第119話 魔王の行方
もにゅもにゅもにゅ。
エルフのディーの持ってきた高価なものらしいメトロブタハムのをむにむにと噛む。
穴を掘って土の中で暮らす野生のブタ、メトロブタ。
その希少な動物で作ったハム。
もにゅもにゅもにゅ、ごっくん。
「ど、どう? 普通の人間では一生お目にかかることのできないほどのレア素材の味は? こんな高級食材で朝食を取るだなんて、王都の貴族ですらなかなかいないぞ?」
昨夜はすっかり卑屈だったディーが得意げに胸を張っている。
みんなから英雄呼ばわりされて自信を取り戻したんだろうか?
と、彼女の膝が不安そうに左右に揺れているのが目に入った。
ああ、虚勢を張ってんだな。
この高級食材とやらも、きっと彼女なりの気遣いなのだろう。
(正直、歯ごたえがありすぎて好きな味じゃない。
【
ボクの右目に、ボクにしか見えない赤い炎が宿る。
【トロトロブタのハム(油脂注入、染色されたメトロブタハムの模造品。粗悪度+)】
ト、トロトロブタ!?
メトロブタじゃないじゃん!
どうりで変な味と食感なわけだよ!
あぁ、多分ディーはエルフで肉を食べないから騙されたんだな……。
前にパーティーを組んでたエルフのエレクも肉は食べなかったし。
(う~ん……でも、きっとディーは善意で持ってきてくれたんだろうし……。これは、はたして指摘していいものなのかどうか……)
そう思って頭を悩ませていると。
「んひゅっ!? んまいじゃないっ! さすがはメトロブタとやらねっ! このグルメな私の舌を
リサが絶賛した。
目はキラキラで顔はニコニコ、頬はデロデロだ。
ああ、ほら。
バンパイアだったリサって、今まで血ばかり飲んできてたから。
だからか、人間になってからは何を食べても美味しい美味しいって言うんだよね。
そのリサの隣で、ルゥが目を白黒させながら一生懸命もきゅもきゅとハムを噛んでいる。
「フフッ……」
「にゃ、にゃんでひゅか、ルードひゃん……」
「いや、一生懸命食べてるなと思ってさ」
「ちょっと噛みごたえが……むにゅ……」
そうだな、うん。
今はみんなと楽しい朝食の時間を過ごすのが一番。
そのみんなの気分に水を差すのはよくないな。
ディーには、あとでこっそり伝えることにしよう。
「うん、美味しいよ! ありがとう、ディー!」
「そ、そう……。なら、よかったわ……」
ディーは、そう言って胸を撫で下ろす。
『おいおい、楽しい朝食タイムもいいけどよ? 一日明けたんだし、さっさとアレやっといたほうがいいんじゃねぇのか?』
サタンが頭の中に話しかけてくる。
アレ。
ああ、アレね。
デイリーボーナス的な。
日課的な。
そうだな、今日はこっちから先に報告しとくか。
向こうも心配してるだろうし。
ってことで。
【
今日ボクが思念を飛ばす相手はフィード。
文通相手のパルには一日待ってもらうことにしよう。
『フィードか? アベルだ。ゼウスは引き止めてる。しかも、ボクたちが天界へと行くための方法を知る人物に会うためにイシュタムへ向かうのに同行することになった。っていうかアイドルの姿に変身してたら異様に食いつかれたんだけど何なの? おかげでボク、貞操の危機なんだけど? まぁ、イシュタムには数日かかると思うから、その間は引き止められると思う。リサたちも全員無事。あとボクの本体は蜘蛛で、壁も壊れてワイバーンのウインドシアの父親を返り討ちにしたかな。で、異世界人とエルフが英雄になった。あ、それからボク超かわいいよ、ヤバい。明日はパルに事情説明するから思念は送れないから。じゃ、頑張って』
う~ん……。
手紙じゃないから、伝えることが多すぎると難しいな……。
次からは、もうちょっと内容を考えてから送ることにしよう。
その後、帰ってきたセレアナがメトロブタハム(偽物)を食べて「マズいですわぁ!」って言って吐き捨てて、ちょっと空気がピリついたりした。
で、そのセレアナにどこに言ってたのか聞いてみたところ。
一、壁の向こう側に行って、この壁を壊したのはフィード・オファリングだと吹聴してきた。
二、将来的にここに人魔共に暮らすフィード・オファリング公国を作る予定。
三、だから人を襲ったりせず、これからは共存の道を歩むように。
四、そして
というようなことを、現地の低級モンスターたち(主にゴブリンやワーム系モンスターなど)に言ってきたらしい。
まったく何を言ってるんだ……と頭を抱えたが、相手はセレアナ。
彼女のすることにいちいち目くじらを立てていても仕方がない。
ということで、朝食も食べ終わったボクらは、昨日話の途中で終わっていた「魔王」についてディーから聞き出すことにした。
エルフの
大陸にまだ壁がなかった頃。
人魔共に入り乱れて暮らしていた時代。
今よりも千年以上前、魔王は魔界に君臨してた。
そこに、三人の勇者が現れた。
彼らは非凡なるスキルと力で魔物たちを斬り伏せて魔王の城へとたどり着いた。
その三人の名前は。
勇者タナトア。
戦士ブランディア・ノクワール。
司祭デンドロ。
「ちょ……! ブランディア・ノクワールってイシュタムを護る『三騎士』の一人『黒騎士』のブランディア・ノクワール様と同じ名前じゃないですか! それにデンドロって……大司教様と同じ名前なんですが……」
神官のラルクくんが驚きの声を上げる。
ディーの説明によると、その三人が魔王の元までたどり着けたのは魔王による「罠」だったのだそうだ。
そして、その罠に協力していたのが、当時人間だったブランディア・ノクワールとデンドロ。
彼らは、魔王の眷属──つまり悪魔にしてもらうことを条件に勇者を魔王の元へと導いていたらしい。
「なんでそんな……! 嘘です! それが本当だっていうんだったらそれを示す歴史書が残ってるはずです!」
ラルクくんからしてみれば、自分の信仰してた宗教団体のトップが悪魔って言われたわけで。
おいそれとその話を受け入れるわけにはいかないだろう。
「すべて破棄されたよ。勇者タナトア、戦士ブランディア・ノクワール、司祭デンドロに関する人間界の記録は全て、ね」
「そんな……そんなことが可能なわけ……!」
「あるんだ、それが。なぜなら──」
信仰の揺らぐラルクくんが。
魔王を探し求めてるテスが。
ディーの次の言葉を待って固唾をのむ。
「勇者タナトアの体を乗っ取た魔王は、そのまま王都イシュタムへと帰還し──国の政治を操っているのだから」
イシュタム。
またイシュタムだ。
ボクが冒険者になった町。
ボクが
モモがいる町。
天界へと行くことの出来る手がかりを持った人物のいる町。
閻魔が原稿を送っている町。
そして──魔王とその眷属が支配している町。
すべてがイシュタムに繋がっている。
けど、謎なんてまっぴらごめんだ。
だってボクには今、このスキルがあるんだから。
【
Q.魔王タナトアはイシュタムのどこにいる?
A.イシュタム城の地下牢に繋がれている
……は?
地下牢?
繋がれている?
え、なにそれ。
魔王なんでしょ?
黒騎士や大司教は普通に活動してたはずなのに、なんで魔王が地下に……?
なんか余計に謎が増えちゃったんだけど。
それをテスに伝えると。
「な、な、なんだとぉ~!? 魔王様を地下牢に繋いでいるだとぉ~!? うぬぬ、ノクワール! デンドロ! わがはいよりも下位の悪魔のくせにゆるせぇ~ん!」
と、怒り心頭。
怒りのあまり、背中から羽根もパタパタで、スカートの裾から悪魔の尻尾もピョコン。
びっくりしてるディーに、ボクらの正体を告げる。
ま、この二人になら教えといてもいいでしょ。
向こうからしても正体不明の魔物軍団なんて怖いだろうからね。
ディーはエルフの里から家出してきたエルフ。
スキルの【
肌を焼いて人間のふりをしてるのは、過去に人間界でひどい目に遭ったから。
それから開き直ってたくましくなったディーは、この『
この僻地の町は、エルフとして身を隠すにもちょうどよかったらしい。
ドミーは周りに出自を隠してる異世界人。
現代の勇者ラベル=ヤマギシの転移に巻き込まれてこっちに来ちゃったらしい人物。
元の世界ではヤマギシをイジメていた彼は、こっちの世界でスキルによって立場が逆転。
復讐されるのが怖くて、彼のスキル【
ってのが本当のとこらしい。
訳ありエルフと訳あり異世界人。
僻地の町に流れるべくして流れ着いたような二人。
「ボクたちはイシュタムに向かうけど、二人はどうする? もしよかったら一緒に着いてくる?」
漂流者と逃亡者の二人だ。
きっかけがあれば別の土地で別の生き方を選ぶことも出来るだろう。
そう思って聞いてみたが。
「いや、私はいいよ。イシュタムには今、嫌いなやつがいるはずだからね。会いたくない。当分はここで英雄気分を味あわせてもらうよ。それに王都から調査も来るだろうし娼館『
「自分も遠慮しとくッス。ラベルは勇者としてこっちで新しい人生送れてるんなら、自分の顔なんて見たくないでしょうから。それに……ここのどうしようもない寂れた雰囲気、好きなんスよね。壁の上から見る景色や星空も、魔界に見える魔物たちも。前の世界にはないもんだったッスから。それに、こんなオレでも慕ってくれてる奴らもいますからね」
という返事だった。
彼らは彼らなりに、ここでの居場所を見つけているらしい。
「っていうか、オレのスキルいつ使えるようにしてくれるんスか? あれがないとちょっと不便なんスけど?」
「あ~、精神系のスキルって使い続けてると肉体が影響を受けるんだよ。だからドミーはあんなに横暴で横柄になってたんだと思う。ってことで、しばらくはその悪影響を抜く期間かな。次に会った時に返すよ」
「はぁ……そうッスか。なんか心細いっすね。この世界でスキルが使えないなんて。でも、まぁ、言われてみれば影響受けてた気もするッス。要するにスキルに振り回されてたってわけなんスね、オレ」
フーフーとテスが鼻息荒く叫ぶ。
「ルード、早くイシュタムへ行こう! 魔王様……魔王様をお助けしないと……!」
「ああ、うん。助けるかどうかはともかく、会わせる約束だもんね。ディー、イシュタムに行くにはどういう方法がいい?」
「この人数で行くなら貸し切り馬車だな。私の方で手配しといてやる。それからお前ら金もなさそうだ。どうせ王都の調査が入る前に金目のものも処分しなきゃならん。十分な路銀は持たせてやるよ。それからマジックアイテムもいくつかある。魔神や悪魔に必要とも思えんが、もし欲しいものがあったら声をかけてくれ」
さすがはメダニアを裏で仕切っていたディー。
手回しと気配りがすごい。
娼館なんて経営せずに普通に為政者としての才能あるんじゃないか?
今までの彼女に足りなかったのは、壁の上でボクが指摘した通りの『誇り』なだけで。
それからはテキパキと物事が進んだ。
透明になったボクが空を飛んで、壁の上の兵舎の中に蓄えられてたアイテム群を鑑定。
使えそうなものを貰うことにした。
貰ったものは、以下。
リサ用に。
【
ルゥ用に。
【
セレアナ用に。
【
テス用に。
【
ボク用に。
【
ラルクくん用に。
【
あと、一応ゼノス用に。
【
それから旅にありがたいアイテム。
【
以上の八点を貰うことにした。
「け、結構遠慮なく持っていくんだな……」
若干引きぎみのディー。
さすがに多すぎたか?
けど今さら返すとも言えないので話題をすり替えることにする。
「えっと、馬車の手配って出来た?」
「ああ、出来た。町の入口に回してあるぞ」
「そっか、なら準備が出来次第、ゼノスと合流してからイシュタムへと向かおう!」
あっ、ボク今ちょっとズルいかも。
うぅ……これもスキル『
まぁ、でもどうにか誤魔化せたし……いいか、うん!
そう思った瞬間、ラルクくんが声を上げた。
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