第101話 vs頂上神

 さぁ、まずは。

 ゼウスとやらを観察だ。

 頂上神だかなんだが知らんが、アベルの野郎だって魔神サタンを倒せたんだ。

 オレにだって倒せるはず。

 出来るはず──出来るはずだ、オレにも。


「ぬぉ~っほっほぉ~……ん?」


 ゼウスは、ドスドスと大股でこちらに向かって歩いてくる。

 第一印象は傲慢、横柄、自信過剰。

 そいつはこっちに向かってくる途中、なにかに気づいた様子で首を傾げてる。


「あぁん? お前、もしかして……意識がある? なんで? 失敗した?」


 そう言ってゼウスは深くため息をつく。


「はぁ……ワシはとうとう、人間みたいなゴミクズの精神を引っ剥がすことすら出来なくなっちまったのか……」


 は?

 こいつ、人間のことを「ゴミクズ」って言ったか?

 おいおい……神だろ?

 いいのかよ、そんなこと言って。

 しかも「精神を引っ剥がす」ってなんだ?

 アベルは、それのせいでこの肉体から消えた?

 消えたならどうなった?

 完全に消滅したのか?

 それとも、まだどこかで存在してる?


「赤毛のチビ。ったく……人間のオスってもんは、なんでこんなに吐き気を催すほど汚いもんかね……」


 オレのことを人間の「オス」呼ばわり。

 今の一言でわかったこと。

 こいつは人間を見下している。

 あの魔物や魔神の連中のように、人間を見下してるんだ。

 ただし。

 女に関しては、その限りではない……?



 ドガァッ!



 ゼウスの分厚い裸足の足が、何もない空間を蹴りつける。


「うむ、結界は問題なく機能してるな」


 そう言って見えない壁をゴンゴンとげんこつで叩くゼウス。

 どうやらオレは、見えない結界で囲われてるらしい。

 ってことは。

 さっき『吸収眼アブソプション・アイズ』が不発だったのは、そのせいってことか。


(だとすると……マズいぞ)


 結界の中からゼウスに攻撃する手段が、ない。

 オレの背中を汗が伝う。


「さぁ~て、どうしてくれようか、この鑑定士むしけら


 ゼウスは虫かごの中の虫を見るような目でニタニタと笑う。

 どうやら、オレを捕まえたはいいものの、どう扱うかまではまだ決めていないようだ。

 と、なれば。

 オレに出来ることは、ただひとつ。

 徹底的に──。



「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ! お願いします! どうか、殺さないで……! なんでも、なんでもしますから、どうか命だけはぁぁぁぁぁぁ……!」



 弱者を装う!

 そしてゼウスの油断を誘い。

 結界から出て。

 スキルを奪って。

 殺す。


「くふふ……人間のオスというものは本当に惨めじゃのう。憐れじゃのう。美しいメスとは違って本当に存在する意味がわからんのう。まぁ、こんなゴミカスでもワシの生み出したものの一部なんじゃからなぁ……。ハァ、つくずく嫌になるわい。自分の中にこんな汚らしいものが存在していたという事実にな……」


 オレの迫真の演技によって、さらにわかったこと。

 ゼウスは人間の女には興味がある。

 オレたち人間は、ゼウスによって生み出された。

 そして、このジジイは傲慢で尊大。


 見えてきそうだ、付け入る隙が。


 もっと、もっとだ。


 もっとオレのことを下に見ろ、侮辱しろ、舐めてかかれ。


 そして、もっと寄越しやがれ。


 オレ様に──。


 足元をすくわれる材料を。



「偉大なる神とお見受けいだじまずぅ! 私は、矮小でくだらない惨めな人間のオスでございまずぅ! 理由もわからず魔界に連れ去られるも、必死に逃げて参った次第でございます! あぁ、きっとあなた様のような素晴らしい神が、私をお救いくださったのですねっ! 感謝してもしきれません! 私に出来ることであれば、なんでも力にならせていただきまずぅ……!」



 涙を流し。

 鼻水を垂れさせ。

 額を地面に擦り付け。

 ひたすら懇願する。


 さぁ、ゼウス。


 油断しろ。


 いい気になれ。


 オレに、殺されるために。

  

「ふははっ! これはこれはっ! ゴミはゴミでも自分の立場をわきまえてるクズかっ! ふむ……まぁ、これなら別に精神を持ったままでも構わんか。何千年か前の鑑定士むしけらは面倒だったかならなぁ。時間をかけて洗脳して魔界に送り込んだが……まだ向こうが滅んでないってことは失敗したんじゃろう。あぁ、今思い出しても本当にあれはわずらわしかった」


 おぅ、いいぞ、その調子だ。

 もっと饒舌に話せよ。

 っていうか、こいつが今言ったのって、もしかしてあの『ネビル』のことか?

 まぁ、あんな奴のことは今はどうでもいい。

 目の前のことに集中しろ。

 そして、さり気なく誘導するんだ。


「私のようなゴミムシが、偉大なる神にお会い出来ているだけでも光栄でございますぅ。魔界に攻め込めと言われれば攻め込みます。女を連れてこいと言われれば連れてまいります。金や財、珍しいマジックアイテムが欲しいのであれば必ず探して参ります。国が欲しいとおっしゃるのなら……」


「こほんっ」


 ゼウスは咳払いすると、少し気恥ずかしそうに続けた。


「ふむ、聞き分けがいのはとてもよいことだな。それで……その……はどれくらい用意できる?」


「は?」


「だから……な、だ」


「すみません、もう一度おっしゃっていただけま……」



「女だぁぁぁぁぁぁぁぁあ! 女っ! 女はどれくらい用意できる!? 種族は!? 人数は!? 年齢は!? プロポーションは!? ルックスのランクは!? さっさと答えんか察しの悪いゴミがぁぁぁぁ!」



 急に目を血走らせて大声でわめきだすゼウス。


(こ、こいつ……ついに出しやがったな、『尻尾』を)


 ここは悪いがセレアナ、リサ、ルゥ。

 お前らを売らせてもらうぞ。


「え、ええ。とびきりのランクの女を用意できます。ランクでいえば、まさにS級。しかも、それが三人でございます。ボンキュッボンからツルペタ、ちょうどいいのから、あっ、そういえば幼女まで。きっと偉大なる神にご満足いただけるかと」


 一応、テスも女か。

 もしかしたら「そっち」って可能性もあるからな。

 あの閻魔がそうだったように。


「ほうほうほう。いいのう、いいのう。なかなか殊勝な心がけじゃぞ、人間。しかしなぁ~……S級かぁ」


 ……ん?

 なにかシクッたか?


「お前のようなゴミにはわからんかもしれんが、ワシのような偉大な頂上神、人間世界の創造主、この世の頂点に立ちし唯一の存在にもなるとなぁ~、S級程度じゃイマイチなぁ。ほら、ワシってこれまで散々、美の女神やらを手につけてきたわけじゃろ? そこで今さら人間のS級ごときを紹介されてもなぁ……」


 あぁ、ランクが物足りないってことか。


「ほら、しかも? ワシは、た~またま今ちょうど長い禁欲期間を過ごしてたわけで? いやいや、全然モテなくなったとか、そういうわけじゃないぞ? ほんとにたまたま! たまたまそういうあれだったの! ってことで、もうちょっと上のランクで久々のブランクを解消したいわけよ。わっかるかな~、わかんねぇだろうなぁ~、人間ごときには、この偉大な神の心境なんざ」


 つまり、モテなくて女旱おんなひでりだったと。

 だから、超弩級の美少女で、そのスケベ心を満たしたいと。

 ったく、俗すぎるにも程があるだろ、この世界の神ってやつは。


「はぁ、さすがは素晴らしき神様でございます。私のような虫けらには到底想像のつかぬ深遠なるお考え。そうですね、私に案内できる最高ランクの女性といえば……」


 誰だ?

 女。

 女。

 美女。

 美少女。

 S級よりも、さらに上。


 聖女見習いのソラノ?

 いや、あれもせいぜいS級、いやA級ってところか。


 モモ……はダメだ。


 偽モモ……は魔王の残滓だからダメだな。

 会わせる訳にはいかない。


 う~ん……。

 S級より上……上……上……。



 ハッ──!



 いた。

 いたじゃねぇか。

 いたっていうか。

 なれるじゃねぇか。




 アベルなら。




 あいつは、今どうしてる?

 ゼウスによって、この肉体を追い出されたあいつは。

 あぁ、でも、オレにはそれくらいしかS級以上の女なんか思いつかねぇ。


「神様」


「あ?」


 いちいち返事をわずらわせるなという態度のゼウス。

 だが、ここは突っ込んでいくしかない。

 オレの手にしてる細い糸。

 その先を、ゆっくりと手繰り寄せていく。



「アイドル、という職業をご存知でしょうか?」



「な……!」


 驚愕の表情。

 まるで心臓でも止まったかのように頂上神は固まる。


「今……なんと言った?」


 これは、どっちの反応だ?

 当たりか。

 ハズレか。

 どっちにしろ、このまま突き進むしかない。


「アイドル──と申しました」


「し、し、知ってるのか……? その、アイドル、の居場所を……?」


「はっきりとは言い切れませんが、ご紹介出来るかもしれません」


「どこ……だ? どこにいる? どこに行けば、その、アイドルの女に会うことが出来る? 貴様のような鑑定士むしけらよりも遥かにレアな存在アイドルとっ!?」


 おいおい……。

 百年に一度しか生まれない鑑定士よりもレアな職業だって?

 くくく……これはこれは。

 どうやらオレは引き当てたようだ、勝利の糸を。

 こりゃあ『変身トランスフォーム』とアイドルの姿を分けてくれたドッペルゲンガーの野郎には、もう足を向けて寝られねぇな。


「はいっ、私を捉えた教会、あそこに行けば、その者に会える可能性は高いかと。ですので、私が行って連れてまいりま……」


 私が行って連れてまいります。


 そう言おうとした。


 この結界から出て、まずは教会に戻る。

 そしてアベルと一体化して、スキルもステータスも万全の状態になってから。

 アイドルの女に変身して、殺す。

 頂上神、ゼウスを。


 完璧なプランだ。

 これでオレは、神と魔神の間で行われていたコマという役割からも解き放たれる。

 やはりオレ様はアベルなんかよりはるかに優秀だ。

 あいつがいたから、魔界を脱出するのにもあんなに手間がかかったんだ。

 最初っから全部オレ様に任せときゃよかったんだよ。

 このフィード様にな。

 そう思い、心の中でニヤリとほくそ笑む。


 しかし──。



「教会! うむ、メダニアとかいうとこか! よし、わざわざ貴様の手を煩わせることもない! ワシが自ら迎えに行ってやろう! うむ、ではっ! ワシ、顕現けんげんっ!」



 そう叫ぶと、ゼウスの姿はシュワッとかき消えてしまった。



 ………………は?

 あの色ボケ神、自分で見に行ったのか?

 って……!

 フィード!

 もしあいつが無事で、しかも元の姿に変身してたりしたらややこしくなるぞ!

 えぇい、一か八かだ!

 飛ばすぞ、一日一回しか使えない伝令スキル!



 【一日一念ワールド・トーク



『アベル! 生きてんだろ!? 頂上神ゼウスとかいうやつをそっちに行かせたから、お前の方で引き止めといてくれ! その間にオレは天界を脱出してそっちに戻るから! あっ、それとあれ! あれに変身しとけ! ドッペルゲンガーが見せてたあの「アイドル」とかいう人間の女に! じゃ、頼んだぞっ!』



 送った。

 送れたってことは、多分あいつ無事ってことだよな……?


 なんにしろ。

 ゼウスの監視を外すことが出来た。

 さぁて、っと。

 まずはどうしてやろうかね、この結界。


 そう思って「ふぅ」と息を吐く。


(……ん?)


 気がついた。

 遠くの雲の丘の陰。

 そこから、こちらをチラチラと見ている何者かの存在に。

 さぁ、なにが隠れてますことやら。

 ま、誰であろうと。

 アベルなんていう足枷のないオレ様──フィード・オファリング様が籠絡し、洗脳し、蹂躙してやるだけなんだがな。


 さぁ覚悟しろ、頂上神ゼウス。


 そして、ふざけた天界のボケ野郎ども。


 このフィード・オファリング様が。


 お前らを駆逐してやる。

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