第133話 D&Dの善政
壁に突っ込んで絶命した
解体業者。
ワイバーンを見に来た野次馬。
近所からの旅行者。
その見物人と解体人のいるエリアを区切る衛兵たち。
ひっきりなしに多くの人が行き交う。
そして、いるのはそれだけではなく──。
「な、なんなんだ、この行列は……!」
元『
ずらりと一列に並んで面会を求める人&人&人。
「おぉ……! あれが噂のディー様!」
「なんとお美しい……!」
「世にも珍しいダークエルフでいらっしゃるそうだぞ」
「ひぇぇ……俺、生きてるうちにダークエルフなんて見れると思ってなかったよ」
「ダークエルフって魔物じゃないのか?」
「魔物でもよくね? こんな魔界との境目だし」
「む、むしろ魔物の方が興奮……いや、なんでもない」
「夜に見たディー様も最高だったけど、昼のディー様も最高だぜ!」
修復中の元『
そこにメダニア近隣の住民たちの噂する麗しき英雄ディーは居を構えていた。
「まぁ、しばらくのうちだけですって
そう声をかけるのはメダニアのもう一人の英雄ドミー・ボウガン。
「しばらくっていつまでだ? もう何日もこの状態なんだが?」
「まだ数日じゃないっすか。だいたい人の噂も七十五日っつって……」
「七十五日だと!? 耐えられんっ! あと七刻ですら無理だ!」
「まぁまぁ、民ってのは大体がミーハーなもんっすから。それにほら、こんな買春しか愉しみがなかった僻地の街に降って湧いた英雄っすよ? みんな自分の暗く澱んでた人生がパッと明るく拓けたみたいな気分なんすよ」
日本から転移に巻き込まれてやってきたドミー・ボウガンは、いわゆる元「チャラ男」だ。
パー券を捌き、女を集め、自分は表に出ずに適度にオイシイところをいただいてきた要領のいい男。
その要領を異世界でも遺憾なく発揮し、メダニアのボス「ディー」の使いっ走りとしてナンバーツーの地位を不動のものにしていた。
なぜ彼は僻地の街でそんな女衒行為に励んでいるのか。
それは一緒に転移してきたイジメられっ子「山岸」がこの世界の勇者だったからだ。
勇者の転移に巻き込まれたイジメっ子。
スキルもショボい。
【
まかり間違っても勇者様と並び立てるほどのものではない。
口八丁で生きていたドミー、本名「
世渡り上手なドミーは悟った。
「ここにいたら邪魔者、不穏分子扱いされて殺される」
自分から申し出て誰にも目をつけられなさそうな僻地へとやってきた。
つまらないところだった。
壁の上から魔界とやらを眺めるだけの日々。
しかも人間側と魔界側もバチバチにやり合ってるわけではなく、わりかし「なぁなぁ」な仲。
ようするに腐敗。
刺激のない腐敗した田舎。
それがドミーの訪れたばかりのメダニアだった。
だが、すぐに出会った。
カリスマ、ディーに。
生まれ持ってのナンバーツーの才。
人の影に隠れてこそこそ立ち回ることに無償の喜びを感じる男。
ドミーは水を得た魚のようにメダニアの街を泳ぎ始めた。
「と言ってもだ!」
かつての闇のカリスマ、そして今の光のカリスマ英雄ディーが不平を漏らす。
そんな相手をあしらうのは朝飯前。
英雄の片割れドミーはとぼけた口調でかる~くいなす。
「じゃあ帰るっすか? エルフの住んでる森とかいうところに。それともアベルの旦那たちについてイシュタムにでも行くっすか? あ~、それともどっか旅に出てもいいかもしれないっすね。一人が不安だったらお付き合いするっすけど」
「うぅ~……。森には帰らん。イシュタムにも行かん。もう旅もしたくない」
「ならここにいるしかないっすよ。せっかく手に入れたいい感じの権力じゃないっすか。いいんじゃないっすか、たまには表舞台に出てみても」
メダニアにも一応領主はいる。
いるが実質ディーの部下のようなもの。
領主の行ってきた仕事は『
それに尽くしてきた。
尽くすことによって満足いくだけの権力、財力がディーから保証してもらえた。
しかし、今まで陰に潜んでいた実質的支配者ディーが表に出てきた。
メダニア領主の権威は文字通り地に落ちた。
これまで領主の元を訪れていた住民、他領の使いたちは、領主を飛び越え直接ディーの元を訪れるようになっていた。
蝋印や認印など使っていなかった街だ。
話の捌ける者の元へと直に取り引きに行くのは理にかなっていた。
ディーとて頭は回る。
ゆえにそれくらいの理屈はわかる。
しかし、それでも愚痴を吐かずにはいられない。
今まで闇の中で正体を隠して立ち回ってきたのに、強制的に陽の当たる場所に引きずり出されたのだから。
あの少女──ルードによって。
「そもそも私はワイバーンを倒してない。倒したのはあのガキだ。今でも信じられんが。そんな私が、こんな表立っての顔役だなんてな……」
「それ言うなら俺だって倒しちゃね~っすよ。それにスキルまで奪われちまってるっすからね、俺。顔役どころかそのへんの野良犬以下っすよ、俺」
「うぅぅ~……そういえば野良犬もなぁ……。こうして地上で過ごすとなったらおっかなくてなぁ……。まずは野良犬ゼロを目指さねば……」
「お、いいっすね。また支持率増えそうっすよ、その公約」
「公約ってなんだ! 私は政治なんかめんどくさいことはしたくないんだ! ただ快適に過ごす環境づくりに邁進してきただけだというのに!」
「それ、政治家の才能あるっすよ」
「はぁ?」
本気で何を言ってるんだという顔のディー。
「あ~、こっちには政治家って言葉ないっすよね。まぁ『いい為政者たり得ますよ』ってことっす」
「い、為政者……私が……」
「まぁ、いいじゃないっすか。今はそういうのがウケるんすよ。潔癖アピールするトップとか胡散臭いじゃないっすか。ちょっとくらい反社の匂いがするくらいの方が自分たちを守ってくれそうな感じがして頼りがいを感じるんすよ」
「なんだよ、反社って……」
「まぁまぁ。
「やめとくれ、カリスマだなんて。反吐が出るよ、まったく……」
「とはいえ、このお目通りを願う人たちを捌いちまわないことにはどうにも立ちいかないわけで」
「はぁ……挨拶だけしたい奴らは弾いておけよ」
「一度だけ挨拶したらすぐ消えますって。貢物も持ってきてくれるかもですし。ありがたくいただいときましょう」
「いただいても便宜は図らんぞ」
「あら~、やっぱ善政を行うよき為政者じゃないっすか」
「だから違うというのに。私は適当に金を集めて楽して暮らしたいだけだ。あと……ちょっと居場所があればそれで十分なんだ」
「表にいたほうが金も集まるし居場所も出来ますよ。楽はあんまりかもしれんっすけど、まぁ俺も手伝うんで。せっかくなんで。ほら、英雄
「D&D……。英雄……。ったく、あのガキども……めんどくさいものを人に押し付けよって……」
「プロデュース上手ってやつっすね」
「プロ……? よくわからん言葉を使うな、不快だ」
「演出、監修、指導とかそんな感じっすかね」
「チッ、私はあのガキの下についた覚えはないぞ」
パチンッ──とディーは面会人の貢物の中にあったきれいなおはじきを『
ドミーは慣れた様子でそのおはじきを掴み「さ、次の面会人っす」とディーの愚痴タイムを強制終了させ職務に戻す。
のんきな午後の一幕。
ディーが人に会い、話を聞き、自身の生活環境を快適にしようとする。
面倒な手順や組織づくりはドミーが要領よく他人や業者に振り割っていく。
ただ自分にできること、したいことを流れの中でやっているだけなのだが──。
『英雄D&Dは、素晴らしい善政を敷いている』
そんな噂が王国中に広がるのも時間の問題だった。
そして、そんな噂がアベルを攫わせた犯人。魔界と繋がる人物。イシュタム王国三騎士の一人。
黒騎士ブランディア・ノクワールの耳に入るのも。
時間の問題だった。
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