第74話 地獄の三人
ズタズタに裂けた触手の跡を辿っていくと、木の上に引っかかっているプロテムの姿が目に入った。
「プロテムっ!」
枯木に触手を巻き付けて落下の衝撃を
無数に並んだ地獄の枯木には、千切れたプロテムの触手がぐるぐると巻き付き、そして見るも無惨に引きちぎられていた。
オレは、魔力が残り少ないことも忘れて飛行スキルで上昇すると、瀕死状態のプロテムを抱えて、そっと地面に降り立つ。
「プロテム! 大丈夫か!?」
青紫の肌のプロテムはオレの言葉に微かに触手を動かして応えた。
ホッ。
どうやら生きてはいるようだ。
まったく……。
同じ種族でもなんでもないオレをかばって一緒に落ちるだなんて、プロテムの騎士道精神には、ほとほと驚かされる。
守護ローパー。
魔物には職業という概念がないため職業特性を得られないが、きっと彼のような真に
ともあれ。
プロテムはオレのせいで巻き込まれたんだ。
責任を持ってオレが元の場所まで連れ帰ってやらないと。
「ひぇぇ……お兄ちゃん、空飛んだよぅ……。ボク、びっくりしてまたお漏らししちゃったよぅ……」
「ああ、ごめんなトラジロー。一緒に落ちてきた仲間を見つけたんで、思わず飛んじゃったよ。先に一言断りを入れておくべきだったな」
「仲間? もう一人の落ちてきたのも仲間なの?」
もう一人の落ちてきたの。
大悪魔テス・メザリア。
オレを監禁した張本人、シス・メザリアの生まれ変わり。
「そいつは仲間じゃない、敵だ」
「敵? それなら殺す? ここで殺すの? 川に落ちてたから、放っとけばそのまま死ぬと思うよぅ」
「いや、殺さない。助ける」
「助ける? 敵なのに助けるの?」
「そうだ。時として、大人は敵だろうと助けなきゃいけないこともあるんだよ」
大人。
説明が面倒で、つい「大人」という言葉を使ってしまった。
三十日前までは、ただ環境に甘えた子供だったオレ。
だが、連れ去られた魔界で「フィード」というもう一つの名を与えられ、オレは急速に現実と向き合うようになっていった。
それから色んな魔物たちと出会い、経験を積み、成長し、大人になっていった……と思う。
大人になるってことは「現実的な思考を手に入れる」ということなのだろうか?
よくわからないが、目の前のトラジローに対して誤魔化すようなことを言った自分は、なんだか大人に片足を突っ込んでしまったような気がして、少しの気恥ずかしさと罪悪感を感じた。
「ふぅん、じゃあ、そっちの方にも行ってみる?」
そっち。
つまり、大悪魔の方。
「ああ、案内頼む」
「そこの丸い人、大丈夫なの?」
「あまり大丈夫じゃなさそうだが、どうにか生きてる間に地獄から脱出させるさ」
「ふぅん、いいけど、ボク手伝えないよぅ。肩を貸したら、またおしっこ漏れちゃうよぅ」
「大丈夫、オレが一人でおぶっていく」
よいしょ、とプロテムを背負う。
もちもち肌だったパルと違って硬くてゴツゴツしてて重い。
「ぐぅ……っ!」
これ以上魔力を消耗するわけにはいかないので、気合いで持ち上げる。
「お兄ちゃん大丈夫? 足がプルプルしてるよぅ?」
「だ、だだ、大丈夫……こ、これくらい気合いで……」
ズタズタに裂けたプロテムの体からちゃんと生えてる触手は、もう一本だけだ。
それと、今にも千切れそうな触手が一本。
オレはそれが千切れてしまわないように、そっと保護しながら一歩一歩、河原の方へと足を進めていった。
じゃり、じゃりっ。
「ここだよ、お兄ちゃん」
小石を積み上げる餓鬼や、様々な鬼たちの間を通り抜けつつ河原の水際までたどり着いた。
「ん~……」
目を凝らしてみるが、水の中はよく見えない。
と、水面にぷくぷくと水泡が浮かび上がってくるのが見えた。
「プロテム、ちょっとここで待ってて」
どぼんっ!
プロテムを地面に寝かせ、服を脱いで川に飛び込む。
(こんな時にケプの潜水スキルを持ってたら助かったんだけど……)
水泡の出てる元へと頑張って潜っていく。
ぶく……ぶくぶく……。
(こ、これ、息が……!)
限界かと思った瞬間、チラリと見えた派手なスーツの赤。
ぐっ。
そこから伸びた腕を掴むと、上へ上へと引きあげていく。
(やば……もう息が限界……)
目の前が真っ暗になりかけた、その時。
視界に入った棒のようなものをオレはとっさに掴んだ。
ズズズ……ッ。
それは腕に巻き付くと、オレと大悪魔をゆっくりと水面へと引き上げていく。
「カハッ、カハッ!」
オレが掴んだもの。
それは、横たわったプロテムのたった一本残された触手だった。
「プロテム……お前、こんな状態なのにオレのことを助けてくれたのか……」
返事を返す気力もないのか、プロテムは微かに触手を揺らす。
考えてみたら、プロテムがダンジョンまで穴を掘ってこなければ、オレたちはローパーの都ララリウムまで行くことも出来ず、ゲームの攻略法もわかることはなかったわけだ。
そう考えると、とんでもない恩人だな、彼は。
まぁ、最初会った時には何度か殺されかかったけど……。
よしっ。
絶対に助けよう、彼を。
それが今のオレに出来る最大の恩返しだ。
そして、その前に……っと。
水を飲んで膨らんでいる大悪魔の腹を両手で押す。
ぴゅるゅ~! ぴゅるゅ~!
噴水みたいに口から水を吹き出すこと数度。
大悪魔がパチクリと目を覚ました。
「……? 吾輩……?」
「ここは地獄。三途の川に落ちたお前をオレとプロテムが助けたんだよ」
「助け……? 地獄……? 貴様、なぜ裸……?」
「あ、ああっ! こ、これはお前を助けるために川に飛び込んだからだよっ! へ、変な意味とかないからなっ、マジでっ!」
服を着ながら弁明するオレ。
考えてみれば檻に入れられてた時も最初の頃はずっと裸だったし、魔界に来てからというもの結構いろんな人に裸見られてるなオレ……。
とはいえ、なんかジロジロと見てくる大悪魔の目線が気持ち悪い。
「な、なんだよ。そもそも男同士なんだから裸なんか珍しくないだろ……。お前の持ってるスキル
「貴様たちが……吾輩の命を救った……?」
「そう、救った。感謝してくれていいぞ。どうせ無理だろうけどな、お前みたいに性根が腐ったやつには」
「吾輩の……命の……恩人……」
「そう、命の恩人。救いたくなんかなかったけど、お前に死なれてダンジョンにいるオルク達が巻き込まれるわけにはいかないからな。仕方なくだよ、仕方なく」
「吾輩……スキル……大部分が失われ……あぁ……ダンジョンから切り離されたから……体が……」
紅白の水玉スーツを着た金髪の優男テス・メザリア。
その体が黒い渦に包み込まれていき……。
「おい、お前……!?」
一人の。
金髪少女へと姿を変えた。
【ダンジョンから切り離された大悪魔の存在消滅まで あと二時間六分】
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