第121話 ネコハエトリ蜘蛛

 どうも、はじめまして。

 私はネコハエトリ蜘蛛の「ネパ」と申します。

 突然ですが私、いま宙を舞っております。

 あの優柔不断なくせにプライドだけは一人前に高そうな、数か月前にここにやってきて住み始めた人間に放り投げられたのです。

 私の体には現在、かなりのGがかかっております。

 あ、このGというのは私が思いついた重力加速度という概念がいねんのことです。

 機会があれば、その話はまたいずれ詳しく……。

 と、そんなことを言っている間に私の体が地面に激突しそうです。


 ピュッ!


 ねぱっ。

 くんっ。

 すちゃっ。


 ふぅ……。

 お待たせして申し訳ありません。

 どうにか糸を吐いてテーブルの足に不時着することが出来ました。

 ええ、そうです。

 先ほども申し上げた通り、私は。



 蜘蛛、でございます。



 テーブルの裏に糸を垂らしてぶら下がっている、この家の長老「ミノムシムッシー」。

 彼に向かって私は改めて話しかけます。


「……」


 しかし長老からの返事はありません。

 それもまぁ、仕方がないですね。

 なぜならミノムシムッシーは被食者──つまり食われる側なのですから。

 一方私は捕食者。

 ミノムシムッシーなんかモロに私の餌に属します。

 といっても私はこう見えて道理をわきまえた男です。

 先住民の長老様に手──いえ、脚を出そうだなんて考えていません。

 その証拠に、私は今までこの建物の天井裏に潜んで、今まで直接一度も長老様にコンタクトは取りませんでした。

 どう接したところで怖がられるでしょうからね。

 でもね、今回ばかりはさすがにちょっと話を聞いてもらいたくて。

 あのですね。


 私、逃げられちゃったんですよ。



 嫁に。



 嫁……というか、正確にはまだ嫁ではなかったんですけど。


 でも、もう少しで嫁になるぞ、という。

 結婚するぞ、という。

 つがいになって子供をこさえるぞ、という。

 長年友達だった幼馴染と結ばれる日が来たんだぞ、という。


 そんな記念すべき日を迎えていたのですよ、この朽ちた建物の屋根裏で。

 ずっと一緒に暮らしてきましたからね、私たち。

 ねぇ、長老様もご存知だったでしょう、私達の存在を?

 ……まだ無視ですか。まぁ、いいですけど。

 えっと、勝手に話させていただきますね。


 それでですね、一昨日の朝の話です。

 式を挙げている途中でフワ──ああ、嫁の名前です──フワが「どうしても用がある」と言って、天井裏から下りていったんですよ。

 その様子を私は天井裏から眺めていました。

 するとテーブルの上に乗ったフワが突然透明になったかと思うと、いつの間にか天井裏に戻ってきてるじゃありませんか。


(何が起こったんだ? もしかして結婚式のサプライズのようなものなのだろうか?)


 そう思って戸惑っていますと、背後に殺気を感じました。

 振り向くと、そこには巨大な蠅が。

 ネコハエトリ蜘蛛の私です。

 蠅なんて私たちの主食のようなものです。

 でもね……。

 あの蠅はいくらなんでも巨大すぎました。

 それにあの雰囲気──。

 ああ、思い出すだけでも恐ろしい……。


 情けない話ですが、私は天井裏のすみに隠れてガタガタと震え上がっていましたよ。

 それからその蠅は我が愛しのフワを掴むと、天井裏から下りていったんです。

 そこから先は長老様もご存知でしょう?

 なんとフワは、人間の姿へと変身してしまったのです。

 元が絶世の美蜘蛛だっただけのことはあって、人間の姿になってもフワは男どもを次々ととりこにしているようでした。

 そして、蠅は真っ黒な球状に姿を変えると人間となったフワの口の中へ……。


 それから私は天井裏から下りると、必死にフワの背中にしがみついていましたよ。

 一度は洋服店で外につまみ出されたものですが、なんとか舞い戻って再びフワの背中に張り付いていました。

 それからのフワは襲いかかってくる暴漢たちを倒し、この町のボスのエルフを倒し、ワイバーンを倒し、とうとうこの町の実質的な裏の権力者にまで一夜でのぼり詰めてしまったんです。


 その間、フワは空を自在に飛び回り、人間たちの精神を操り、形状を自在に変化させる武器をふるい、悪魔や魔物といった連中を手下にして我が物顔で人生を謳歌していました。


(これは、はたして本当にフワなのだろうか?)


 そう思う私がいましたが、背中に貼り付いてるとね、感じるんですよ。


 この脚の先からね、フワの匂いが。

 

 ええ、これはフワです。

 間違いようがありません。

 きっと、今はおそらく精神が乗っ取られているのだろうと思います。

 この人間、もしくはあの怪しい蠅によって。


 だからね、長老様。

 私は決して諦めませんよ。

 いつか、きっと、元のフワを取り戻してみせます。

 そして、結婚式の続きをするんです。

 絶対に。

 ええ、諦めません。

 これから先、何度放り投げられようとも。

 絶対にね。


 ……って、あれ?

 長老様?

 いくらなんでも無視しすぎじゃないですか?

 聞いてます?

 お~い。

 ちょっと失礼しますね……。


 ガサゴソガサ……。


 断りを入れて、ミノムシムッシーのみのの中を覗いてみます。


 あら……長老様……。

 もうとっくにこの中から逃げ出してらっしゃったんですね……。


 空っぽ。


(新しい土地へと移り住んだ長老様が、どうかご健勝でありますように)


 そう祈ると私は三度、愛しのフワの背中へ──。


「えいやっ!」


 と飛び移りました。



──────────


 【あとがき】


 いつも読んでいただいてありがとうございます。

 今回登場した「ネパ」くんと「フワ」ちゃんについての形状や特徴を近況ノートに記しています。

 今回の話でちょっとでも「恋人と切り離されたネパくんがかわいそうだ~」「ネパくん一途で応援したい」と思った方は、ぜひ目を通されてみてください。

 さらに「作者フォロー」をいただければ、今後そういった近況ノートを投稿した際にすぐわかるようになりますので、ぜひ作者フォローも!

 また、星やハートもいただけると、とても励みになります!


 さぁ、次は天界のフィードくんのお話です。

 アベル(ルード)が地上での大活躍を見せてた一日の間で、三度とらわれの身となった彼はどう過ごしてたのでしょうか。

 では、次の話でまたお会いしましょう~。

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