第120話 神官、神のダチになる

 ボクの名前はラルク。

 こう見えてもイレーム王国の国教「星光聖教スターライトせいきょう」の立派な神官なんです。

 そんなボクの目の前で。

 彼──いえ、男から蜘蛛から女の姿へと昨日一日で目まぐるしく変化を遂げた彼女、ルードさんが言ったんです。


 自分は魔神(仮)である、って。


「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってください! ま、魔神!? なんですか、それ! しかも何なんですか、(仮)かっこかりって! そしてなんでディーさんもドミーさんもそれを自然に受け止めてるんですか!」


 間。


「いや、なんなんですか、その! 『ああ、そういやこいつがいたな』みたいな反応やめてくださいよ! どんだけボクの影薄いんですか! そもそもここ、ボクの教会なんですからね! 勝手にたまり場にして、勝手に魔神や悪魔や魔物であることを告白しないでくださぁ~い!」


 シ~ン。


「ななな、なんなんですか、だからこのは! 異世界人? あぁ、いいんじゃないですか!? 偉大なる神は異なる世界の人間でもお許しになることでしょう! エルフも同じくです! そして魔物……も、まぁ今は人間の姿をしてますし? 思ったほど凶暴じゃないですし? 理性的で魅力的で美し……って、とにかく魔物でも神は態度によってはお許しくださるでしょう! そしてそれは悪魔もしかりです! でも……」


 キッ!


 可憐な少女、ルードを見つめます。


 なんでしょう、「完璧」としか言いようのない見事な造形。

 いや、セレアナさんほどではないんですが、きっと他の男どもが見たら一発で恋に落ちてしまうんじゃないかというほどの美形。

 事実、あのゼノンとかいう人も一目惚れしてるようですし。

 きっとボクのような高い徳と倫理感と自制心を持っている神官じゃなかったらヤバいに違いありまません。

 いえ、まぁいいんです、見た目のことは。

 問題なのは──。


「魔神はダメです! 神と直接対峙たいじしてる張本人じゃないですか! そんなの見過ごすわけにはいきませぇ~……」


 ルードさんが右手を差し出すと。


「う~ん、ごめんね、ラルクくん」


 と言って。



 【魅了エンチャント



 と呟きました。


 はひ?

 はへ?

 ありゃ?

 なんか、気持がほんわかあったかくなって……。

 あぁ、ルードひゃん、なんて素敵なんだ……。

 ヤバイヤバイヤバババババババ。

 ドドドドドドドドド!

 心臓飛び出そう。

 ふへ?

 今、ルードちゅわんがなにか言ったような……。


 ──ハッ!


 気がつくと、みんなが神妙な顔でボクを見つめてました。


「な、なんですか! だから、だから……」


 あれ?

 なんでしたっけ?

 なんかボク、さっきまでとても怒ってたような気がしたんですけど。

 あれ? なんで怒ってたんでしたっけ?

 たしか~……。

 ああ、思い出しました。

 勝手にここをたまり場にされてることに怒ってたんですね。


 ハッ!

 それからルードさんたちがここから立ち去ろうとしてるのにも怒ってたのかも!

 だってボク、神様から「フィード一行を数日足止めせよ」って言われてたんですから!

 ってことで、フィード──可愛い可愛いルードちゅわんたちをここに引き留めなければ!


 ……ん?

 ボク今、ルードさんのことを「可愛い可愛い」とかって思いませんでした?

 え、なんで……?

 ボクにはセレアナさんという心に決めた人がいるのに……。

 しかも「ちゅわん」って……。

 なんですか、まるであの品のないゼノスさんみたいな……。


 うん……まぁ、いいです!

 そんなことよりも、ルードさんたちを引き止めなければ!


「ちょっと待って下さい! そんなに急いで出発しなくても! あと一週間! いや、せめてあと数日はここでゆっくりされていきませんか!?」


 なぜか「まだなにか言うの?」みたいな顔で見られます。

 え、なんでしょう。

 なにか言ったのはこれが今日初めてだと思うんですが。


「ゆっくりしていきたいのは山々だけどさ。ほら、壁も壊れて首都から調査とかに来るわけでしょ? 鉢合わせて面倒になるのもいやだし……」


 ルードさんが正論で反論してきます。

 でも、それをボクの冴えた頭で切り替えして説き伏せることにします。

 そう、神のために!

 一応、神官なので!


「それならここに隠れてれば大丈夫ですよ、きっと!」


「え、隠れてるくらいなら町から出ていったほうがよくない?」


「うっ……! た、たしかに……! で、でもご飯とか意外と美味しいんですよ! ボクは飲みませんが、酒のつまみがとても美味しいらしくて……」


「それも昨日振る舞われた宴会であらかた食べたしなぁ」


「うぅ……それなら……あっ! メトロブタ! メトロブタを扱ってる隠れた名店が実はこの町に……」


「それ、いま朝食で食べたばっかりなんだけど」


「ううう~! な、なら! 壁の上から見る景色とかどうですか!? 魔界も人間界も一望できて最高ですよ! 特に夜かなんかは星空も……」


「それも昨日見たんだけど……」


「あ~! もう! なんなんですか! なんでそんなに一日でこの町の何もかをも堪能しちゃってるんですか! どうやったらこの町に留まってくれるんですか!」


「え、逆になんでラルクくんがそんなにボクたちをここに留まらせたいのかが謎で怖いんだけど」


 ちょっと引き気味のルードさん。

 ええ、まぁ、そりゃそうでしょうね……。

 理由もなく町に引き留められたらそりゃちょっと引くでしょうね。


「あれじゃないっスか? 誰か好きな子がいるから離れたくないとか」


 ドミーさんの言葉に。


「え~! マジ~!? だれだれ~!? 誰なの、ラルクの好きな子ってぇ~!?」


 リサさんが即座に反応します。


「ちょっ! ちが……」


 くない。

 違うくないんです。


 チラッ。


 青いドレスを身にまとったセレアナさんを盗み見ます。

 あぁ、セレアナさん、本日もなんて美しいのでしょうか。

 いえ、ボクは神官だから女性にこんな感情を抱いてはいけないんです。

 教えに反してるんです。

 でもね、セレアナさんって、ほら。

 半分魔物じゃないですか。

 だからセーフなんじゃないですか? もしかしたら。

 そもそも魔物に恋してはいけないなんて戒律かいりつはないですからね。

 堕天した魔神サタンはけしからんってだけで。


 ……ん?


 魔神……?


 なにか魔神について忘れてるような?

 まぁ、いいでしょう。

 どうだっていいです、今は魔神なんか。


「ん? この神官、なんかその幼女の方を見てないか?」


 元娼館絶壁クリフ・ブラセルのボス、ディーさんがそう言って眉をひそめます。

 言われてみれば確かに、ボクが視線を送っているセレアナさんの前に幼女のテスちゃんがちょこんと座ってハムをハムハムと噛み締めています。


「……ん? ラルクは私に劣情をもよおしたのか? ふむ……わがはいも、これを機にそういう経験をしておくのもまんざらではないのだが……」


 そう言ってルードさんの方をチラ見するテスちゃん。


「ち、違いますよ! なに誤解されるようなこと言ってるんですかぁ~! ボクが見てたのはぁ~……」


「見てたのはぁ~?」


 好奇心満々な目でリサさんが顔を輝かせます。

 あぁ~、まったくぅ~!

 何を言わされてるんでしょうか、ボクは!

 今はそんなことより、ルードさんたちをここに足止めしないと……。


 あたふたあたふた。



 ドガァ!



「皆のもの、ワシじゃあ!」


 扉を蹴破ってゼノスさんが現れました。


「ゼノスさん、扉を蹴り破らないでくださぁ~い! 入るなら普通に入ってきてください! っていうか、おはようございます! 昨日あれだけ騒ぎになってたのによく今まで起きてきませんでしたね!」


「騒ぎ? はて……? っていうか、何をモメてるんじゃ? 表まで聞こえてきてたぞ。っと、新たな美女反発見! むひょひょ! これ、ワシつまみ食いしていい!?」


「初対面の相手に失礼なこと言わないでください! ダメに決まってるじゃないですか! 彼女はディーさん! そして彼はドミーさん! 昨夜ワイバーンを倒した英雄です! で、こっちはゼノスさん! ホームレスだったのを昨日こちらで保護しました! ドスケベなので気をつけてください!」


「は、はぁ……」

「イケメンなのに……なんか色々と残念な人っスね」


 初対面から二人にあわれまれてるゼノスさん。

 そりゃそうですよ。

 どうして彼はこんな性格になってしまったのでしょう。

 きっとゼノスさんだって星光聖教スターライトせいきょうに入れば、神の教えを学んでボクのように立派な人間になれるでしょうに。


「え~っと、あとはなんでしたっけ? ああ、そうそう騒いでた理由ですね。それは、ルードさんたちが今からこの町を経つっていうんで、引き止めてたからですよ」


「引き止める? なんで?」


「な、なんでって……そ、それがボクの使命だからです!」


「あっ……」


 何かを思い出した、みたいな顔をゼノスさんがした直後。



 ゴロピカドーン!



 ボクに神からの啓示が下りました。



『ルード一行を引き止めるのもういい。っていうかお前も旅について行って、そこのゼノスとかいう超絶イケてるイケメンとルードをくっつけろ。ほら、友達みたいに振る舞って仲を取り持て。「あいつ実はこんないいやつでさ~」とか言って好感度上げろ。以上』



 …………は?

 友達みたいに振る舞って?

 好感度を上げろ?

 ちょっと神様?

 今まではわりかし抽象的な短文の指示が多かったのに、今回だけえらく具体的ですね?

 っていうか友達みたいに振る舞えって……。


 ガシッ!


 とりあえずゼノスさんと肩を組んでみます。

 友達って肩組みますよね?


「よし、じゃあみんな行きましょうか!」


「なにすんじゃ貴様ぁ~! ワシには男を肩を組むような趣味はないわ~い!」


 ビタ~ン!


 壁に放り投げられました。


「いたたた……」



 【回復ヒール



 緑の癒やしの光で自分を癒やします。

 まったく……なんなんですか、今回の啓示は……。

 

「え? もう町から出て行っていいの?」


「あ、はい、いいです。よくなりました。ってことで行きましょう。あ、ボクも行きますんで、はい」


「あ、うん、ラルクくんがそう言うなら別にそれでいいんだけど……急にずいぶん真逆のこと言い出すからさ」


 ですよね。

 ボクだってびっくりですよ。


「あら、ルード。背中に蜘蛛ついてるわよ」



 【手首スナップ



 ヒョイっ。

 ポイっ。

 ペタッ。


 ディーさんが高速の手首の動きでつまんで投げた蜘蛛がボクの顔に張り付きました。


「あ、ごめんね、神官ちゃん。わざとじゃないのよ」


 あまり申し訳無さそうな口調じゃありません。


「わぁぁぁぁ! なんでボクばっかりこんな目にぃ!」  


 ボクは顔に付いてるモサモサした蜘蛛をつかむと。

 テーブルの方に向かってポイと投げました。

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