第81話 交渉の七分間

「なんだ、話とは?」


 さっきまでは問答無用でオレたちを殺そうとしてきた閻魔。

 その閻魔が、ローパーの前女王ポラリスに貰ったベストによる即死スキル無効化のおかげで動揺し、こちらの持ちかけた提案に対し返答をした。


 好機だ。

 魔力も尽きてスキルの使えないオレが、ポラリス女王のおかげで閻魔と対話するきっかけを掴めた。

 まずは一気に相手の興味を引き寄せることにする。


「これを見てくれ!」


 スッ。


 テスの肩に手をかけて前に差し出す。


「さぁ、どうだ。どこからどう見ても少女だ。そう、少女。金髪童顔。キリッとしたお目々は並々ならぬ知性を感じさせ、それでいて少女特有のホワッとした無防備感はそのまま。長く垂れた眉と蜘蛛の糸のような光るまつ毛は、まるで飴細工のような美しさ。白くキメの細やかな肌に、ほんのりとピンクに染まる頬のグラデーション。ほっそりとした手足の映える紅白水玉模様のワンピース。フリフリの白い靴下に黒のローファー。どこからどう見ても、かんっぺきなロリータ少女だ! さぁ! どうだ!」


 威勢よくまくし立て「ジャジャ~ン!」とばかりにテスに両手を掲げる。


 も。



「…………」


「…………」



(……え? あれ?)


 オレと閻魔の間に流れる微妙な間。


 え? あの二千年前の鑑定士ネビル、たしかに言ってたよね?


『閻魔の弱点はロリだ』


 って。

 え? なんかノーリアクションなんだけど?


「……で、お前は何をしたいんだ?」


「え? いや、ちょっと確認したいんだが……閻魔。彼女を見てどう思う?」


「は? ただの人間の子供だが? ハァ、いいか? 私は忙しいんだ。だから、貴様らをさっさと処理して次の仕事に移りたい。わかるか?」


 ええ~?

 おいおい、ネビル。話が違いすぎるだろ……。


 テスを見ると指で「七」を指している。

 どうやら残り七分しか時間がないらしい。


 ってなわけで、へこたれてるわけにはいかない。

 オレは閻魔の話の尻尾に食らいつく。


「し、仕事をそんなに早く終わらせてどうするんだ!? な、なにかやりたいことでも!?」


 時間はないが、ここから情報を集めて閻魔の泣き所を探す。

 ネビルとプロテムのせいでオレたちの印象は最悪。

 普通に相談しても、きっと地上に戻してもらえないだろう。

 だから、粘る。


「あ? やりたいこと? そんなこと知ってどうする?」


「いやぁ! あの有名な閻魔様を知れる機会なんてなかなかないので、ぜひ知りたいなぁ~って。あはは……」


「ほう!? そうかそうか。私のことを知りたいと」


 意外にノッてくる閻魔。

 

「そ、そうだね。帰ってから閻魔様は何をしてるの?」


「うむ。実は、実はなぁ~……」


 照れた感じで口ごもる閻魔。


 おいおい、こっちは時間がないんだ。

 モゴモゴしてないで早く話せ、はやくはやく。


「小説を……書いてるんだ」


 そう言って、閻魔は大柄な体躯たいくをモジモジとくねらせる。


「……? 小説?」


「ああ、だからもうっ! 言うの恥ずかしかったんだ! 聞かなかったことにしてくれ!」


 顔を真っ赤にして扇子を広げバタバタとあおぐ閻魔。


 そう言われても、ここで引き下がる訳にはいかない。

 さらに閻魔の話を掘り下げる。


「どんな小説を書いてるんだ? オレも地獄に関する本を読んだことあるから気になるな」


 さりげなく地獄というワードを織り交ぜて興味を引こうとする。

 さらにチラリと横目で周囲の状況を確認する。

 プロテムとネビルが立ち上がり、テスが「六」と指を六本立てている。残り六分か。


「ほう。地獄に関する本があるのか、人間界には」


 ホッ、よかった。食いついてきた。


「ああ、あるぜ。閻魔様が主役の話もあったな。体の大きかった喧嘩自慢の鬼族が魔神に喧嘩を挑むも、返り討ちにされて閻魔の仕事に就かされる、みたいなのとか」


「……! そ、その本のタイトルを覚えてるか……?」


 閻魔は再度ピシピシと襲いかかってくるネビルとプロテムを指で弾き飛ばしながら、なんだか少し焦ったような様子で尋ねてきた。


 ……? その本のタイトルに何かあるんだろうか。


「え~っと、たしか『最強の鬼族に生まれたオレ。魔神から閻魔に任命され、めちゃかわロリっ子鬼の秘書と一緒に働いてます』だったかな?」


「そ、そ、それ……」


 わなわなと震える閻魔。


 ヤバい、もしかして地雷だったか!?

 閻魔を馬鹿にしすぎたタイトルのせいか!?



「わ、私が書いた小説じゃないか~~~~~~~~!」



 えぇぇ……?


「私が書いて人間界に送った小説……ま、ま、まさか出版されていたとは……! しかも原作者の私になんの断りもなく……!」 


「え~っと、もしかしてだけど……それ、ただ連絡の取りようがなかっただけでは?」


「!?」


「えっ、なにびっくりしたみたいな顔してるの!? そら閻魔側から人間界に原稿を送ることは出来るかもしれないけど、人間界側からこっちに連絡取ることって不可能じゃない!?」


「たしかに……」


 あっ。


 ピコンっ。


 ひらめいた。


「あの、よかったら」


 テスが指で「五」を指している。残り五分か。


「なんだ?」


「オレが人間界に戻ってその出版社に伝言伝えようか? どうせ人間界に戻るつもりだし。で、どこなんだ? その原稿を送った場所は」


「むぅ……AIに任せておいたからのぅ……。おぅい! AI! AIはどこだ!?」


 しまった、あの働き鬼が絡んでたのか!

 あいつは、さっき野次馬に蹴飛ばされて気絶してたはずだ。

 くそ、今から起こしに行ったら間に合わない……!


 その時。

 背後から声が聞こえてきた。


「あい。表の騒ぎの首謀者を連れてきましたのです。あい」


 扉を開けてトコトコと歩いてくる働き鬼のAI。


「え!? ヌハン、トリス、トラジロー!?」


 AIの引く縄は三人の手首に繋がっており、まるで罪人かのように引かれていた。


「すまん、フィード……捕まっちまった……」


「コケ……」


「お兄ちゃん、ごめんよぅ……」


 謝る三人。

 だが、オレは三人を連れているAIに釘付けになっていた。

 そして頭に蘇る閻魔の書いたという小説のタイトル。



『最強の鬼族に生まれたオレ。魔神から閻魔に任命され、めちゃかわロリっ子鬼の秘書と一緒に働いてます』



 めちゃかわロリっ子鬼の秘書と一緒に働いてます。

 めちゃかわロリっ子鬼の秘書。

 ロリっ子鬼の秘書。

 って……。


 この子のことじゃないか~~~~~~!

 ちっちゃくて丸くて白くてフォルムも喋り方も声も可愛い。

 これが女の子だったら完全なロリっ子じゃねぇか!!

 そりゃテスに反応しないわけだよ!

 だってテスは人間っていうか悪魔だもの!

 閻魔は鬼!

 AIも鬼!

 なら鬼のロリっ子が弱点ってことなんじゃないの!?


 テスが、さすがに焦りの色が見てとれる表情で「四」を指している。


 残り四分。

 悪いが、ヌハン、トリス、トラジローのこれからの安否。そしてプロテムがなんの因縁で閻魔に食ってかかってるのか。それらを気にする時間はない。

 ここは行かせてもらうぞ、強引に!


 ダッ!


 オレはブレスレット状の魔鋭刀を短刀ダガーに変えると、AIの首に押し当て閻魔に叫ぶ。


「オレたちには時間がない! 詳しい事情を話してる時間はないが、あと四分以内にどうしてもララリウムに戻らなければらないんだ! だから約束してくれ! オレたちをララリウムに戻してくれたら、絶対に人間界に戻って小説の原作者をあんただと出版社に認めさせる! そして、AIも無事に返す! どうだ!? そっちにはメリットしかないだろ!? だからオレたちをララリウムに戻してくれっ!」


 間。


 どうだ?

 取り引きの条件は引き出せたはずだ。

 人間界の原稿横取り出版社を正す。

 弱点であるはずのロリっ子鬼AIの釈放。

 これでダメなら、もう打つ手が……。


「……さま……」


 これは……。



「貴様……私の可愛い可愛いAIに手を出すなど絶対に許さんぞおおおおおお!」



 裏目うらめぇぇぇぇぇぇぇぇっ!


 ドガァ!


 閻魔は目の前にあった机をひっくり返す。

 オレは確保してたAIを離すと、テスを抱きしめ机の上から落ちてくる巻物の数々から守る。


「わがはい、またフィードにまもられた」


「テス、お前が消滅するまであと何分だ?」


「さんぷん」


「そうか。オレは今から最後のハッタリを閻魔にかます。これでダメだったらオレたちはジ・エンドだ」


「しかたがない。フィードは、さいぜんをつくした」


「そう言ってくれると助かる。ったく……あのネビルさえいなかったら、もっとスムーズに話が進んでただろうに」


「プロテムも」


「プロテムはいいんだ。あいつは信念のあるやつだから、きっと閻魔の方に落ち度があるんだろう」


 ただし、それを今オレが正してやることは出来そうにない。

 おまけにヌハン、トリス、トラジローにも気を回す暇はない。


 なんにしろ、あと三分。

 これでオレたちの運命は決まるんだ。

 オレは、最後のカードを切る。


「いいのか、閻魔? オレは──」


 魔力はない。

 だが【狡猾モア・カニング】の時の感覚を思い出せ。

 一挙手一投足、視線の一つ、目に込める力、言葉の強弱まで。

 閻魔を相手に駆け引きで出し抜くんだ。

 オレが。



「鑑定士、だ」



「……なに?」


 案の定食いついた。

 なんせ二千年前の鑑定士が今もしつこくつきまとってるんだ。

 鑑定士と言うだけで多少は警戒するだろう。



「しかもオレは──スキルを吸収できる」



 ピクッ。


 閻魔のこめかみが動く。


「わかるか、この意味が? 『オレはお前のスキルを吸収できる』と言っているんだ。知ってるぞ、お前がスキル吸収阻害のための巻物を手元に持っていることを。でも、その巻物は──」


 バッ!


 閻魔の視線が床に向けられる。



「今、どこにある?」



 ダッ!


 初めて閻魔が椅子から重い腰を上げた。


 ガッ!


 ネビルが床の巻物を遠きに蹴り飛ばし、プロテムが触手で巻物を遠くへ弾き飛ばす。その様子を見たヌハン、トリス、トラジローも真似して床の巻物を蹴る。


「ギャハハハ! おめぇ、実は吸収術使えるんじゃねぇ~か! オレまで騙しやがってよ! だが、これでてめぇも終わりだなぁ、閻魔! てめぇはスキルを奪われて惨めに死ねっ! そんでオレは神々に認められて神の一角に! ぎゃはははははっ!」


 手当たり次第に巻物を蹴り飛ばしまくりながら一人大騒ぎしてるネビルを無視する。


「閻魔……視えてるんだよ、オレには。お前のスキル【独断結審ユニラテラル・デシジョン】が。最初から、ずっとな」


 覚えていただけだ。

 ネビルの言っていたスキル名。

 実際のオレは魔力空っぽで、もう道端に落ちてる石ころすらも鑑定することが出来ない。

 だが──閻魔には本当に奪えるかのように見せなければならない。


 オレは片手で顔を覆うと、指の隙間から閻魔を妖しげに見つめる。

 演出だ。

 閻魔にオレのブラフが通る可能性を一パーセントでも上げる。


 テスが不安そうな顔で「二」を指している。

 残り二分。


 閻魔は反応に迷っている様子。

 よし、ここがオレの持ってる最後の手札の切りどころだ。


「閻魔よ! なぜお前のスキルがオレに通用しなかったと思う!? なぜオレがお前の必殺のスキルを受けて、ピンピンしていると思う!? そんな奴、他にいたか?」


 アゴを触りながら「むむむ……」と唸る閻魔。


「……効かなかったのは、一人だけだな。魔神……。あいつ、ただ一人だけだ……」


 女王ポラリスがくれた最後のキッカケ。

 無駄にすることは出来ない。

 さらに押す。


「なら! オレがその魔神と同等の存在だとは思わないのか!?」


「むぅ……?」


 閻魔の眉がピクリと動く。


 これは……どっちの反応だ?

 魔神と同等はさすがに言い過ぎたかもしれない。

 だが。

 今さら引くことは出来ない。

 このまま押し切る!


「オレが、なぜ……」


 ここで一旦溜める。

 スキル【狡猾モア・カニング】ならば、きっとそうしていたはずだ。


「貴様を殺していないと思う?」


「……」


 あの面倒くさそうにオレたちのことを鼻で笑っていた閻魔が、今は口をつぐみ慎重に考え込んでいる。


「ララリウムに戻る必要があるからだ」


 しかも、あと二分以内に。


「お前を殺すことは容易たやすい。だが、オレたちは戻らなくてはいけない。ローパーたちの暮らす国ララリウムに。そして、オレが人間界に戻った際には、お前の小説をお前のものだと認めるように出版社にかけ合おう。どうだ? お前にとって得しかないだろう? 勘違いしてもらっちゃ困るが、これは脅しじゃない。提案だ。互いに得のあるウィンウィンの取り引きだ。さぁ、呑むのか。呑まないのか。閻魔!」


 テスが半泣きで「一」を指す。

 残り一分。


 閻魔の沈黙がオレたちを焦らす。

 そして、長年生きてきた年輪を肌で感じさせるかのようなゴツゴツとした巨漢の鬼、閻魔は静かに口を開いた。


「AI」


「あい。聞かれそうな情報はすでに揃えてありますです。あい」


「あのローパーの名前と、私に突っかかってくる理由を教えよ」


「あい。あのローパーの名前はプロテム。以前、生きたまま兄弟でここを訪れた際に、弟のペリシスを閻魔様が間違って殺してしまったです。あい」


「んん? あ~、そういうのもあった気がするなぁ。そういえば」


 ぷるぷると怒りに震えているプロテム。


「あい。たいへん忙しい時でしたので雑に扱われてましたのです。恨まれるのも当然かと。あい」


「そうか、それは悪かったな」 


 素直に頭を下げる閻魔に、一同は呆気にとられる。


「ハッ! 頭を下げやがった! あの頑固者のクソ鬼ジジイが!」


 巻物の山に座って物見遊山がごとく茶化すネビルの声が空々しく響く。


「で、それはそれとして、お前? 私を──」


 あ、これはマズい。

 本能が察する。



「殺せる、だと?」



 ズゾゾゾゾゾゾッ!


 

 殺気。

 威圧。

 絶対的な敵意。

 身の毛がよだつような邪気。

 まさに。

 地獄の王。

 鬼の中の鬼。



 そんな存在を相手にしていたことを、ようやく今さら理解する。


「カハッ……!」


 息ができない。


「ならばもう一度防いでみよ!」



 【独断結審ユニラテラル・デシジョン



 閻魔の手のひらから闇が放たれる。


 マズい。

 しくった。

 終わりだ。

 もう防ぐ手段はない。

 すまん、みんな。

 くっ、せめてテスだけは──!


 テスを抱きしめて守ろうとした、その時。



「──対象の消失の運命を上書き完了」



 ……ん?

 この、聞き覚えのある声……?


 サッと目を開けて声の方向を見る。


 ピンクのお団子頭。

 ふにゃっとしたタレ目。

 子供の頃から何度も守られてきた、この背中──。

 見間違うはずもない。


「モモ!?」


「対象の無事を確認。監視に戻る」


 そう言うと、モモはまるで物でも見るかのような目つきをオレに向けると、透明になって宙にかき消えていった。


「おい、モモ? モモ!? おい、監視って……!?」


「フィード……! もう、あとにじゅうびょう!」


 二十秒。


 どういうことだってんだ!   

 モモは……なんでモモが……!


「AI!」


「あい」


「見たか!」


「あい。消えたです。あい」


「こんなことが出来るやがるのは、魔神のクソ野郎だけだ!」


「あい」


「ってことで」


「あい」


「こいつらは、『 落 魔神送り』だ!」


「あい」


 AIが手元にあった綱を引くと。


 ぽっかりと。


 オレたちの足元に真っ黒な大穴が開いた。


「…………は? うわあああああああ!」


「がははは! 貴様が本当に私を殺せるっていうのなら! 代わりに行って殺してこい、ただし魔神をなっ! がはは! 魔神を殺せたらララリウムでもどこでも戻してやるわ! おっと忘れもんだ! ついでに二千年前のポンコツも連れていけ」


 ポイポイっ。


「あい。閻魔様、いいのですか? あい」


「ふん……」


「あい。ローパーは、どうしますか? あい」


「そうだな……ペリシス、だったか? そいつくらいは戻してやっても……」


 そんな閻魔とAIの掛け合いを聞きながらオレは、オレたちは。



 とぷん──。



 なにか、液体のようなものに飲まれるのを感じた。

 声が……聞こえる……。

 初めて聞く、男の声……。


「くくく……ははははは……。まさか! まさかまさか! 私のところに! 観客かつプレイヤーの私のところに鑑定士コマがやってくるとは! はじめてだ! こんなのはじめてだぞ! くははははははっ!」



 ああ、ごめんね、テス……無理だった……。

 オルク……クラスのみんな……ウェルリン……すまない……。

 リサ、ルゥも……。

 父さん、母さん

 それに、一体どうしてしまったっていうんだ、モモ……。


 虚ろな意識の中、なにやら楽しそうに騒いでいる男の声が、ぼんやりとした頭の中で響いていた。


 【ダンジョンから切り離された大悪魔の存在消滅まで あと一秒】

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