アベルパート

第102話 貞操危機一髪!

 やぁ、ボク『ルード』。

 肉体と「フィード」という人格の一部を神に奪われたボクは、かつて「アイドル」と呼ばれていた女性へと変身した。

 そのほうが、ボクを陥れた連中に見つからず安全に行動できるからね。

 で、女性の姿の間は名前も「ルード」に変えることにした。

 そして、もろもろ変えたそのすぐ後に。


 ボクの肉体を奪った張本人──頂上神ゼウスがやってきた。

 しかも、この神──。



「ぐわははぁ~! 女ぁぁぁぁ! 中から女の匂いがするぞぉぉぉい!」



 すっごく下品。

 サタンはサタンでイケ好かない奴なんだけど、それよりも……もっと……なんと言うか。



 生理的にムリ。



 え、ボクの肉体が女だから?

 思わず机の陰にバッと隠れてしまう。

 本能的な恐怖。


(この感覚って、サタンのせいじゃないよね?)


 人間界の外気に触れたら消滅するらしい魔神サタン。

 その恐怖がボクの精神に影響してる?


『いや、別にオレ様はゼウスが近くに来ようが別に影響は受けねぇ。お前の中にいる限りな』


 どうやら違うらしい。

 ってことは……。


『たぶん、お前の女としての直感ってやつが危険を感じ取ってるんじゃないのか?』


 お、女としての直感?

 えぇ~……?

 ボク、健全な男の子なんですけど?


「ちょっと、ルード! なんなのよ、あのむさ苦しい男は!」


 フィードと語感が似てるからか、あっさりと自然にルードとボクのことを呼ぶようになったリサが小声で聞いてくる。


「うん、あれゼウスらしい」

「は? ゼウスってフィードの体を持っていったっていう?」

「うん」

「ならっ! あいつを殺せば……うぐぐぐっ!」


 ゼウスに突っかかって行こうとするリサの口を塞いで、周りに集まってきてたルゥ、セレアナ、テスにヒソヒソ話。


「さっき天界にいるっぽい『フィード』から『一日一念ワールド・トーク』で連絡が来てさ。あいつがゼウスをここに送り込んだっぽいんだ」


「フィードが……! 生きてたのね……よかった……」


 抱きかかえたままのリサの体からへなへなと力が抜ける。


「うん。で、フィードが脱出する間、ゼウスをこっちで引き止めといてほしいらしい」


「なるほど、わざわざこっちが助けに行かなくても勝手に抜け出してくるってわけねぇ。さすがフィード・オファリングですわぁ。頂上神とやらを早速出し抜くだなんて」


「ふむ、では、あのゼウスを、いっそ、ここで殺してしまうのは、どうだ?」


「それはちょっと難しいと思う。サタンを倒した時は周囲が魔純水エリクサーに覆われてたから無限にスキルが撃てたんだけど、今のボクの本体は屋根裏にいた蜘蛛なんだ。魔力も少ない。ゼウスをやっつけるにしても、まずはフィードと合流して元の体を取り戻さないと」


 ヒソヒソヒソ。


 ボクらはテーブルの陰にしゃがみこんで、モチモチオシクラワームのように体を引っ付けあう。


「じゃあ、どうするのがいいんでしょうか? フィードさんが自力で脱出してくるまで、ゼウスをここで接待とかする感じ……なんでしょうか? 接待ってなにすればいいのかよくわからないんですけど」


「うむ、神の接待、それは酒池肉林じゃ」


「しゅ、酒池肉林ですってぇ!?」


「うむ、神ゼウスは、色欲マシマシ、エロ大魔神、で知られておる。ヤツを足止めするなら、女体が一番。しかも、とびきりの美女の」


『とびきりの……』


『美女……』


 みんなの視線がボクに注がれる。


「えっ!? ちょっと待って!? も、もしかしてボクに、そのエロエロドスケベ大魔神の相手をしろって言ってる!?」


「大丈夫よ、ルード。あなたの貞操は私達が守るわ」

「ルードさん、いざとなったら、私が代わりに……」

「あらぁ、ルードぉ? まさか私より大人の世界を経験するだなんて隅に置けませんわぁ」

「ルード、たとえ穢されても、魔王様には、会わせてくれ」


「ちょちょちょ、待って! なんでボクがそんな……」


「あらぁ? だってぇ……」


 ジュッ──。

 みんなの熱視線。



「こんなに美しい生物、魔界にもそうそういないんですものぉ!」



 そう言われ、再びもみくちゃにされるボク。

 なんだなんだ?

 まだ鏡見てないけど、そんなになのか?

 前にドッペルゲンガーに見せられた時はたしかに「おぉ……!」って思ったけど、あれは一瞬だったから?

 それとも、ボクのなんらかの要素が影響してバグっちゃってる?


 もみもみのくちゃくちゃにされながら、そんなことを思っていると。


「あぁ、ちょっと! ダメですって! 勝手に入らないでください!」


「がははは! 勝手にもなにもないじゃろう! ここはワシの家みたいなもんじゃ!」


「なに訳のわかんないこと言ってんですかぁ!」


 一人だけゼウスの正体に気づいていない神官ラルクくんを振りほどいて、完全なる不審者ファッションの長髪男──ゼウスが部屋の中へと踏み込んできた。


 ドガァ!


 重たい樫の木のテーブルを軽々と蹴り飛ばす。

 目が合う。

 ズゾゾゾゾ。

 背中に寒気が走る。


「お、おぉぉぉぉ……」


 ゼウスの顔がだらんと弛緩する。


「ア……」


 ア?



「アイドルちゅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」



 そう言ってポイポイポイとボクに群がってたリサ達を投げ飛ばし、ガッ! っとボクの足を開いて体を入れてくるゼウス。



「ヒッ──」



 ムリムリムリムリムリムリムリムリ。

 完全に想定外の態勢に固まってしまう。

 え?

 何この態勢?

 どういうこと?

 意味がわからない。

 こわっ。

 あれ……っていうか。

 もしかしてこれって……。



 貞操の危機、ってやつなんじゃ……。



「アイドルちゅわん! ずっと会いたかっ……」



 バィィィィィィィン……!



 ドサッ。


 ボクの上に倒れ込んでくるゼウス。


「わー! わー! わー! わー!」


 思わず叫び声が出る。

 ボクの上にのしかかったゼウスの肩越しに、フライパンを手にしてフーフーと涙目で肩を震わせてるリサの姿が見えた。

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