第111話 スナップ

 魔界と人間界では、いている風の感触かんしょくが違う。

 魔界では、ぬめっとした重たい風。

 人間界では、からっとしたかわいた風。


『そりゃあ、魔力の影響だな。なんたって魔界はオレ様の美しい魔力におおわれてるからな。それに比べて、この人間界の薄っぺらな魔力はどうだ。ったく、薄ら寒ったらありゃしねぇ』


 頭の中に響くサタンの声を無視してしょへと向うドミーの後ろを歩く。

 湿気しけった魔界と乾いた人間界。

 そのちょうどさかいに位置する、この壁の上で。

 ボクは、あるしゅ魔物よりも面倒めんどう相手あいて、メダニアを仕切る娼館「絶壁クリフ・ブラセル」のボス、ディーに会おうとしていた。



「ドミーっす。入ります」


 そう言って、一息置くとドミーは詰め所の扉を開けた。


「ぶべっ!」


 ドミーの頭が後ろにはじけ飛ぶ。


 コトッ……。


 足元に小さいなにかが転がり落ちた。


(クルミ……?)


「ってててて……。あねさん、勘弁かんべんしてくださいよ、ほんとに……」


 頭を押さえたドミーが奥に声をかける。

 どうやら彼は、ディーのことも「あねさん」と呼んでいるようだ。



「さっさと入りな!」



 不思議な響きの声が奥から響いてくる。


『おっ、声に魔力を乗せてるな』


 サタンが反応する。


(声に魔力? セレアナの『美声ビューティー・ボイス』みたいな?)


『いや、スキルじゃねぇな。これは技術で魔力を声に乗せてる感じだ』


(技術で? そんなこと出来るの?)


『普通の人間には出来ねぇんじゃねぇか? 相当そうとう鍛錬たんれんでもんでなきゃ不可能な代物しろものだな』


(つまり……中にいるのは普通じゃない人間、ってことだね)


『ああ、気を引き締めてかかれ』


(うん)


 先に部屋に入ったドミーがわきける。

 すると、部屋の中の様子が目に飛び込んできた。



 煌々こうこうと照らされた部屋の中。

 見たこともない複雑な模様のベールが四方しほうおおっている。

 そのベールの前には所狭ところせましとつぼ絵画かいが、骨董品や美術品が並べられていて、それらがあやしく明かりを反射している。

 一言で言えば──。


 絢爛けんらん


 閻魔のさばきのもたしかに絢爛ではあったけど、それは死者を裁くという威厳いげんを保つ目的のためなのだろう。

 それに、天井に封印されていた古龍エンシェントドラゴンメガリスターのそなえていた格調かくちょうもあってのことだ。

 それと比べて、この部屋から受ける印象は──。


 ただただ、下品。

 けばけばしいだけの悪趣味な部屋。

 元々が簡素かんそつくりの詰め所。

 それだけに、その不快さが余計よけいに浮き立っている。


 そして、その部屋の中央。

 これまた悪趣味な金ピカの椅子に座った女。

 ディーと目が合う。


 すかさず鑑定。



 【鑑定眼アプレイザル・アイズ



 ボクの右目に、ボクにしか見えない赤い炎が宿る。



 名前:ディー

 種族:エルフ

 職業:娼婦

 レベル:28

 体力:46

 魔力:179

 職業特性:【情熱パッション

 スキル:【手首スナップ



 エルフ……!?

 人前に姿をあらわさないエルフがなんでこんなところに!?

 しかもあの褐色の肌の色は……。


『んあ? ダークエルフか、あれ?』



 シュッ──!



 神経を張り詰めていたボクの第六感が、反射的にスキルを発動させた。



 【軌道予測プレディクション



 □ ディーの右手からクルミが投げられる。

 □ そのクルミが、ボクの額めがけて一直線に飛んでくる。



 なるほど。

 スキル【手首スナップ

 それでクルミを高速発射してたってわけか。



 【身体強化フィジカル・バースト



 パシッ!



 額に当たる寸前。

 ボクは、そのクルミを右手でキャッチすると。


 グッ──!


 そのまま右手に力を込めて。



 バリッ──!

 パラパラ……。



 手を開いてにぎつぶしたクルミを床に落とした。


随分ずいぶんな挨拶じゃないか。この町のボスってのは、礼儀れいぎも知らないみたいだね」


「ほう……? こりゃまた、ドミー。あんた、厄介やっかいな客を連れてきたもんだねぇ」


 銀白色の髪の褐色の女。

 ディーは面倒めんどうくさそうにそう言うと、右手に持ったクルミをカラカラと回した。

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