第141話 朝食脳内会議

 メルセルティス大陸の北と南の端には寒冷地が広がる。

 中央部は北や南と比べ温暖な気候が保たれている。

 が、そこはレスティア山脈によってハッキリと砂漠と緑地に分断されている。

 その緑地の部分のほとんどを占めるイレーム王国のちょうど真ん中。

 西のメダニアと東のイシュタムを繋ぐ宿場町ザガの町。

 そのザガの町の収入は、行き交う旅人の落とす宿代や飯代。

 とはいえ小さな村。

 宿、飯屋、ともに町には一軒ずつのみ。


 そこに僕たちみたいな七人連れパーティーなんかが訪れちゃった日には、こうして宿屋はパンク状態、飯屋はフル回転ってな感じなわけなのです。


「おおっ! 無事でしたか!」


 朝の準備に追われる宿屋の主人が意外だとばかりに声を上げる。

 ちょっと、いや結構無責任。

 そんな主人にも僕は物腰柔らかく対応。


「全然大丈夫でしたよ。たぶん、んじゃないですかね? 僕たち女性たちだけでも何もなかったですし」


「へぇ、それだと助かるんですが……。なにしろ小さな町でしょ? ゴブリンの完全な駆除までは手が回らなかったもんで」


「はぁ、そういえば黒騎士さんは?」


 悪魔がなりすましてるというイシュタム王国三騎士のうちの一人、黒騎士ブランディア・ノクワール。

 昨日は見損ねたけど、どうせならステータスを見ておきたい気もする。

 なにかよくなさそうなスキルだったらここで奪っちゃってもいいし。

 ストックも三つばかり貯まってるのでいけるはず。

  

「ついさっき出られましたよ。一足違いでしたね」


「そうなんですね」


 う~ん、残念。

 まぁいいや、別に今は直接関係ないし。

 それよりも面倒なのは。


「おぉ! 会いたかったよ、ルードちゅわ~ん! ゴブリンが出ると聞いて心配しておったが無事でよかったぞい!」


 見た目は儚げな文学青年といった感じ。

 なのに、喋りが完全にジジイ。

 しかもとてつもない脳筋。

 その名もゼノス。

 正体は頂上神ゼウス。


 ただ、見た目だけならたしかに優れてる。

 青の長髪でどこか物憂げさを感じさせる造形をしている。

 もし中身が見た目通りの好青年だったら、毎日女の子に告白されてそうなイケメン──なんだけど……。


「ゲホッゲホぉ~! ごほんっ! かぁ~っ、ぺっ!」


 最悪である。

 おっさんの嫌なところを煮詰めてギュッと濃縮したような存在。

 それがゼウスことゼノン。


「ゼノスさん、おはようございます。ゴブリンは出ませんでしたよ、うふふ」

「このおっさんホント毎日寝坊してるわよね。どんだけ朝苦手なのよ」

「というより夜が苦手、たぶん」

「あ~ら、やっぱり……」

「カリスマっ! カリスマ溢れる男は毎日が充実してるから眠りが深いんですね!」


(ちょっとセレアナ! 今「神」って言いかけたでしょ!?)


(言いかけてませんわぁ。ただ魔物は夜の生き物、神は昼の生き物ってのは常識ですわぁ)


(常識でも怪しまれること言うのやめて! ここまでゼノスが色ボケてたおかげでどうにか過ごせてこれたんだからさ!)


(うむ、正気に戻るキッカケを与えない方がいい)


(もとはと言えばテスがアシストしたみたいな感じだからね!?)


(ルード、吾輩は素直に謝る。ごめんちゃい)


(ごめんちゃいじゃないから! 元の大悪魔の姿知ってるから全然萌えられないから!)


「なぁ~にをごちゃごちゃ話しとるんじゃ? 女子会か? これが噂に名高い女子会ってやつか? んん~?」


 UZZAうっざ

 僕の体が女の子なこともあってこういうのゾワゾワしちゃう!

 ほんとムリ!

 男の体の時はわかんなかったけど、なんていうかこの無自覚な無神経さがマジむり!

 ぞわわわ~ッ!

 リアル鳥肌。


「あっ、みなさん! それより朝ご飯食べませんか!? 部屋はなかったけど、食事は全員分用意してくださってるそうですよ!」


 いい意味でも空気が読めないラルクくん。

 サンキュー、ラルクくん。


「はいはい、出来てますよ。あちらの食堂にご用意させていただいてますからね」


 宿屋の主人の指した向かいの食堂──もとい年季の入った酒場。

 そちらで僕たちはデユ鳥のゆで卵とギム小麦パン、イジャモガスープで贅沢ではないけど充分満足いく朝食をパクリ。


 途中でふと頭に浮かんだ疑問をサタンに尋ねてみる。


(そういやサタン、ヤリヤがミスト神を出した時に一言も話さなかったけど大丈夫? あれって神なの?)


 ミスト神。

 司法書士ゴブリンのヤリヤが創造したらしいスキルによって現れた自称神 (どう見ても邪神にしか見えない。めっちゃ胡散臭くて怪しい)。

 あれは魔神や神の目からはどう見えてたんだろう。


『は? 俺様はあのまがい物の気配をゼウスのゴミ野郎に気取られないように調整してて必死よ。話してなんかられるか』


(調整?)


『腐っても神だからな。俺様だってゼウスに気づかれないように日頃から気配を遮断したり色々やってんだぜ』


(へぇ、だから気づかれてないのか)


『あと神は夜に弱いからな。お前の手下どもが言ってたように夜は「魔」の領域だ。あの老いぼれは特に夜に弱いんだろう。ワイバーン襲撃の時すら起きてこなかったからな』


(そういうもんなの?)


『もんだ。天上界ってのは一年中ずっと昼間だからな。夜自体が恐怖さ、あいつらにとってはな』


(でも魔物は昼間平気じゃない?)


『別に平気ってわけじゃねぇよ。魔界って天気悪いだろ。昼間もそんな明るくねぇんだよ』


(言われてみれば……。でもセレアナとかテスとかこっちでも平気だよ?)


『人化してるからな。あとちゃんとステータス見てやれ。向こうにいた時より弱体化してるはずだ』


(あ、ほんとだ)


『それは魔神 (仮)のお前もそうなんだぜ?』


(だからステータス安定しなかったのか。借りてる蜘蛛さんの体が不安定なのかと思ってた)


『それもある。ってかお前の事情複雑すぎんだよ。俺様も見えないところで色々裏から支えてやってんだぜ?』


(へぇ? それはありがとう?)


『ってことでゼウスと事を起こすなら夜一択だ。昼間に絶対揉め事を起こすな。わかったな』


(りょ~かい)


 軽いノリでサタンから結構重要っぽいことを聞いたあと、今日の『一日一念ワールド・トーク』タイム。

 今日もパルに念を送る。

 返事が返ってこないから心配な旨を伝える。

 なにもなければいいけど……。


 そんなこんなで僕たちのザガ村での一泊は、黒騎士ブランディア・ノクワール (悪魔)と司法書士ゴブリンのヤリヤ (邪神持ち、エルフとのミックスゴブリン、契約使い、スキル創造出来る)というなんだかややこしそうな二人と出会ってすぐ別れて発つことになったのです。

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