第142話 婆&爺

 ザガの村を出た僕ら。

 ザガは中間地点ということもあって北へ行く人、南へ行く人、それから新たに乗り込んでくる人と、乗合馬車に乗り込む面子も少し変わっていた。


「あらあらあら、可愛らしいお嬢さんたちねぇ」


 そう声をかけてきたのはどことなく気品漂う年配の女性。

 

「おねえさまもお素敵ですわ」


 意外にもリサが上品に返答。


「まぁ、ありがと。こんなきれいな子に褒められたら若返っちゃいそう」


 人当たりのいい婦人だ。

 なんだかこちらまで楽しくなっちゃうような楽しそうな喋り方。

 服装も一つ一つはよく見ればそこそこな値段がしそうだけど、全体で見ると鼻につかない絶妙なバランス。

 表情も柔和。

 姿勢もこちらが緊張しすぎない程度にシャンとしてる。


 そして、その婦人とやはり自然に話せてるリサもすごい。

 いつものわがまま少女な一面は失せ、僕の見たことのないピンと背筋を伸ばしたよそ行きの顔をしている。


(忘れてたけど……魔界を二分するマフィアの一人娘、だもんなぁ)


 きっと社交界みたいなのにも行ってたんだろうな。

 社交界かぁ。

 僕みたいな庶民には一生縁がないところ。

 どんなところかすら想像つかない。

 踊るの? ご飯食べるの?


 ──リサとルゥ。

 共に死地を超えてきて絆で結ばれてると思ってた。

 んだけど、まだまだ知らないこと……多いなぁ。


「おい、ババア! ワシのルードちゅわぁんに、なぁ~にを気安く話しかけとるんじゃい! 男だったらプレスにしとるぞ、ワレェ!」


 ゼノス。

 あぁ、ゼノス。

 死んでくれ、ゼノス。

 見ず知らずの温厚なおばあちゃんに喧嘩売るとか最低だよ、あんた。


「ゼノスさん! ダメですよ、そんなこと言っちゃ!」

「すみません、この人ちょっと残念な人なんです」


「あらあら、神官様に可愛らしいお嬢さん、心配してくれてありがとうね。でも私はこんなの慣れっこだからなんともないよ」


 おばあちゃん~、どこまで温厚なんだ、あなたは~。

 まったくゼノスにもこのおばあちゃんの爪の垢を煎じて飲ませたいよ。


「なぁ~にいっちょ前に聞いてないアピールしとんじゃクソババア!」


 止まることのないゼノスの暴言。

 っていうか人のことババア呼ばわりしてるけど、お前の中身もジジイでしょ。

 指摘したら僕の正体がアベルで鑑定士だってバレちゃうからしないけど。


「だからダメですよ! まったく……我が星光聖教スターライトせいきょうに入信さえすればすぐに性根を叩き直せると思うのですが……」


 うん、入信どころか頂上神なんだ、その人。

 もうこの旅において何度目になるかもわからないツッコミを心の中で入れた時、馬車がガゴンっと揺れた。


「大丈夫ですか?」


 すかさず老婆を支える。


「ありがとね。すごいべっぴんさんなのにえらいねぇ。あらまぁ、あなたよく見たら私のおばちゃんによく似てるわねぇ。きっと将来もっと美人さんになるわよ、うふふ」


「そ、そうですか、どうも……」


 どこまでもマイペースな人だな。


「まぁ、これじゃまるで私が美人って言ってるみたいになるじゃない。そうじゃないのよ、あなたはきっとこの国で一番の美女になるに違いないわ。ええ、きっと。うふふふ」


 チャーミングなおばあちゃん。

 そんな彼女の笑い声をかき消すように御者の声が聞こえてきた。


「ベン・ウルフです! そ、それに……ゴブリンも! それもたくさんです!」


 ベン・ウルフ?

 それに、ゴブリン?


「ちょっと待っててくださいね」


 おばあちゃんにそう声をかけて、トトトっと後ろに移動する。

 すると目に映ったのは残忍なウルフ種、ベン・ウルフと……。


 ヤリヤ率いるゴブリン軍団、だった。

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