第132話 第三門「暁天門」
天界の治安が乱れてる。
最近囁かれてる。
「権天使のゴリエルが不良になった」って。
なんせ毎夜毎晩天界に響くドッゥン──────ゥ! の音。
そのたびに天使が死んで、雲造の建物が破壊される。
まちがいなくスキル『
そしてそのスキルの使い手、ゴリエルが数日前から行方をくらましている。
ほぼ間違いなくゴリエルの犯行。
なぜかはわからないが方々で天使を殺しまくっているのだ、ゴリエルは。
そう、これは連続殺天使事件。
それも天界の治安を司る役職ばかりが消されていく。
こんなことは今までなかった。
最高神のゼウスも人間界に行ったっきりで全く戻ってきやしない。
治安。
これまで乱されたことのない──あ、いや一度だけ鑑定士だかなんだかが攻め込んできたことがあったらしいが、それ以来の治安の乱れっぷりを見せている天界。
いつもは倦怠と安寧を貪っている天界の住人たちも落ち着かない。
ギュゥイィィィィィィィン──!
あっ、ほらまた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
誰か死んだっぽい。
断末魔が聞こえたからって飛び出して行こうだなんて思わない。
天使は数は多けれど、戦闘スキルなんていう野蛮なものを有しているのは一部の者だけ。
その一部に任せておけばよい。
と言っても、その戦闘スキルを有した一部の者がどんどん減っていってるのが問題なのだが。
せめて最強の権天使、泣き虫カミルさえいれば任せててよかっただろうに。
どれくらい前からか。地上に行ったきり帰ってこないから、カミル。
そういえばゴリエルといつもつるんでた二人。
合わせて三馬鹿。ゴリエル、スネファス、ノビリスの三人。
そのうちの一人、ノビリスの姿も見えない。
スネファスの姿だけは最近も目撃されているが、それもそのうち見なくなった。
なにやら怯えてる様子だったらしい。
ってなわけで情報も不足。
なにが不服でゴリエルが暴れてるのか。
ノビリスはどこに行ったのか。
まぁ正直どうでもいい。
天使なんか数が多すぎるから多少減ったほうがいいと思うから。
それに、死んでるのは戦闘に携わる権天使ばかり。
戦いすらずっと起きてないのに威張り散らしてる権天使にもムカついてたし、いい気味だと思わないこともない。
ちょっと胸がスッとしてる部分すらある。
とりあえず一般天使には被ほとんど害が及んでないわけで。
ってことで元々アンチ権天使だった連中の中には、不良ゴリエルを応援してる者すらいる。
色ボケジジイゼウスのいぬ間にゴリゴリと数を減らしていく脳筋馬鹿権天使ども。
ある意味クーデターでもあるわけだが、刺激のなさすぎる毎日を送っていた天使たちにとってこれはここ数百年だか数千年ぶりに訪れた恰好のエンターテイメントであった。
どうせゼウスが帰ってくるまでの間の話なのだ。
この程度で天界がどうなるとかありえない話なのだ。
その程度の認識だった。
この時は、まだ。
そんな風に一般天使たちがクーデターをエンタメとして消費してる一方、肝を冷やしてるのは天界の治安を任された権天使勢である。
「ゴリエル、東に移動してきてるって……」
「東……って、もしかしたらここにも……」
「死んじゃう? ぼくちん死んじゃうの?」
「天使って死んだらどうなるんだ?」
「地獄に落ちるとか?」
「いや~、どうだろ?」
「天使はね~、死んだら地上のお花になるんだよ~、うふふ」
「今から死んだあとのこと考えるやつがいるか!」
「そうそう! 俺らが考えるべきなのはゴリエルとどう戦うか、それだけだ!」
「ふぇ……ほんとにぃ?」
「いや、もう一個選択肢があることはあるが……」
「逃げる……とか?」
「いやいや、いくらなんでも我ら天界の治安を維持せし第三門の守護者たちが尻尾巻いて逃げ出したとなれば一族きっての大うつけ者と罵られようぞ」
「う~ん、そりゃそうかぁ……」
天界の治安を守る権天使寄り合い。
位置にして僻地の街メダニアと王都イシュタムのちょうど中間。小さな村のザガ。その上空に位置する東の第三門『
その守護を任されている天使たちはすでに及び腰。
というのも戦力というのはたいてい外部からの侵入を想定して第一門に集中させるものだ。
つまり内側、彼らがいる第三門にはコネで就いたような戦力の低い権天使しか存在していない。
正直、みな戦闘能力は権天使へと昇格を果たしたばかりのゴリエルよりも低い。
数こそ一番多い。けど、戦闘力は低い。
天界の腐敗の表れと言ってもいい集団。
一般天使に対してえばりちらすだけの存在。
それが、東の第三門『
「ぼ、ぼくちん無理なんで
お坊ちゃま然とした権天使のこの言葉が皮切りだった。
「おい、ズル……じゃねぇ、ちゃんと話し合いをしてからだな……! あぁもう! 俺、あのボケを捕まえてくる! みんな待ってろ!」
寄り合い所の造りは無骨だ。
雲で作った机と椅子があるだけ。
けど、そのわりに実は椅子はふかふか仕様。
そんな椅子にずり落ちそうなほど深くもたれかかった一同に疑惑の沈黙が流れる。
「………………」
「もしかしてさ」
「なに?」
「ボクニスを追いかけるフリしてさ」
「フリ」
「コネレスもこのまま逃げてたりしないよね?」
「…………」
「ちょっと俺も様子を見てくるわ」
「あっ、ぼ、僕ちんも!」
「俺も!」
「お前らだけじゃ心もとない! 俺もだ!」
「ふぉふぉふぉ、となるとワシも行くかのう」
「あびゃびゃびゃびゃ!」
混乱し言葉を発し得ていない者、年寄りなくせに治安を守るふりだけして利権を貪っていた爺、甘ったれのお坊ちゃん。
一斉にふかふか椅子から立ち上がり、四方へと駆けていく。
「…………」
一人取り残されたのは、この『
叩き上げで権天使になった彼は必死に勉強し、腹の底でこなくそと思いながら権力者に媚びへつらい、ようやく第三門へと就職することが出来ていた。
(これは……もしかしてチャンスなのでは?)
腐敗と利権だらけの第三門。
かといって第二門や第一門へと就職するだけの力はない。
第三門。ここが自分の生きるところだ。
そう覚悟を決めていた彼の前で、いけ好かない半端者どもが一斉に逃げ出した。
ここで功績を上げれば大出世できる可能性?
田舎から出てきて必死にしがみついてきた今の地位。
一生底辺として権力者のボンボンたちに使い捨てられるだけの人生。
それを逆転することが出来るのではないだろうか。
と決まれば──。
「捕り物、か──」
相手はゴリエル。
力は自分よりも上だ。
いわゆるチンピラ。
こんなクーデターを起こすほどの器量があるとも思えなかったが、事実起きているのだから受け入れるしかない。
どうやって捕まえるか。
奴の取り巻きの二人はいるのか。
これまでの努力、培ってきた論理的思考。
そこから唯一の勝ち筋──といっても薄い筋だが、それを頭に浮かべ「よし!」と居心地の悪い椅子から腰を上げた、彼の前に──
「へ?」
雲で作った仮面を着けたふざけた格好の男が。
「あれ? おい、奴隷! 誰もいないっつってただろうが!」
「ふぇ~ん、すみませんクモノスさまぁ~! 第三門のヘタレどもならとっくに逃げ出したと思ってたんですが~!」
ピンク髪のアホ天使ザリエル。
天界でも有名な間抜け天使が奴隷呼ばわりされながらよくわからないことを言っている。
「お前ら……どこから……」
「だぁぁぁぁぁ、うるせぇ~! 行く手を邪魔する腐れ天使は滅っ! 殺っ!」
『
(あっ? 一連のクーデター犯はゴリエルじゃ……な……い?)
天界でただ一人、ゴリエルの起こしたと思われていたクーデター事件の真相を知った真面目な青年マジリスは、知った直後に。
ジュッ──。
と溶けて消滅した。
「ったく、無駄に魔力使わせやがって。おい、奴隷!」
「はいぃ!♡」
「穴掘れ、穴! めちゃめちゃ深いの! そんで魔力回復するまでお前が俺を癒せ! 全身使ってな!」
「はいぃぃぃぃぃ! クモノス様のために働けるだなんてなんたる光栄! 全力で掘って、癒やさせてもらいまぁぁぁぁす!♡」
こうして偽神クモノスことフィード・オファリングと、その洗脳奴隷天使ザリエル。天界クーデター犯の二人は第三の門をいともたやすく通り過ぎたのだった。
残す門はあと二つ。
第二の門『
第一の門『
彼らは目指す。
第一の門『
王都イシュタムへと下りることの出来る天界の東の果てを。
そして彼らはまだ知らない。
アベルたちの探している「天界へと連れて行くことの出来る人物」がフィードの奴隷、天使ザリエルであることを。
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