第95話 魔界に戻った魔物たち

 地下ダンジョンから脱出するための扉。

 その先に伸びた通路の途中でフィード一行と別れた魔物たちは、久々の新鮮な地上の空気を味わっていた。


「くぅ~! やっぱ地上の魔力はひと味違うぜぇ~~~!」


「も、戻って来られた……本当に……」


「でも結局ぅ、地下じゃ誰も死ななかったからねぇ~! ま、ちょっとした旅行みたいなもんだったっしょ~!」


 デュラハンのヌハンにしなだれかかったサキュバスのサバムが、そう言って気持ちよさそうに背伸びをする。


「死んだっ! オレたち死んだからっ!」

「コケッ! コケコケェ~!」


 必死に抗議するヌハンとコカトリスのトリス。


「え~、でもい~じゃん、こうして生き返れたわけだしぃ~? それにぃ~……」


 ヌハンの鎧頭を引き寄せて、サバムは頬に熱烈なキスをかます。


「私たちをかばって死んだ時、ちょ~かっこよかったよぇ? ねぇ、ダァ~リンっ♡」


 顔を真っ赤にしたヌハンが頭を取り返そうと手をバタつかせる。


「コケ~!」


「あ、うんうん、トリスもカッコよかったって。多分。覚えてないけど」


「コケ~!!」


「あ~ん、ごめんってばぁ~!」



 そんなおのろけバカップルをよそ目に、狼男ウェルリン・ツヴァは気が重かった。

 友人だと思ってたフィードに裏切られ。

 その悔しさを晴らすために地下で鍛えに鍛えまくった。

 それでも届かなかった。

 強さでも、生物としての器でも、完敗だ。

 魔界を二分するマフィア──ツヴァ組。

 そこの跡取りにもかかわらず、組員たちまで巻き込んじまった。

 おまけに、そいつらまでフィードに助けられるとは……。

 そりゃあ……。

 そりゃあさぁ……。

 リサちゃんも取られるわ……。



「あぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!」



 ウェルリン・ツヴァは遠吠える。

 今日という日の悔しさを忘れないために。

 そして、魔界のマフィアを制して、いつの日か必ず人間界にリサちゃんを迎えに行くんだという決意を込めて。

 組員たちも、ウェルリンの後に続けて遠吠える。

 自分たちは生きて帰ってきたと、若頭カシラのワンゴに伝えるために。



「おいおい、みんな勝手に盛り上がってくれてんな~」


「しょうがないんじゃなかな、やっと地上に帰って来られたんだし」


 ボヤくオークのオルクにたどたどしく声をかけるのは、スキュラのキュアラン。

 セイレーンのセレアナの手下だった半人半蛸の魔物。


「でも、いいのか? セレアナのやつ、フィードについて行っちゃったぞ?」


「うん……。セレアナ様は、世界を統べる歌姫だから……。いつまでも私なんかが一緒にいられるわけないってわかってたんだよね……」


「へぇ、そんなもんなのかね……」


 そう相槌を打ちながらオルクは思う。

 オレがフィードに抱く気持ちみたいなもんかな、と。

 オルクは、以前までミノタウロスのミノルの背中を追っていた。

 超えるつもりで。

 そして、地中ではフィードの背中を追った。

 そして気づいた。

 自分なんて大した存在じゃないと。

 でも、そう悟った瞬間に不思議と人が周りに集まってきた。

 今では、みんなから「リーダー」なんて呼ばれてる。


「で、リーダー、これからみんなで学校の方に戻るんだよね?」


「ん、ああ、そうだな」


 まぁ、どうせ帰るまで誰かが引率役をやんなきゃいけねぇんだ。

 それまで甘んじて受け入れとくか、このリーダーとかいう肩書を。


「お~い、それじゃあ、みんなで帰るぞ~。危ないから途中ではぐれないように集まれ~。あ~、それからジビル~。インビジブル・ストーカーのジビルいるか~?」


 小枝がそっと宙に浮く。

 透明人間のジビルがそこにいる証だ。


「うん、まぁ、また勝手に死なれちまったら見つけてやれねぇからな。離れないようについてこい。そうだな……お~い、アルネ~!」


「ん……なに……?」


 緑色の内気な少女、アルラウネのアルネがおずおずと答える。


「お前、ジビル係な。しっかりついてきてるって確認してくれ」


「えぇ……なんで、私……?」


「ん~、なんとなく? ほら、オレも好きでリーダーやってんじゃねぇんだ。ってことで、頼んだからな!」


「えぇ……う~ん……」


 ちゅるちゅるちゅるとアルネの手にした草が伸びていく。


「その先っぽ……持ってて……? 持ってたら……ついてきてるってわかるから……」


「…………」


 ジビルはそれを握って微かに揺らす。

 無口な二人は、微妙な距離感を保ったまま静かに歩みだした。



「あ、お~い! デュド! お前、また一人で……! ったく、ほんと一匹狼なんだから……」


「ま、いいんじゃない? 地上でメデューサに喧嘩売るやつなんていないよ」


「ん~? ま、言われてみればそりゃそうだな、ほっとくか……。ってなわけで、ツヴァ組さん。あんたらとも、ここでお別れかな」


 オルクとウェルリン・ツヴァ。

 ともにフィードをライバル視し、越えようと野心を燃やした二人。

 かたや一般市民で下級種族のオーク。

 かたや魔物のエリート、ウェアキングの息子でマフィアの跡取り。

 何もかも違う境遇の二人。

 でも、かつて同じ頂きを目指した者同士、そして同じ「背負う者」同士にしかわからない絆のようなものが自然と芽生えていた。


「オルクっ! 行くとこなかったらうちに来い! お前ならいつでも大歓迎だッ!」


「ハハッ、オレはそんな器じゃなぇよ。分相応にそこそこで暮らすさ」


「? そうかぁ? お前は大したもんだと思うぞ?」


「はいはい、マフィアさんは口も達者なようで。ま、でもとりあえず、あんたがいなかったら、オレたちゃ全滅してた。そこのクソもぐらに殺されてな」


「ぐらぁ~♪」


 ウェルリンに使役されたもぐら悪魔のグララが、あさっての方を向いてすっとぼけている。


「ってことで、あらためて礼を言わせてもらうぜ、ウェルリン・ツヴァ」


「いや、オレたちの方こそ、お前らが必死に出口を見つけてくれたから出られたんだ。礼はいい。うちの組員もんも生き返らせてもらったからな」


「あぁ、でもそりゃ……」



『フィードが』



 そう言おうとして、口の端をニヤリと上げる。

 わざわざ口に出すまでもないか。

 それに。

 気づいたわ。

 まだ……あいつに負けたくないって気持ちがほんの少し、欠片程度でも残ってたってことに。


 ウェルリンと向き合い、無言で微笑み合う。

 これでいい。

 言葉はいらねぇ。

 オレたちゃ「礼だ恩だ」とゴチャゴチャ駆け引きしたりするような大人じゃないんだ。

 子供は子供らしく、ぐだぐだなまま、お家へゴーだ。

 ……って、こんなこと考える時点でマセガキか?

 まぁいい。

 ガキのくせに駆け引きなんざするのは──。


 フィードだけで十分、だよな。


 すげぇよ、あいつは。

 オレたちと同じ子供なのに。

 ま、今となっちゃ、もう別の道だ。

 オレはオレらしくこっちで生きるよ。

 だから、フィード。

 お前もそっちで達者で暮らせ。



「お~し、じゃあ愛しのお家へ帰るぞ~」

「はぁ~い!」

「ん~っ! スキルもみんな元に戻ったし最っ高~♪ ってことでぇ~! ひさびさ炸裂、あげぽよ【魅了エンチャント】~☆!」


「コケ……」

「うぬ……?」

「うおおおお! なんかムラムラ燃えて……いや、萌えてきたぜ! 【発熱フィーバー】ァァ! 」

「なるほど、サバムの臀部を揉みしだくにはこの角度、このスピード……よし読めたっ! 【軌道予測プレディクション】!」


「ちょおおお! お前ら! やめろ、人の彼女にっ! 【死の予インスタント・デ……】」

「やめてー! 即死スキルはやめてーーーー!」


 そんなヌハンたちを見たツヴァ組組員が漏らす。


「ハハっ……ボン、あいつら賑やかっスね」

「ああ、あれがカタギのガキのあるべき姿だ。地中じゃ世話になったが、地上に戻りゃあ、もうオレたちとは住む世界の違う連中だ」

「……ボンも、オジキの息子じゃなかったら、今頃ああしてたんスかね……」

「ハッ……くだらね~こと言ってんじゃねぇよ。それに……もう十分味わえたよ、そんな淡い気持ちはな」


 あいつのおかげで。


「それよりグララっ!」

「ぐ、ぐら? グララ、今日はまだなにも悪いことしてないぐらよ……?」

「てめぇは、これからたっぷり扱き使ってやるから覚悟しろよ!」

「ぐららぁ~……。グララ、超強い悪魔なのに、よりにもよってマフィアの手下ぐらぁ~……」

「ってことで、こいつは下っ端だ! 茶坊主でもなんでも好きに扱き使ってくれ!」

「へいっ!」

「そ、そんなぁ~……ひどいぐらよぉ~……ぐらぁ~、助けてデンドロさまぁ~……!」

「うるせぇ! ちゃきちゃき歩け、新入り!」

「ぐらぁ~……!」



 こうして。

 ウェルリン一行とオルク一行は、メダニアとの間を隔てる巨大な壁に背を向けると、それぞれがおのがテリトリーへと向かい──歩き始めた。

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