第131話 ベンキ出版社の進捗

 イシュタムのぎりぎりスラム場所に間借りしているベンキ出版社。

 そこの社長兼編集長を勤めるグレゴリウス・ベンキはひとえに言ってロマンチストだった。


「いつか正義を打ち立て、この世界をよりよい社会へと導きたい」


 今は落ちぶれている古豪貴族ベンキ家の五男坊。

 非凡な才能もない彼は跡取りにはなれない。

 いや、違う。

 グレゴリウス・ベンキはスキルや職業特性が噛み合っている。

 才もあるし能もある。

 にもかかわらず、本人は跡取りになれないと思い込んでいる。

 なぜか。

 それは、絶望的に本人が自分の能力に半信半疑だから。

 だってグレゴリウスは正義を成す出版をしたいのに、彼のスキル『拡散未来予想バズリズフューチャー』ときたら、どの案にも「ブッブー!」のバツ印しか出さないんだから。

 そんなわけで彼の実はチート級なスキルは未だ実用的に使われず、くすぶり続けているのだった。


 あっ、いや。ただ一人。

 ベンキ出版社の唯一の平社員カール・スモークくんだけは、グレゴリウスのスキルを上手く活かしてヒット作を出版。

 見事な重版出立で赤字にまみれていたベンキ出版を華麗に救っていた。


 ただし。

 その出版物とは地獄で死者を裁く仕事に就かされている世界最強のうちの一人、閻魔が送ってきたもの。

 それをカール・スモークくん自身の名前で出版していた。

 そう。


 つまり、パクり。

 

 今日も今日とて地獄で原稿をつむいでいる閻魔はまさか自分の作品が地上で出版されているとは、ましてや大ヒットしているとはつゆほどにも知らない。


 ただし、かと言ってカールくんたちが一方的に悪いとも言えないわけで。

 というのもこの閻魔。

 著者の名前も住所も書かずに原稿を送りつけているわけで。


「やった~! 原稿出来た~! ひゃっほ~!」状態からの即送付。

 自分の住所氏名を書き忘れたのもまぁわかると言えばわかる部分もある。

 まぁ、一度くらいなら。 


 でも。

 こともあろうか、この閻魔。

 なんと一度ならず二度までも自分の住所氏名を書かずにベンキ出版社に原稿を送りつけた。

 ここまでくるとおっちょこちょいどころではない。

 とんま。

 間抜け。

 あほんだらの領域だ。


 さて、そうなると困ったのは受け取った出版社のほう。

 誰とも知らない人(実は人ではなく地獄の最高権力者、閻魔なのだが)からいきなり送りつけられてきた大量の原稿。

 送り返そうにも住所がわからない。

 しかもどうやって送られてきたのかもわからない。

 ガラッ! と窓が開いたかと思いきや隙間から放り込まれる。

 最初は家賃が払えないゆえの大家の嫌がらせかと思ったものの、これが読んでみると意外に面白い。



『最強の鬼族に生まれたオレ。魔神から閻魔に任命され、めちゃかわロリっ子鬼の秘書と一緒に働いてます』



 生まれたときから他よりも強大な力を持っていた鬼が喧嘩に明け暮れ連戦連勝。

 問答無用で相手を叩き潰すその腕力は巨大なゴーレムすらペラペラにプレスしてしまうほど。

 そんな向かうところ敵なしだった彼にも、ついに土がつく。

 

 魔神サタン。


 天界を追われ、魔界で魔物を生み出し続けている魔の頂点たる存在にコテンパンに叩きのめされた鬼は『閻魔』という役職を与えられ、「あい!」が口癖の小さくて可愛いロリっ子鬼と一緒にスローライフ裁判長をやっている。


 という非常にユニークな内容の娯楽小説。

 ぐぬぬ……匿名で送られてきたことが悔やまれる……。

 でも匿名だから残念だけどこの原稿はボツ……と編集長のグレゴリウスは思ったのだが、カールくんは諦めない。

 なぜならカールくんはこの閻魔の書いた小説の熱心なファン──いえ、信者第一号になったのだから。


 そのカール君がスキル『自動模写オートリプロダクション』でザザザっと閻魔の原稿を書き写していく。


 ベンキ出版社の決して広いとは言えない社内はどんどん原稿で埋まっていく。


「ひぃ~、カール君、ちょっとくらい休んでも……」


「いいえ! ここが正念場なんです! 前作のヒットの火がまだ消えないうちに次々打ち出していかないと世間は興味を失っちゃいますからね!」


「別にいいよ、失ってくれても……」


「よくありません! 僕は女友達の約束もすべて断って模写に励んでるんですよ! そう! この! ベンキ出版社が! 栄光を掴むために! そして編集長の長年の夢だった正義ある出版物を世に送り出すために!」


「えぇ~? カール君、前に『そんな本売れない』って馬鹿にしてたよね?」


「何を言ってるんですか、編集長! 過去のことなんか振り返らないで未来を見ましょう! ほら、製本作業が全部終わったら僕が女の子を紹介してあげますから!」


「う~ん、女の子は別に……」


「あ、いやなら別にいいんですが」


「No! ノーだよ、カール君! いやとは言ってない! わかった、私も会社を背負って立つ身だ。部下がここまでやる気になっているのを黙って見てはいられない。しっかり手伝わせてもらうよ、カール君! そして女の子……よろしくね?」


「はい! ばっちり任せてください! こう見えて僕モテるんで!」


 世渡り上手カール・スモークは、こうして『天界の手下の鑑定士が鬼族最強の閻魔であるオレに卑怯な罠を仕掛けてきたものの、聡明なる頭脳で華麗に返り討ちにし、ついでにクソ魔神サタンも軽くボコってみた件 著者:カール・スモーク』を世に出す速度を加速させていく。


 さてさて、それが鑑定士アベルを助けるためにゼウスを殺しに魔界からやってきた連中に見つかるのは──。


 あと何日後の話になるだろうか。


「女の子……女の子かぁ……まぁたしかにカール君の周りにはいつもきれいな女の子がいっぱいいるしなぁ。私もまぁ、そろそろ身を固めることも考えなくちゃいけない年だし? と言っても別に女の子のために頑張ってるんじゃないんだからね。これはカールくんの負担を減らすためであって……ブツブツ」


 丸いフォルムには似つかわないスピードで製本作業をこなしていく、意外と手先が器用なグレゴリウス・ベンキ。


 このとき彼は、自分が本当に正義を成す出版を行うことになるとは──ひいてはこの王都イシュタムの権威を真っ逆さまにひっくり返す原因を作ることになろうとは──夢にも思っていなかった。

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