ないですから下がっててください! リサ、ルゥ、今のうちに!」
「うん!」
「はい!」
リサが『
元ゴーゴンのルゥも石の扱いには慣れているようで、軽石で出来たロッド『
リサの武器には「刺突+」効果が、ルゥの武器には「行動阻害+」が付与されている。
どちらも二人の性質と上手く噛み合っているようでルゥがタンク、リサがアタッカーのような役割を取っている。
なら僕は──。
【
【
久しぶりの組み合わせのスキルを発動し──。
ヒュン──っ!
マジックアイテム『
薔薇の茎のようにたくさんのトゲの付いた鞭は風切音を残し離れた場所にいるウルフを切り裂く。
付与されてる効果「器用さ+」のおかげか思ったよりもきれいに的中。
中衛として、二人が取りこぼしそうな敵を排除していく。
「あらぁ、お嬢ちゃんたちすごいのねぇ! まるで一流の冒険者さんたちみたい!」
「ぶるわぁぁぁぁぁぁ! ワシ! 主役はワシじゃ! ワシを見んか~~~い!」
体中をベン・ウルフに噛みつかれたままブンブンと腕を振ってデタラメに戦うゼノスが抗議の声を上げる。
「わ~、ゼノスさん! そんな動かないでください! 血が吹き出してます!」
「まぁ、あの方はずいぶんと野蛮ねぇ」
「誰が野蛮じゃ、クソババア!」
「だからジッとしててくださいってば~!」
そういえばラルクくん用に貰ってた『
そして、それに反比例してラルクくんの魔力はガンガン減っていく。
そんなこんなでベン・ウルフの数をどうにか半分くらい減らした時。
崖の上のゴブリンたちが動いた。
ボロボロの弓矢や投石で後方の狼たちを叩き潰す。
そして、僕らと睨み合う。
にわかに走る緊迫感。
ゴブリンたちはヤリヤの指揮のもと、明らかに組織化されてるし高所を取られてる。
もし攻めてこられたら……。
と思ってると、アホのゼノスが突進しだした。
「よっしゃ、次はあの薄汚いゴブリン共を殲滅じゃ~い!」
「あ~! だからそんな無茶しないでくださいって~!」
魔力を消費しすぎてげっそりしてるラルクくんが叫ぶ。
あぁ~、僕と契約を交わしたヤリヤと頂上神ゼノス。
揉めたら絶対面倒だって!
ここは、僕が解消しないと!
「ゴブリンよ! 僕たちは今、獲物の素材を剥ぎ取る装備も運搬する手段もない! よってこの狼達には手を付けない! これはキミたちの獲物だ、揉める気は一切ない! だからこのまま通してくれれば、僕たちもそちらに手出しはしない! これは
一瞬緊迫した間が漂った後、ヤリヤが「ギィ」と鳴くとゴブリンたちは崖の上から姿を消した。
ホッ、どうにかちゃんと伝わってくれたみたい。
「チッ、暴れ足りんのぅ!」
「何言ってるんですか! 安全が第一ですよ!」
「そうですよ。戦いとは己がスッキリするためにするのではなく、社会を維持するために行うものです」
「うっせ! うっせ! ば~か! ワシらが戦っとった時に後ろに隠れてただけのクソババアが偉そうに!」
「あら、私が隠れてただけだとでも?」
「違うとでも言うのかよ、このクソババ……」
老婆がゼノスに向かって人差し指を向けると。
パシュン──!
「……は?」
ゼノスの顔の横を何かがすごい速さで飛んでいき──。
「ギャンっ!」
隠れて一矢報いようと潜んでいたベン・ウルフの頭を吹っ飛ばした。
「やった、当たった♡」
いやいやいや……当たった♡ って……。
え? おばあちゃん?
あなた一体……?
「ワ……ワシに当たったらどうするんじゃクソババア~!」
「まぁ、あんなに血気盛んだったのに驚いちゃったの? ごめんなさいねぇ、まさかこれくらいで驚くだなんて思わなくて」
「ババア~! 貴様~! 一体誰に対して口を聞いておると……」
「あら、どなたなのかしら?」
「だから頂上……」
「頂上?」
チラリとゼノスがこちらを見る。
「うっ……ちょ、頂上を目指すものじゃ!」
「あらまぁ、心意気だけは一人前なのねぇ」
「ぐあ~! ワシは全てにおいて百人前じゃ~~~!」
「あらあら、それはすごいわねぇ」
「がぁ~! 人をホラ吹きの子供みたいな扱いするな~!」
う~ん、このおばあちゃんとゼウス。
なんか。
もしかして。
いい感じ、なのでは?
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