第140話 邪神契約

「さて、さっそくだけど時間がない」


 メガネをかけて変なワンピースを着た人語を操る司法書士ゴブリン「ヤリヤ」。

 妙に語気の強い彼に対し、僕は策をろうさず素直に事情を話すことにした。


「そっちの事情なんか知るかよ」


「でも僕はキミの事情を知りたい」


「は? 時間がないっつってるのに俺の事情?」


「うん、時間がないからこそだよ」


「ちょっとルード? そんなゴブリンのことなんかどうでもいいじゃない! それより私達の……」


 リサの言葉を笑顔で制止する。


「いいんだ。多分、これが一番近道だよ。僕たちが上手くいくためのね」


「それも……スキルの効果?」


 僕はゆっくりと首をふる。


「ううん、『狡猾モア・カニング』は使ってない。あれは使いすぎると僕の人格自体に影響を及ぼすからね。これは僕自身の判断だ」


 まだ不安そうな表情を浮かべてるリサに言葉を続ける。


「大丈夫。リサとルゥ、それにテスのことは僕が守るよ。絶対に。安心して?」


「ムッ、私は自分の意思で着いてきたの。いつまでも守られるばっかじゃないんだからね。わかったからこの時間がもったいないから早く話を進めて」


「ありがとうリサ」


「ふんっ」


 素直じゃないリサを横目に、僕は言われた通り話を進めることにする。


「で……なんでキミだけ言葉が喋れるの!? エルフゴブリンって何!? そのミスラ神って何!? どんなスキルなの!? その服は!? メガネかけてるゴブリンって珍しいけどどうしたの!? あと、なんでキミはここに来ることになったの!? 誰かに言われて来た!?」


「ちょっ、おま……そんな一気に……! っていうかなんで俺のスキルまで……!」


「僕は鑑定士、キミを視た。そして、別のスキルによってキミが外にいるゴブリンたちをどうにかできることも知ってる」


「鑑定士……そしてスキル複数持ちだと……? お前、ただの人間の女じゃないな?」


「そう、今の僕は人間じゃないんだ、残念ながら」


「はぁ? じゃあなんだってんだよ?」


「魔神 (かっこかり)」


「は?」


「魔神 (かっこかり)だよ」


「いや、言ってる意味が……」


「サタン、一瞬姿を見せてあげて」


 僕が口を開けると、黒い塊が喉の奥から出てきて歯の裏にとどまる。


「なんだってんだよ、出たら俺の体崩壊するって言ってんだろ」


「出てこないとヤリヤが納得しなくて、ゴブリンたちが引かなくて、この状態がゼノスに見つかって、僕やキミの正体もバレてみ~んな死んじゃうわけだけど」


「チッ、わかったよ……! ったく、魔神使いの荒いやつだな!」


 文句を言いながら黒い塊は蠅の悪魔──ベルゼブブへと姿を変えて口から飛び立ち、ヤリヤの周りをブ~ンと回る。


「ヒッ……!」


 さすがに威勢のいいヤリヤも魔神のオーラを感じ取って腰を抜かす。


「ありがと」


「くそっ、もうこんなくだらんことに二度と俺様を使うなよ」


「まぁまぁ、共存共生ってことで」


 小さく口を開けると、蠅サタンはスポっと中に入って小さくため息を付いた。


「ってことで魔神と魔神の宿る僕と仲間たちは、急いでこの状態を解消しないと神ゼウスに見つかって全滅エンドになっちゃうってわけ」


「……は? 今度は神だ? しかも何? ゼウス? 頂上神の? 神のトップの?」


「そう。旅してるんだよね、今」


「た、旅……? 頂上神と旅する魔神様って……なんだそれ……?」


「やっと話を聞いてくれそうになったね」


 僕は、腰を抜かしたまま口まで床につかんばかりにあんぐりと大口開けているヤリヤに、にっこりと笑いかけた。



「つまり、キミはエルフとゴブリンの間に生まれたミックスで、普段はゴブリンたちからひどい扱いを受けてるわけだ」


「ああ。で、こんな時だけ人語がわかる俺が担ぎ上げられたってわけよ。なんでもお前……いや、ルード様たちのお声をもっと解析度高く理解したいらしい」


 迫害されていたエルフゴブリンのヤリヤは、自分の身を守るためにスキルを生み出した。

「ミスト神」という架空の神へと誓いを立てさせる契約のスキル『ミスラ神絶対契約』。

 それを使って苛烈なゴブリン社会をどうにか生き延びてきたらしい。

 そう、彼はなんと「」というとんでもないぶっ壊れチートスキルを備えたゴブリンだったのだ。

 といっても今までに創造したスキルは自身の『ミスラ神絶対契約』だけ。

 ちなみに「司法書士」は法とかいうものを取りまとめたりする職業らしい。

 う~ん? 法とかよくわかんないな。


「解析度……って言われてもさ、僕何言ったか覚えてないんだよね。寝ぼけてたから」


「じゃあ新たに命令を上書きすればいい」


「いいのかな?」


「いいさ。ゴブリン共は今みんな創造主たるルード様に会って感動してるんだ。むしろ早くなにかハッキリと役割を与えてやらなきゃ興奮して暴走すらしかねんぞ」


 メガネをクイっ。

 壊れかけてるからなのか、自作したらしいメガネを頻繁にかけ直すヤリヤ。


「う~ん、じゃあ伝えてくれる?」


「ああ、いいぞ」


「じゃあまず、人を襲わないこと」


「厳しいな。ゴブリンは人を殺し犯すために生まれてきた種族だ。それを襲うなって急に言われてもな」


「そうかな? 変われると思うけど」


 魔界で見てきたたくさんの魔物たち。

 みんな成長し、変化し、どんどん変わっていった。

 狼男のウェルリン、オークのオルク、そしてリサやルゥ、テスも。

 変われるはず。

 僕はそれを知っている。


「私が思うに」


 リサが言葉を挟む。


「なにか目的があれば変われると思うんだけど」


「一番わかりやすいとこだと『ご褒美』があるといいかもですね!」


 ルゥがすかさずサポート。


「うむ、得があるのであれば従いやすい」


 テスも同意。


「でもご褒美ってなんだろ?」


「ゴブリンだからやっぱ生きた人間じゃねぇか?」


「いや、それはダメだ」


「じゃあどうすんだよ」


「そんなの決まってますわぁ!」


 セレアナが自信満満に言い切る。


「言うことを聞いたゴブリンは『フィード・オファリング公国』の国民として国王フィードに仕えることを許しますわぁ!」


「ちょ……セレアナ何言って……」


「フィード・オファリング公国! 国があるのか! 人間界に!?」


「人間界と魔界を股にかけてですわぁ! 英雄フィードは人や魔といったものを超越した高みに位置する存在なのですわぁ!」


「なるほど、そいつはすげぇ! 国民……洞穴で人間からは害虫扱いされて忌み嫌われてきた俺たちが国民か……。しかも魔神様直属の」


「いや、僕は国を作るなんて……」


「そうと決まれば膳は急げですわぁ! さっそく外にいるゴブリンたちに伝えてくるべきですわ、司法書士ヤリヤ!」


「わかった! だが俺には俺の流儀があるわけでさぁ……。いくら国王といえどそれには従ってもらいますぜ?」


「いや、だから僕は国王じゃ……」



 【ミスラ神絶対契約】



 ヤリヤがスキルを発動すると地面に紫の渦が現れ、その中から紙面と禍々しいペンを持ったどう見ても悪魔にしか見えないゴブリンが出てきた。

 目を閉じた女性のゴブリン。

 一応神っぽく白いローブと月桂冠を身に着けてはいるけど異教感──というか邪教感がすごい。


(え? スキルで生き物? が出てくるってどういうこと……?)


 ヤリヤはその邪神風ゴブリンからペンと紙を受け取ると、なにやら書き込みながら早口でまくしたてる。


「契約内容! 俺が今から秒でゴブリンをこの場から撤収させる! で、その対価は──」


 た、対価……?


「俺を捨てた母親──エルフの王国へと連れて行くこと! いいな!?」


 エルフの国……?

 そこって人が誰もたどり着いたことがないっていう秘境なんじゃ……。

 戸惑う僕をみんなが急かす。


「ルード、時間ないわよ!」

「いいんじゃないですか? 別に時間の指定もないですし」

「エルフの国、吾輩も行ってみたい……」

「ってことで契約成立ですわ~」


「えぇ……? みんなそんな勝手に……」


「ルード! ほんとに時間ないって!」

「このままじゃゼウスに見つかって全滅です」

「フィードだったらもうサインしてる」

「英雄ルード? いまさら約束の一つや二つ増えたところで変わりないんじゃありませんこと?」


「う……たしかに……。あぁ、もう仕方ない! 行く行く! 連れて行くよ! ただし、ゼウス関連のゴタゴタが全部片付いてからね!」


 僕が紙に署名 (「アベル」の名前で署名した。だって今の僕の魂はアベルだからね。今後フィードと一体化したりしたらどうなるかわからないけど……)すると、ペンを持った右手から茨がバキバキと生えてきて怪しく輝いた後、邪神メスゴブリンが僕に投げキッスをしながら紫の渦の中に消えていった。


「よしっ! これで交渉成立だ! 言っとくが誓約は絶対だからな! ってことで俺をそのうちエルフの国へと連れてってくれよ、王様!」


「いや、だから僕は王様なんかじゃ……。っていうかどうやってキミに連絡したら……」


 僕の言葉を聞き終わる前にヤリヤは表に飛び出すと短く「ギャッ!」と鳴いたと思ったら次の瞬間、綺麗さっぱり消え去っていた。もちろん、ヤリヤも。


 えぇぇ……?

 なんかいきなり邪神と契約とかさせられちゃったんだけど……?

 大丈夫なの、僕……?

 まぁ、ゴブリンたちがいなくなってくれたのはよかったけどさ……。


 たぶん複雑な表情をしてであろう僕はみんなと顔を見合わせる。



「ラルクです! 入っていいですか!?」


 びくぅ!


 表から聞こえてくるラルクくんの声に心臓が「どくんっ!」する。


 えっ、タイミング的にギリっていうかギリアウト……?

 だ、大丈夫……?

 律儀に入っていいか表で声を掛けてるお人好し神官ラルクくんに恐る恐る聞いてみる。


「あの…………見た?」


「へ? 見たってなにをですか?」


「あ、うん! いい、いいから! 見てないならオッケー! セェーフ!」


「セ、セーフ……? 中ではそんなにアウトなことが……? ごくり……」


「神官ラルクぅ? 聖職者が淫らな想像をしていいのかしらぁ?」


「ハッ──違います! してないです! 誓ってしてないです! 神に誓って! ほんと! 信じてください、セレアナさん!」


 いや、ラルクくん? キミの誓う神は今、宿屋で惰眠を貪ってるだろうし、そもそも神──しかも得体の知れない謎邪神に本当に今誓っちゃったのは僕の方なんだよね……。


 と、胸に一抹の不安を抱いたまま、僕らは「?」顔のラルクくんに手伝ってもらって(朝までは)グッドキャンプだった野営地を片付けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る