第79話 地獄で再会

 閻魔への面会を求める大行列。

 その最後尾にいたデュラハンのヌハンとコカトリスのトリスが声をかけてくる。


「おう! フィードも死んでたのか!?」


「も……? ってことは、もしかしてお前たち……」


「ああ、死んだ」


 ヘビの尻尾とにわとりの頭を持つトリスもコクコクと頷く。


「死んだ……くそっ……結局守れなかったのかオレは……!」


 下を向いてももを激しく叩くオレに、ヌハンがあっけらかんとした調子で声をかける。


「いやいや、お前に守られるもクソもないだろ。そもそも、お前と別のチームに分かれたのはオレたちなんだし」


「で、でも、オレがスキルを奪わなかったらヌハンたちも死なずに済んだかも……」


 オレの言葉を聞くと、ヌハンは右脇に抱えた頭をゆっくりと左脇に持ち替えた。


「そうだな。たしかにそうだったかもしれない。──だが、そうじゃなかったかもしれない。仮に、オレがスキルを奪われなかったとして。フィードがオガラとミノルに負けてオレたちに食われたとして。それでさっきまで生きていられた保証はどこにもない。あるのは結果だけだ。自分たちが選んで行動した結果が、これってだけだ」


「コッコッコッ」


 トリスも同調する。


「いつか死ぬ。死んだら大地に還る。そして魔力が巡って新たな魔物として生まれ変わるんだ。死んだら仕方ない。それが魔物の生き方だ。お前も死んだんだから悔やんでも仕方ないだろ、フィード?」


「いや、実はオレは死んでないんだ」


「? どういうことだ?」


「つまり……」



 オレは、これまでの経緯いきさつをかいつまんで話した。

 大悪魔とのゲームのヒントを得るためにローパーの国へ行ったこと。

 パルがローパーの国の女王になったこと。

 それによってオルクにヒントを伝えられたこと。

 襲いかかってきた大悪魔と戦って、ここに落ちたこと。

 そして、地上に戻るために閻魔の元を訪れたこと。

 あと四十分で戻らないとダンジョンがリセットされてオルクたちが死ぬこと。


「パルが女王……? なんかお前たち色々あったんだな……」


「まぁ、それなりに」


「しかも、こいつが大悪魔だって? このガキが?」


 ヌハンの抱えた首とトリスのにわとり頭がぬっと伸びてテスを見る。


「な、なんだよ……! お、お前らなんて、こ、怖くないんだからな……!」


 トラジローが手を広げてテスの前に立ちはだかる。


「なんだ、こいつ?」


 ヌハンが大きな甲冑の手でトラジローの頭をぞんざいに押しのける。


「ヌハン、その子はオレの大事な仲間なんだ。彼がいなければ時間内にここまで到達できなかった。失礼な振る舞いはやめてくれ」


「お、そ、そうか……。わ、悪かったな、坊主」


「ボ、ボク、坊主じゃなくて、ト、トラジローだよぅ!」


 トラジローは、ワシャワシャと頭をなでるヌハンの手を振り払う。


「おう、トラジロー。悪かったな」


「うん、いいよぅ! 許すよぅ! でも、テスにもそんなことしたら許さないからね!」


「テス……。ほんとに、この子が大悪魔だってのか?」


 疑わしそうな目でテスをジロジロと見つめるヌハンとトリス。


「ヌハン。きさまは、あいわらずおくびょう。デカいなりしてるくせに小心者。だからきさまには、じゅうぶんな素質はあるものの、鑑定士をくわせるゆうせんじゅんいは低かった。トリス。きさまはスキル【毒液ヴェノム】を口内でちょうごうして、こっそりラリってるだけのやくちゅう。スキルを奪われて、すこしはクスリがぬけてきたか?」


 テスの言葉に驚きおののく二人。


「げぇ……! こいつ、本当に先生かよ……」


「コッ、コココッ……!」


 表情を変えず淡々と二人のことを言い当てる少女テス。

 大悪魔を憎み続けてきたオレですら思わず可愛いと思ってしまうくらいだから、もっと長く大悪魔と接してきた二人にとってはさらに衝撃が大きいのではないうだろうか。


「ところで、お前たちはなんで死んだんだ? 巨大蟻デビル・アントに殺られたのか? それともトラップに?」


「ああ、オレたちはもぐらの悪魔に殺されたんだよ」


「もぐらの悪魔?」


 テスの眉毛がピクリと揺れる。


「もぐらあくま……グララ?」


「グララ? たしかにそんな感じで言ってた気がするな。まぁ、とにかく最悪だったよ、マジで」


「テス、知ってるのか?」


「わがはいの、かつてのおしえご」


「教え子!?」


「すうひゃくねんまえに、かんていしを食わせ、魔王のもとへとおくりだした、かんぶこうほ」


「魔王直属の幹部候補……。しかも鑑定士を食わせただって?」


「かんていし、まものにとってもっとも栄養がほうふ。たべれば、かくだんにパワーアップ。だから、食わせるべきエリートをせんべつするために、がっこうをつくった」


「それで鑑定士を人間界から攫ってきてたってことか。迷惑はなはだしい話だな」


「うむ、われながら、よいシステムだった」


 得意気に胸を張るテス。


 ゴチンっ!


「いくら栄養価が高いからって人間を攫ってきて食べたらダメだろ」


「ぅぅ……。でも、つよい幹部こうほをそだてれば、いつか魔王におめどおりが……」


 オレにゲンコツをくらった頭を押さえ、テスは涙目でオレに上目遣いで訴えてくる。


「テスは魔王に会いたいのか?」


「うむ、そのために千年がんばってきた」


「魔王はどこにいるんだ?」


「にんげんかい」


「人間界!? 魔王が!?」


「コケッ!?」


 これにはオレだけでなく、ヌハンやトリスも驚きの声を上げる。


「人間界のどこにいるんだ?」


「わからぬ。ただ、そっきんのノクワールとデンドロはイシュタムというばしょにいる」


「イシュタム!? オレのいた王都だぞ!? しかもノクワールとデンドロって……まさか黒騎士ブランディア・ノクワールと大司教ブラザーデンドロ!? 王直属の騎士と神殿のトップだぞ!?」


「うむ、せんねんまえから、くにのちゅうすうは、われら魔族がおさえておる」


「はぁ? イシュタムが魔物に支配されてるって……? まさか、そんな……」


 曇りのない瞳でオレを見上げるテス。


「マジ……なのか……?」


 こくり。


「マジ……か……。え、っとテスは魔王に会いたいんだったか?」


 こくり。


「じゃあ、オレが人間界に戻って、そのノクワールとかデンドロにお前を引き合わせてやるって言ったら、もう鑑定士を攫ったりするのやめるか?」


 首をかしげて考え込むテス。


「こうりょにあたいする」


「そうか。じゃあ、もしダンジョンに戻れたらみんなも解放してくれるな?」


「なぜだ? それとこれとは、かんれんせいがない。わがはい成長したい」


 ぐっ。


 ささっ。


 思わずまた手が出そうになったオレを察して、テスが身構える。


 いや、さっきのはオレが直接的な被害者だったからゲンコツくらい落とす権利があったが、これは違うな。

 ちゃんと道理をさとすべきだ。


「あのな、テス?」


「う、うむ……?」


「お前は魔王と会うためにオレを攫って生徒に食わせようとしたんだよな?」


「うむ」


「で、今はお前が成長するために、その生徒を食おうとしてるんだよな?」


「うむ」


「やめなさい」


「なぜ?」


「ハァ……。テス、お前はあまりに利己的で自己中心的すぎるんだ」


「りこてき……。じぶんのことを、だいいちにかんがえるのは、とうぜん」


「魔物ならみんなそうだぜ」


 ヌハンが口を挟む。


 たしかにそうなのかもしれない。

 魔物は欲望に忠実。

 そして他者の犠牲をなんとも思わず、逆に自分が被害を受けてもケロッと割り切っていることが多い。

 そんな暴力的で身勝手、そしてエゴイストなのが魔物だ。


 だが、オレは知っている。

 愛と平和によって形成されたローパーの都ララリウムを。

 姫や民、そして客人のオレを守るために命をも投げ出そうとしたプロテムを。

 そして、おのが信念を貫き通すために魔物であることさえ捨てたリサとルゥを。


「いいか、テス? オレの国には『損して得取れ』って言葉があってな」


「? そんしたら、いみない。ただのマイナス」


「要するにな、周りの人に得を与えてると、巡り巡って自分に得が返ってきますよってことだ」


「むぅ~……わからん」


 頬をふくらませるテス。

 その横でポカンとしている、話についていけてないトラジローに振ってみる。


「トラジロー」


「ひっ……! きゅ、急になにっ……?」


「トラジローはオレの言ってることわかるか?」


「ん~、なんとなくだけどわかるよ。優しくされた人には優しくしかえそうってって思うし。そういうこと……かな?」


「正解だ! わかりやすく言うと『従業員から搾取してる店』よりも『従業員にたくさん給料をあげてる店』の方が店員のモチベーションが上がって結果的に店の利益に繋がる、みたいなことだ」


「なるほど、その例えだとわかりやすいよぅ」


「そう、前者が魔物で後者が人間だ。だから魔物は人間よりも圧倒的な力を持ちながら、いまだに人間を討ち滅ぼせてない」


「むぅ~……わがはいに人間らしい生きかたをしろと?」


「そうだ。そう約束するなら人間界にお前を連れて行って、魔王とやらに引き合わせるように取り計らってやってもいい」


「むぅ。かんばしくない提案だが……」


 テスはしばらく考え込んだ後、きゅっと顔を上げると嫌そうに眉をしかめつつ、もごもごと呟いた。


「……もう」


「ん? なんて? 聞こえないぞ?」


「くっ……! の……」


「の……?」


「……のもう! ああ、のむ! のむといったんだ、フィードのていあんを!」


「よし、それじゃ」


 オレがスッと手を前に出すと、テスがビクッと反応した。

 オレは、右手の小指を差し出しながら「大丈夫。見て」と優しく語りかける。


「……? それは?」


「これは指切りって言うんだ。こう……小指同士を絡めて……」


「なっ……なっ……なにをっ……!」


「ゆーびきーりげーんまん。うーそついたら針千本のーますっ。ゆーびきった。はい、これで契約完了」


 見ると、テスはあんぐりと口を開けてガクガク震えている。


「う、うそをついたら針をせんぼん……!? な、なんとおそろしい……これが、にんげん……!」


 ハハッ、このまま真に受けてくれてた方が大人しくしてくれそうだ。

 さて……話の流れで、テスを人間界に──しかもオレの育った街に連れて行くことになってしまった。

 しかし、それも全部この地獄から時間内に脱出してからの話だがな。


「テス、残り時間はどれくらいだ?」


「のこり、にじゅうごふんくらいで、わがはい消滅」


「くっ、もう時間がないな……」


 強行突破するしかない。


 オレがそう決意した時、甘くとろけるような萌え声が耳に入ってきた。


「あい。また新しい人ですか。今日は人が死にすぎです。あい」


 トラジローよりも、テスよりも、さらに小さい鬼。

 体の半分が丸い顔。

 まん丸なお目々。

 ちょこんと生えた二本の角。

 全身真っ白で頬だけ照れたようにほんのりピンクに染まっている。


「え……だれ?」


「お仕事鬼のAIちゃんだよぅ」


「あい。AIです。あい。閻魔様が名付けてくださったです。あい」


「AIちゃん、閻魔様に会いたいって人を連れてきたよぅ。なんでも上から落ちてきたらしいよぅ」


「あい。トラジロー様、ご案内ありがとうございますです。あい」


 いちいち喋り始めと終わりに「あい」と付ける、そのどことなくかわいい小さい鬼は律儀にトラジローにお辞儀をする。


「閻魔……! そう、オレたちは閻魔に会いに来たんだ! 今すぐ会わせてくれ!」


「あい。きちんと並んでたら順番に案内しますです。あい」


「順番ってどれくらいだ? オレたち急いでるんだが……」


「あい。今日は多いので大体三時間くらいです。あい」


「三時間……それじゃ間に合わない……! オレたちは死んだわけじゃないんだ! すぐに戻らないと、みんなが大変なことになるんだよ!」


「あい。他のみなさんも事情がおありですので、規則に従っていただくしかないです。あい」


「そんな……!」


「あい。では、アベル・フィード・オファリング様、テス・メザリア様、プロテム様、こちらで待ちくださいです。あい」


 そう言って働き鬼のAIは、メモを取りながら忙しそうに立ち去っていった。


 あの働き鬼、なにも言ってないのにオレたちの名前を……。

 この鬼も鑑定スキルを持ってるんだろうか。

 それとも、閻魔の特殊能力か。


 どちらにしろ、オレは決断を下すことを迫られていた。


 ここを強行突破をして、無理やり閻魔に会うか。


 それとも、他の方法を考えるか。


 時間はない。


 魔力もない。


 頼れるのは、自分の頭だけ。


 そして。


 オレは決断を下した。


「ヌハン、トリス。二人に相談がある」



 【ダンジョンから切り離された大悪魔の存在消滅まで あと二十二分】

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