第96話 地中に残った者たち
まだかな。まだかな。まだかな。まだかな。まだかな。まだかな。まだかな。まだかな。まだかな。まだかな。まだかな。まだかな。まだかな。まだかな。
地中に広がるローパーたちの楽園ララリウム。
会話のすべてをテレパシーでやり取りし合うローパー族。
その民の頭の中に、新たにクイーンローパーへと進化したパル女王の思念が絶え間なく響き続ける。
「女王、どうかもう少し落ち着かれては……」
側近の守護ローパー、プロテムがツツツと近づき、やはりテレパシーで進言する。
「だって、明日になったら、また、フィードとお話できるん、だよ?」
パルがローパーの女王となった際に獲得したスキル【
一日に一度だけ、世界中どこにいる相手にでも声を届けることが出来るという超常のスキル。
【
その半ば反則的な組み合わせによって、フィードとパルの二人が、その超常たるスキル【
「にしても姫……いえ、女王。あなたは、もう責任あるお立場なのですから、少しはわきまえてもらわないと……」
パルはふてくされて謁見の間にごろんと転がる。
「ばか。プロテムのばか。みんな~、プロテムが、いじわる、するの~。ばか。ばか。ばか。ばか」
「女王、少しは威厳というものを……」
ローパーから人間の姿へと変わってしまったパル女王。
ローパーは人間に恋をしない。
少なくとも、プロテムは。
それでもプロテムは、女王に対してのモヤモヤとした気持ちを捨てきれずにいた。
「あいかわらず、プロテム、うっさい。大悪魔が来た時、一人じゃなにも、できなかった、くせに」
「うっ……! そ、それはですね……!」
「ばか。ばかばかばかばか。プロテムの、あんぽんなす」
「女王、それは『あんぽんたん』と『おたんこなす』がごっちゃに……」
「うるさい。うるさい。うるさい。うるさい」
「はいはい、うるさくてすみませんでした。ただ、私は心配なのです。その……女王が、フィードに都合よく弄ばれるのではないかと」
「なんで?」
「は?」
「なんで、そんな事、言うの?」
パルは床に転げだしてた体を身をぐぐいと乗り出し、プロテムに詰め寄る。
「いや、私は女王様の身を案じて……」
「なんで。なんで。なんで。なんで。なんで? フィード、また来るって、言った、もん」
「ただ、それがいつになるかは、わかりません。人間圏には神をはじめ多大な災厄もございます。いくら戻ってくると言ったところで、それが叶わぬことも……」
じわっ……。
(あっ、ヤバ……)
「ぶえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
ローパー時代のぷにぷにとした肌感だけを残した人の姿のパルが、その両の眼から珠のような涙粒をぽろぽろと落とす。
慌てて、ソソソ……とハンカチを持ち寄る女中ローパーたち。
「あ~……えっと……」
プロテムにとって、これは初めての経験だった。
いつもテレパシーによって心と心が通じていた姫。
それが今やパルは人の姿。
なんだかうまく言葉が伝わってない気がして、もどかしい。
「ねぇ、なんで? なんで、プロテムは、そんなイヤなこと、ばっかり、言うの? もっと、嬉しいことも、言って、よ~」
嬉しいこと?
プロテムにとって、遂行すべきことは国防。治安の維持。女王の警護。
どれも嬉しいようなことじゃない。
常に最悪の状況を想定し、それに対して厳しい訓練を積む。
それが己の使命であり、存在意義だ。
そう思い、プロテムが「うぅむ……」と唸っていると。
ポカンっ!
と、頭を殴られた。
敵襲か──!?
すぐさま背後に視線を向けたプロテムの目に入ったのは──。
「兄ちゃん、体ばっか、でかくなって、ばか!」
弟のペリシスだった。
「こらこら、ペリシス。お兄ちゃんに向かってばかとはなんだ、ばかとは」
小さい緑色のローパーは、両触手(人間でいう両手)でガッツポーズを取ると、力強く言った。
「兄ちゃん、ずっと、パルちゃんのこと、好き、だっただろ! だから、あれ、だよ! え~っと、あっ! しっと! 嫉妬、だよ! パルちゃん!」
「しっ……と……? プロテム、嫉妬、してた、の?」
「わ~! わ~! わ~! な、何を言って……! こらっ! あ~~~、というかペリシス! 女王様を『ちゃん』呼びするだなんて……」
ダラダラと汗を垂らすプロテムに対し、ペリシスはひと仕事終えたとでも言わんばかりに満足気な笑みを浮かべている。
「プロテム、わたしの、こと、好き、なの?」
驚いたとばかりに真顔で聞いてくるパル。
『告った』
『弟に告られた』
『はわ~』
『プロテム気の毒』
『バレバレだったけどね』
『気いてなかったのパル女王だけ』
『プロテムの運命やいかに』
『振られちゃう?』
『プロテムがんばれ』
『人間に負けるな』
『傷心ご飯作っとくね』
『残念会、しよ?』
『どきどき』
『わくわく』
『女王、なんて返事するかな』
国中のローパーたちもわいわいと囃し立てる。
「……ですよ」
「え、きこえない。もっと、大きい声で、言って」
「あぁ、そうですよ! 好きですよ! 身分の違いなんか重々承知ですよ! 昔から好きです! ずっと! だから、姫があの人間を好きだってのがイヤなんですよ!」
『いった~!』
『告った~!』
『逆ギレ気味?』
『ふおおおおおおおお!』
『プロテムが漢を見せた~!』
『わくわく』
『わくわくわく』
『どきどきどきどきどきどき』
「プロテム?」
「は……ハッ!」
プロテムは青い体表を赤くして、死刑執行を待つかのような気分で
「女王」
「は?」
「姫、じゃなくて女王」
「あ……もうしわけありませ……」
「いいよ」
「……は?」
「三年待って、フィードが、戻ってこなかったら、考えてあげても、いい、よ」
『まさかの!』
『逆転ホームランきた~!』
『うそぉ……』
『プロテム、おめでと!』
『今日は、祝勝会!』
『うわ~ん! よかったね!』
『プロテム、やるじゃん!』
『逆玉の輿?』
『おまつり! おまつりしよ?』
ぽかんとした顔で立ち尽くすプロテムに、ペリシスがツツツと駆け寄る。
パシンっ!
「やったじゃん、お兄ちゃん!」
大悪魔の侵攻によって傷を負ったララリウム。
前女王を失い、暗いムードに包まれていたその都の空気が、プロテムの思わぬ告白によって、にわかに明るく弾けた。
【ララリウムよりさらに下層 地獄】
偽の出口から地獄へと放り投げられたインプのホラム。
「うわあぁわぁわぁぁぁぁぁぁ……」
ガンッ!
ドカッ!
ボキッ!
バキッ!
壁や木になどにぶつかりながら。
ポチャンっ!
アベルの元パーティーメンバー、侍のミフネの母セツコの抱きかかえた傷薬の壺の中へと落ちた。
「うわっぶ! ぺっ! ぺっ! なんだこれっ!」
「あんた……
「うわッ! なんだ、この不気味なババアっ!?」
ヒョイっ。
セツコはホラムをつまみ上げるとまじまじと観察する。
「オイっ! 下ろせ! オレ様を誰だと思ってんだ! オレは……」
はて、という顔をするホラム。
「あ、あ、あ……記憶が……存在が……消えていく……ヤバい、ヤバいヤバイヤバイヤバイヤバイ……!」
「どうしたんかね、そんなに慌てて。地獄じゃ時間はたっぷりあ……」
ひょいっ!
ホラムは、ついクセでセツコの口の中に飛び込んでしまう。
「おやおや、どうしたってんだい、この子はまったく……」
「あぁ……ヤバい……【
【
【
【
【
「ハッ……! そ、そうだ、オレはダンジョンの主である権利を放棄するぅ! 放棄、放棄、放棄! 放棄だぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
【
「やっ……た……? ギリギリ間に合った……? やった! やったぞ、オレは生き延びた! これでこそ、いずれ世界を統べるホラム様だ! な~~~にがダンジョンだ、バカヤロー! クソ! ば~かば~か! ……っと」
口の中に突っ込んでくるセツコの手をかわしながら、ホラムは唱える。
【
セツコの体がだらんと垂れる。
「へへ……やっぱオレ様は、これだぜ……。なになに……? このババアが抱えてる壺の中身は傷薬……? ははぁ~ん、ここに落ちたからオレは助かったってことか。これは……持ってるな! 運を持ってる! オレ様に生きろって言ってるんだよ! え、誰がって? 決まってるだろ! 神がだっ! つまりっ──!」
ニヤリ。
天は、このホラムに味方してる。
九死に一生を得た
「ククク……見てろよぉ~~~フィード・オファリングぅ……! オレ様は絶対にここから脱出して、キサマに再び地獄を見せてやるぜぇ……!」
そう誓う小鬼の頭の上を、古龍メガリスターが飛んでいた。
たまたま地獄へ戻ってきたところで出会った餓鬼トラジローを背中に乗せて。
子供のお願いに弱い古龍メガリスターは、ボヤきながらもどこか少し嬉しそうに地獄の空をくるりと一回転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます