第78話 閻魔の弱点

 地上に戻るべく閻魔に直談判に行く途中だったオレたち。

 だが、かつて閻魔を殺そうとした鑑定士ネビルに絡まれた挙げ句、なんやかんやで同行されることに。

 しかも、ネビルは閻魔を殺す気満々。

 ネビルを出し抜いて、オレたちだけで閻魔の元に辿り着く。

 それがオレに課されたミッションだ。

 いま発動させてる【狡猾モア・カニング】だけが頼みの綱。

 少しでも情報を得るために、横を歩いてるネビルに話しかけてみる。


「なぁ、その服どうなってるんだ?」


 銀髪ツリ目の男ネビルは、黒衣を身にまとっていた。

 黒いシャツの襟を立て、細身の黒ズボン、先の尖った黒靴。

 ファッションとかよくわからないが、なんとなくキザで攻撃的な感じだ。


「あ? オレのイカしたファッションにケチつけるってのか?」


「いや、餓鬼って魂的な存在なんだろ? みんな腰蓑こしみのとかボロボロの着物とか裸とかなのに、なんで一人だけカッチリした服装なんだ?」


「あ~、そりゃあオレがスッペシャルだからだよ」


「スッペシャル?」


 独特なイントネーションにイラッとしながらも、話を合わせて情報を引き出す。


「ああ、魂みたいな存在ってことは、ようするに精神の強さが外見に表れてるってことだ。だからオレみたいに最強さいっきょ~に精神力が強い奴は服装だって思いのままってことだ」


「へぇ、じゃあ服装は自在に変えられるんだ?」


「ああ、見てろよ」


 そう言うと、ネビルの黒衣はシュルシュルと音を立てて王様のようなマント姿へ、竜騎士のような甲冑姿へ、威厳のある僧王の姿へと服を変えていった。


「へぇ~、なるほど。なぁ、トラジローは出来るか?」


「え、ボ、ボク? で、できるかなぁ……」


 トラジローが「うぅ~ん」と目をつぶって力を込めると「ぽんっ!」と間の抜けた音がして腰蓑こしみのの葉っぱが膨らんだ。


「う、うわぁぁ、なにこれ……葉っぱが膨らんじゃったよぅ……」


「あはは、まぁ、初めてにしてはすじがいいんじゃねぇか? 出来ねぇやつはいつまでも出来ねぇからな。っていうか出来るやつ自体ほとんどいねぇ。ってことでお前、どうだ? オレが鍛えてやろうか?」


「えぇ……いらないよぅ……ボクは三日間おしっこを我慢して早く輪廻したいんだよぅ……」


「あ、そ。じゃあそっちの物知りの嬢ちゃんはどうだ?」


 ぷいっ。


 テスはオレの後ろに隠れる。


「あはは、ずいぶん嫌われちまったみたいだな。まぁいい。どうせ閻魔殺してこっから脱出したら、あとはこっちのもんだ。好き勝手やらせてもらう。あ~、久しぶりだな現世! 一体どうなってんのかねぇ! なぁ!?」


 ……え、うざっ……。

 いちいちこっちに話振ってこないで欲しい。

 とはいえ情報収集のためだ。

 これをとっかかりに、どんどん掘り下げていく。


「オレはイレーム王国の王都イシュタムから来た。ネビルは二千年前……だっけ? 知って……」


「……知らんなぁ」


 退屈そうに答えるネビル。


「ネビルはどこの出身なんだ? オレの知ってることがあれば教えられると思うが……」


 ネブルは大きくアクビをすると、かったるそうに口を開いた。


「興味ねぇんだよ、地名とか。国名とか。二千年経って残ってる国なんてどこにもねぇ」


「あ、それならネビルのことを教えてくれ。たしかにオレは鑑定士だ。で、さっきお前のステータスを見たら」


「ステータス?」


「ああ、オレがわかりやすいようにそう呼んでるんだ。能力値のことだよ」


「能力値?」


「は? 能力値だよ。体力とか魔力とかレベルとか……」


「なんだ、それ?」


「……は?」


 しまった。やってしまったかもしれん。

 うっかり与える必要のない情報を相手に与えてしまった。

 そうだ、こいつはたしか「吸収眼アブソプション・アイズ」じゃなくて「吸収術」と言っていた。

 なら、「鑑定眼アプレイザル・アイズ」も違うのかもしれないじゃないか。

 ……いや、まだ焦る必要はない。

 ここから巻き返せばいいだけの話だ。

 この【狡猾モア・カニング】で。


「話が噛み合わないな。オレの鑑定スキルのことを教えるから、お前のも教えてくれないか?」


「あぁ、いいぜ。他の鑑定士とちゃんと話すのなんてオレも初めてだからな」


 よし、逆にこちらが開示することによって、相手の情報を引き出す算段が立った。

 ネビルに気づかれないように、そっとテスに声をかける。


(テス、お前の知ってる鑑定士の情報とあいつの話を照らし合わせててくれ。おかしな点があったら後で教えて)


(うん、わがはい、りょうかい)


 これでネビルの能力をオレと大悪魔のテス、二人のダブルチェックによって分析することが出来る。

 さぁ、貴様を丸裸にしてやるぞネビル、覚悟しろ。


「まず、オレのスキル名は鑑定眼アプレイザル・アイズだ。目に赤い炎が宿って相手の能力値が見える。そっちは?」


 オレの横を歩きながら、あごに手を当てて話を聞いているネビル。


「鑑定術、だな。目に赤い炎が宿るのは同じ」


「オレが見えるのは、さっきも話したようにレベル、体力、魔力、それに名前と種族、スキル、職業、職業特性だ」


「オレは名前とスキル、それから弱点だな」


「じゃ、弱点……!? そんなものが見えるのか……?」


「ああ、だから向かうとこ敵無しだったな。吸収術でスキルを奪って、そんで脅してから……」


「ちょ、ちょっと待て」


 さぁ、ここからだ。

 オレのすっとぼけタイム。


「さっきも言ってたよな? その吸収術、ってのはなんだ?」


「あ? 相手のスキルを奪うんだろうが。逆の目に青い炎が宿って」


「それはちょっとわからないな……」


「あん? てめぇ本気で言ってんのか? 吸収術も使えないやつが一体どうやってこんなところまで……」


 渾身のとぼけ顔をしながらテスとトラジローに目配せする。


(頼む、余計なことを言わないでくれよ……!)


 すると二人は、わかったというようにこちらを見た。


「ここの上にはローパーの王国があるんだ」


「ローパーの?」


「ああ、たまたまそこに空いた穴にオレたち三人は落っこちちゃって。それで、元の場所に戻してもらうために閻魔のところに向かってるんだ」


「それ……マジか?」


 まじまじと疑わしげな目でオレたちを見回すネビル。


「ああ、マジだ」


 頼む、どうか信じてくれ……!


「…………ハァ」


 ネビルは、がっかりしたようにため息をつくと、目に見えてテンションの下がった様子で続けた。


「……じゃあ、お前らは閻魔を殺さない、ってこと?」


「殺さないし、そもそも殺す意味がない。っていうか、なんでネビルは、そんなに閻魔を殺したいんだ?」


 やっとここまでたどり着いた。

 ネビルがなぜ閻魔を殺すことに執着してるのか。

 その理由さえわかれば、対処の仕方は自ずと決まってくるはずだ。


 しかし、オレの耳に飛び込んできたのは、思いもかけない言葉だった。



「そりゃ神からの指令よ」



「は? 神? 神って、あの神?」


 意外すぎる理由。

 神が閻魔を殺せだって?


「ほら、オレら鑑定士は人間界に紛れ込んでる天使やらを見分けられるだろ? そこで、見つけた天使のスキルを奪って脅せばすぐ天界に行けたわけさ」


「天界って行けるものなのか……生身の人間が……」


「今、お前らだって地獄にいるだろうが」


「いや、まぁたしかに……」


「で、天界で天使やら神のスキルを奪いまくってたんだよな。で、それを掛け合わせてたらすっげぇ強い上位スキルになってさ! でも、天界の連中に天界のスキルって効かねぇんだわ。で、神に言われたわけよ!」


「な、なんて言われたんだ……?」


 とんでもない話すぎて頭がついていくのが大変だ。



「『魔界の底に潜む閻魔を殺したら、お前を神の一角に据えてやろう』って」



 閻魔を殺したら神に……?


「ちょっと待って。待って待って。一回話を整理させてくれ。まず、スキルってそんなにたくさんいっぺんに吸収できるものなのか? それとスキルを『掛け合わせる』って?」


「あ? スキルは、いっぺんにいくつでも吸収できるぞ。それから同じスキルを集めてると上位スキルに変化するんだ。で、またそれを集めてるとさらに上位スキルに……って感じだな。それで超強い魔物特攻の神スキル……名前はもう忘れちまったんだが、とにかくそれで魔物殺しまくるのがクソたのしくてさぁ! で、魔物どもを脅してここまでやってきたってわけ」


 なんだ……?

 スキル吸収の仕様もオレとはぜんぜん違うぞ……?

 視えるのは名前とスキルと弱点だけ。

 そして、吸収するのに一日一度という制限はない。

 さらにスキルをかけあわせて上位スキルへ変化?

 なんかシンプルに敵を殺すことに特化したスキルって感じなんだが……。


「でも、それだけ強いスキルを持っていても閻魔には通用しなかったと?」


「あぁ……そうなんだよ……!」


 ギリッ……!


 ネビルのデカい口から歯ぎしりの音が聞こえてくる。


「あいつはスキル吸収阻害のアイテムを周りに持ってやがって、それで失敗した隙にドカンだ」


「ドカン」


「ああ、ドカン。あいつのスキルは、この二千年間一度たりとも忘れたことはねぇ……。【独断結審ユニラテラル・デシジョン】。あいつが悪だと断定した対象を問答無用で魂を引き裂いて地獄へと落とすスキルだ」


 うわぁ。

 聞いといてよかった。

 もし万が一、閻魔と揉めるようなことがあれば、オレがこのネビルの二の舞いになってたかもしれない。


「スキルも盗めないうえに、チートレベルの不可避の一撃死スキル。そんな相手に戦って勝つなんて不可能では?」


 素直な感想を口にする。

 これで諦めて引き下がってくれればいいんだが……。


「あ? 言ったろ? オレには相手の『弱点』が見えるんだ」


「あ~、弱点。でも、閻魔の弱点なんか見えても無駄では?」


「無駄かどうかは試してみねぇとわかんねぇだろうが」


 どうやらネビルは、まだ諦めてはない模様。

 仕方ないから弱点でも聞いてみるか。


「ちなみに、その閻魔の弱点ってなんなの?」


 チラッ。


 ネビルはテスを見る。


 ササッ。


 テスはオレの背中に隠れる。



「ロリだ」



「は?」


「ロリが閻魔の弱点だ」


「ん? ロリってなに?」


「ロリコンだよ! 幼女! ちょうどそいつみたいなガキがあいつの弱点なんだよ!」


 えええぇ~……?

 テスが閻魔の弱点……?

 いやいや、これ今でこそ幼女の姿だけど、本体はあの陰気なおっさんだぞ?

 それに幼女が弱点ってどういうことなんだ?

 幼女が怖いってこと?

 あまりにも意味不明すぎる。

 見れば、テスも青い顔をして引いている。


「なに引いてんだよ、お前ら! てっきり閻魔の弱点が幼女ってわかってるから連れてきてるのかと思ったじゃねぇか! 紛らわしい真似すんじゃねぇよ、ったくよぉ!」


「ちなみに……幼女が弱点ってどういう意味なんだ?」


「さぁな? 弱点って言っても色々あるから。オレに見えたのは、ただ【弱点:ロリ】とだけ」


「えぇ……。なんにしても、テスを危険な目に遭わせるわけにはいかないな」


 テスにもしものことがあれば、ダンジョンに残されたオルク達の命に関わることになる。


「ハァ……。せっかくの好機だと思ったのにな……。せっかく幼女がいるのに、一緒にいるのが吸収術も使えないポンコツ鑑定士に、死にかけのローパー、それにガキの餓鬼だけとはね……」


「期待に添えなくて悪いが、オレたちが閻魔を殺すなんて到底無理な話なんだ。わかってくれ」


「……わかったよ。チッ、時間無駄にしちまった。オレは地郎を食いに戻っから。じゃあな」


 そう言って黒衣の男、ネビルは頭の上に手を組んでダラダラと引き返していった。




「ふぅ……」


 ため息が漏れる。


 これでどうにか閻魔と敵対するという最悪のシナリオは逃れることが出来た。

 魔力も全て使いつくしてしまったが、結果としては上出来だろう。

 さぁ、あとは閻魔と会って地上に戻るのみだ。


「にせんねんまえのかんていし……。かみからのめいでえんまをさつがい……。スキルをきゅうしゅう、そしてかけあわせ……」


 テスが難しそうな顔で呟いてる。


「どうした? 膨大な知識を持つ大悪魔様でも知らないことがあったか?」


「たしかに、わがはいの今のちしきは少ない……。だが、おそらく今の話はまったくしらなかったこと……。うむ……フィードと共にいれば、あらたな知識をえられることができる……? 本よりも……? ブツブツ……」


 オレを無視して考え込んでるテス。


「お兄ちゃん……。ボク、お兄ちゃんが空飛んでたこと言わなかったよぅ……」


 トラジロー。

 子供なのにちゃんと気を利かせてくれて助かった。


「ありがとな。おかげで厄介な人を追い払うことが出来たよ」


「えへへ」


 得意気に胸を張るトラジロー。


「あ、そうだ。おしっこを漏らさないコツだけど……」


「うん」


 目的を持つことだ。

 ちょっと前までは、そうアドバイスするつもりだった。

 オレの三十日の経験を活かして。

 オレが攫われ閉じ込められた理由。

 誰がオレをハメたのか。

 その事実を知る。

 そしてモモや両親を安心させる。

 その目的を持ってたからオレは頑張れたんだ。

 そう伝えるつもりだった。


 でも、それをトラジローに押し付けることもないなと思い直す。


「今みたいに、いいお兄ちゃんでい続けることだ」


「いいお兄ちゃん……」


「ああ、そうだ」


 トラジローはオレとは違う。

 誰かにハメられてもいないし、復讐したり真実を解き明かしたりする必要もない。

 そして元々優しさと強さを持った子だ。

 この子は、きっとオレの手を借りなくても自分の強さを克服できるだろう。


「うん、わかった! ボク、いいお兄ちゃんでいるよぅ!」


 地獄に来て見た一番の弾ける笑顔でトラジローはそう答えた。


 ちょんちょん。


 プロテムに肩をつつかれて前を見ると、巨大な扉の前に並ぶ行列が目に入った。


「うわぁ、お兄ちゃん、いっぱい並んでるよぅ……」


 たしかに多い。


「テス、お前のタイムリミットは?」


「わがはい、あとよんじゅっぷんくらいで消える」


「四十分……」


 はたして間に合うだろうか。

 もし時間が間に合いそうになかったら強行突破も視野に入れる必要がある。

 ただ、オレの魔力はすでに尽きているし、閻魔にはスキル吸収阻害のアイテムや一撃死のスキルがある。

 それも現実的じゃない。

 だが、もしそれしか方法がないとしたら……。


 頭を悩ませていると、意外な人物に声をかけられた。


「あれ? フィード? フィードじゃないか?」


 それは、クラスで一緒に三十日間を共に過ごした魔物──。



 デュラハンのヌハンと、コカトリスのトリスだった。



 【ダンジョンから切り離された大悪魔の存在消滅まで あと四十一分】

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