第80話 強行突破
「おい、てめぇらツヴァ組のもんだろ!? あぁ!?」
閻魔に面会するための行列。
その前方に並んでいたツヴァ組構成員の肩をヌハンが掴んだ。
「あぁ? ……んだ、てめぇ? って……お前、学校にいたデュラハンか? ああ、お前も死んだのか……。あ……お前よ、うちのボンがどうなったか知らねぇか?」
「あぁん!? ボンってなんだよ、ボンって! ちゃんとカタギにわかる言葉で話せよ、クソチンピラが! あぁん!?」
全力で構成員にイキりまくるヌハン。
「あぁ……? てめぇ、一体誰に向かって口聞いてると……」
ドンッ。
接近していたヌハンの体に、構成員の体が触れ……。
ガシャ~ン!
「うわああああああああああ!」
コロコロコロ~。
デュラハンのヌハンの頭が胴体から転げ落ち、列の前方へと転がっていた。
「あぁ? てめぇ、なに勝手に……」
ヌハンのオーバーリアクションに戸惑う構成員たちの声を、ヌハンが大声で上書きする。
「お~い、誰かぁ~! こいつらに殴られたぁ~! 助けてくれぇ~~~!」
「は? てめぇ、なにを……」
「なんだなんだ? どうしたどうした?」
ヌハンの声を聞きつけ、退屈な順番待ちに飽き飽きしていた野次馬たちが次々と集まってくる。
「あい。みなさん、列を乱さないでほしいのです。あい」
野次馬たちに制止を呼びかける働き鬼AI。
しかし野次馬たちはAIを無視して、やいのやいのとヌハンとツヴァ組構成員たちの周りを囲んでいく。
「助けてくれぇ! このヤクザの集団に因縁つけられて殴られたんだぁ! それでオレの頭が……頭がぁあああ!」
全力で被害者ムーブを演じるヌハン。
「なんだ? なんだって?」
「なんか頭が取れたらしい」
「マジかよ、こわっ、死ぬじゃんそれ」
「いや、っていうかもう死んでんだろ」
「つーか、こいつあれじゃね? ほら、デュラハン?」
「元々首取れてるやつ? 上位モンスターじゃん」
「上位モンスターでも死ぬんだな」
「そりゃ死ぬだろ、生きてんだから」
「つーかツヴァ組ってヤクザだよな?」
「あんなにいっぺんに死んで、抗争でもあったのかね」
ガヤガヤガヤガヤ。
「あい。みなさん元の位置に戻って……」
ドンッ!
野次馬の群れの誰かの足に蹴っ飛ばされたAIがコロコロと転がっていく。
ガンッ。
「あい。頭部を強打したため、しばしの業務離脱を余儀なくされましたです。あい。きゅぅ~……」
お仕事AIがノックアウトされたのを確認したオレとテス、プロテム、そしてトラジローとコカトリスのトリスは、そろそろと閻魔のいる扉の方へと近づいていく。
「ヌハン、おくびょうもののくせに、よくやってる」
「コッコッコッ」
「ふだん臆病な人の方が、キレたら爆発力あるから怖いって生前に母上が言ってたよぅ」
「たしかに、それはあるかもな。普段貯め込んでる分、爆発したらすごそうだ」
オレの脳裏に、普段は大人しいけど、いざとなったら肝の据わっているルゥの顔がちらりと浮かんだ。
「おい、貴様ら! ドサクサに紛れて横入りしようとしてんじゃねぇぎょ!」
「やべ、見つかった。トリス、頼む」
「コケッ!」
上半身はにわとり、尻尾はヘビのコカトリスのトリスがバサバサと翼を広げ、列待ちをしてる半人半魚の魔物たちを威嚇する。
「コケェ~!」
「ぎょぎょっ! こいつコカトリスぎょ! 毒くらったらヤバいぎょ!」
「散れ散れっ! 一箇所に固まってたら危ないぎょ!」
「ひぃぃ! ヒョウモンダコの毒で死んだってのに、なんで地獄でまで毒に追い回されなきゃいけないんぎょ……!」
様々に声を上げながら霧散していく最前列付近の魚人たち。
トリスは「行けっ!」という風にアゴを上げてオレたちを
「トリス! すまないっ!」
トリスに声をかけると、やっと見えた列の先頭に向けてオレたちは駆け出した。
「……あっ」
「……あっ」
列の先頭にいたのは見覚えのある魔物、オーガだった。
「お前、たしかオガラの一族の……」
「きさマ、オガラの、かタき!」
ブォン!
いきなり問答無用で殴りかかってくるオーガ。
「くっ……!」
最初から臨戦態勢で突っ込んでたオレは、かろうじてスイッチの入りきっていないオーガの
「プロテム、テスを連れて行ってやってくれ! テスが戻らないと、パルの友人たちが死んでしまうんだ。国を襲ってきたこいつを助けるのは本意じゃないだろうが、頼むっ!」
「フィード、ここにのこる?」
「ああ、テス。あいつの狙いはオレだけだ。オレが引き付けてる間にお前たちは先に戻れ。心配するな、オレもかならず後から追いかけるから」
「うむ、これで、にど、フィードにたすけられたことになるな」
「ああ、恩を感じることの出来る心があるなら、あとからしっかり返してくれよ」
「うむ、『ゆびきり』のけいやくもあるしな」
「ああ、ってことでプロテム。悪いが頼まれてくれ」
プロテムは一本だけ残った触手をテスの腕にしゅるりと巻きつけると、扉へとツツツと向かっていった。
「さぁ、こいよ、オーガ。オレが相手になってやるぜ」
煽って相手の注目を引く。
が、勝算は──ない。
いくらレベルアップしたとはいえ、魔力の尽きたオレが怪力に特化したオーガに勝てる要素はほぼないと言ってもいいだろう。
ただ、時間が稼げればいい。
テスを地上に送り届けられさえすれば、当面の危機は脱することが出来る。
オルクたちさえ無事であれば、大悪魔とのゲームの契約もクリアー出来る可能性は残る。
だから、ここはオレが犠牲になってでも
「ぐがガ……オデ、時間の関係で、一人だケここに残された。こコで、一晩、待った。不満だったケど、復讐の機会、得た。だカら、殺ス」
本格的に殺すモードに入ったオーガ。
復讐の輪廻に絡め取られたオレたちは気を張り詰めて向かい合う。
さぁ、どうする。
かわすか、せめるか。
リーチは相手が長い分、懐に踏み込んだほうが安全な可能性もある。
考えろ。
体格で劣ってる分、頭を働かせるんだ。
そう思って相手の目線から動きを読もうとしていると。
「グがっ!? イタ……イたタタタ……!」
「?」
見ると、オーガの右足のアキレス腱にトラジローが噛み付いていた。
「お、お兄ちゃんっ! 早く、早く行ってくれよぅ! こ、ここはボクが……!」
「馬鹿っ! 危ないぞっ! 離れろトラジローっ!」
「や、やだ……! ボ、ボクはテスを守る『いいお兄ちゃん』になるんだ! そしてお漏らしもしないようにして、それで、それで……」
「グアワァア! 離セぇ!」
「うわ、うわぁぁぁぁあ!」
ブンブンと振り回される足に必死に噛みつき、食らいつくトラジロー。
「トラジロー!」
「早く! 早く行ってよぅ! じゃないと、ボクの頑張りが無駄に……!」
たしかに。
だが、いいのか?
こんな小さな子供を置き去りにして。
『行けよ、さっさと行け。こんな機会はもう訪れないぞ』
オレの中のフィードが言う。
『後悔しないのか? 守るんじゃなかったのか? トラジローも』
オレの中のアベルが言う。
「お兄ちゃん! 早く行って! ここで行ってくれなかったら、ボク、一生お兄ちゃんのこと恨むよぅ……!」
その言葉がオレに決断をくださせた。
男の決心だ。
年齢や見た目は関係ない。
その決意、心意気に報いる。
ただ──必ず、また助けに来こよう。
彼が、きちんと輪廻して次の人生に行けるように。
恩に報いるんだ。
「……わかった! ありがとうトラジロー……君は、強い男だ。もうすでにオレよりもずっといいお兄ちゃんだよ!」
振り回されるオーガの足にしがみついたトラジローはエヘヘと照れ笑いをする。
「だといいけど……実は、また漏らしちゃったんだよぅ……。せっかく今まで我慢できてたのに……。これで、また一からいいお兄ちゃんになるのやり直しだよぅ……」
「大丈夫だ! トラジローならきっと出来る! トラジロー! 絶対に迎えに来るからな! だからそれまで……」
「えへへ、大丈夫だよ。ボクの方がちゃんと輪廻して、次はお兄ちゃんの……」
彼の勇気を無駄にしないようにとすでに扉へ向かって走り出していたオレは、トラジローの最後を聞き取ることが出来なかった。
しかし、彼が何を言おうとしていたのか考えるよりも早く、扉をくぐりかけていたプロテムとテスに追いつく。
「フィード!」
テスが嬉しそうに声を上げる。
「トラジローが引き付けてくれた! このまま一気に入るぞ!」
ドンッ!
開きかけの扉に体当りし、オレたち三人は閻魔の間へなだれ込む。
「つつつ……」
頭を押さえてあたりを見回す。
最初に目に入ったのは、高い天井に彫られた豪華絢爛な龍の彫刻だった。
「なんだ、貴様らは? ん? 生きているのか?」
地の底から響くような低い声。
巨大な広間の最奥に位置する巨大な机に深々と姿勢を正して座った巨大な鬼。
その鬼は、オレたちを見据えてかったるそうに呟いた。
「ハァ……まったく面倒な……。おい、AIはなにしてるんだ? ちゃんと事前に情報伝えてから呼び込めよ。ったく、段取りってやつをちゃんとしないと今日も残業になるだろうが……え~っと、生者がいち、に、さんっと……ん? あと餓鬼が一人紛れ込んでるのか……?」
餓鬼?
まさかトラジロー?
そう思って辺りを見回す。
「がははっ! 今度こそ死ねっ! クソ閻魔ァァァァッ!」
…………は?
聞き覚えのある声。
あの二千年前の鑑定士ネビルが閻魔の背後から跳躍している。
八メートルはあろうかという閻魔の巨体。
その頭を目がけて、手に持った石を振り下ろす。
「ハァ、また貴様か……」
ビシッ。
「アブッ!」
しかし、閻魔はため息混じりのデコピン一発で、古代の鑑定士ネビルをいとも簡単に弾き飛ばした。
「……お前らは、こいつを引き入れるためにここに来たのか?」
「え、いや、違いま……」
誤解を解かなくては。
残された時間は、あと何分だ?
一刻も早く元の場所に戻るべく、オレは説明をしようとする。
が。
ジャキーンっ!
今度はプロテムが一本しかない職種を尖らせ、閻魔に襲いかかっていた。
「ちょっ! プロテム!?」
「フッ!」
閻魔の吐いた息によって、プロテムは後ろに吹き飛ばされ──。
ドガラララララァッ!
巻物の山に体ごと突っ込んだ。
「あぁ~、もう面倒くせぇなぁ。ほんとなんで生者が三人も紛れ込んできて襲いかかってくんの。しかもクソウザ鑑定士まで連れてさぁ。まぁ、いいや。面倒くさいから、お前ら死刑」
「えっ、いや、ちょっと待って! 死刑って……!」
閻魔が、ぬっと右手を前に広げる。
「くっ……!」
オレはテスを庇うために前に出て両手を広げる。
【
閻魔の掌から放たれた
も。
プシュウ……。
閻魔の手から生まれた闇の渦は、オレの着ていた赤黒ストライプのベストに吸い込まれると──。
パリィーン!
ベストごと、粉々に砕け散った。
「……は?」
呆気にとられた表情を見せる閻魔。
これは……ローパーの前女王ポラリスのくれたフェニックスの赤羽根と夜明けの黒糸で編んだベスト。たしか、一度だけなら即死を防いでくれると言っていた気がする。ということは──。
次は、ない。
次に今のスキルを食らったら死ぬ。全滅だ。
テスは時間内に戻れなくなり、ダンジョンもリセットされてオルクたちも死亡。
オレもリサやルゥを安全な送り届けることも出来なくなる。
テスを魔王に合わせる約束も、トラジローを迎えに来る約束も果たせない。
そして、イレーム王国に戻ってモモや両親に顔を見せて安心させることも。
やらなければ。
オレが。
このわけのわからないゴタゴタした状況をまとめ、残り時間内でテスをダンジョンに戻させるための。
交渉を。
「閻魔、話がある」
考えはまとまっていない。
だが、これまでの地獄での旅路で、いくつかヒントは得てきたはずだ。
二千年前の鑑定士。閻魔の弱点『ロリ』。スキル吸収阻害のアイテム。プロテムが襲いかかった理由。全てに面倒そうで投げやりな閻魔。働き鬼AI。トラジロー。鬼婆。ミフネの母。地郎。賽の河原。輪廻。魔王。大悪魔。神。魔神サタン。そして──オレが鑑定士であるということ。
これらを繋ぎ合わせて交渉の勝利を勝ち取るんだ。絶対に。
【ダンジョンから切り離された大悪魔の存在消滅まで あと七分】
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